普通の生活を送るためには
「相当取り乱しちまったな……。」
あの後、保健室位に居られなくなり、取り敢えず屋上をブラブラ散歩してた。
四時間目終わりのチャイムが鳴り、やはり授業に行くことをためらってしまった俺は、先生に断りを入れてから下校している。
いやー、ちょっとばかり二年生のクラスを覗いたけど、
受験生でもないのにしっかり授業を受けてるなーって感心したわ。
そして、そろそろ家に到着するぐらいのとき
今になって俺はやっと冷静に事態を飲み込める様になった。
かと言って心の傷が癒えたわけではない。
未だに神崎の絶望した表情が脳裏に焼き付いている。
とても年齢に似合わない行動に、やはり自分は悪役のような存在であると理解が深まる。
神崎との関係を映し出したとても小さい記憶の断片は、伊玖磨を強く非難した。
「……、というか何で神崎は保健室にわざわざに来たんだ?」
不意に思ったことを叫んでみる。
今更感があるが、襲われた相手に自ら会いに行くことは馬鹿でもしない。
もしかしたら、何かを勘違いしているのか?
「先生に半強制で見舞いにいかせたとかだろ」
あとは、神崎の体調がすぐれなかったからとか。
ただ単に保健室に用事があったっていう可能性も高いのか。
俺が出て行って正解だったな。
その後、俺はすぐに家につく。
二階建てのそこまで古くない家、
まあ、俺が掃除をサボってるせいで、内装はめっちゃ汚かった。
俺はカバンから鍵を漁っていた。
全く……鍵を紐で止めておくとかぐらい、しっかり管理してほしーな。
普通にゴチャゴチャしたカバンから探すの面倒だ。
しかし、ここで違和感を覚えた。
「ん?誰も家に居ないはずなのにドアが空いているんだが?」
よく見ると、ドアは鍵のかかっていない状態で数センチ開いていた。
今は昼下がりの、誰もが仕事や学校に行っている時間帯。
もちろん、誰も伊玖磨の家にはいないはずであるが……。
「ど、泥棒が入ったのか!?」
一番最悪な事態しか想定できない。
家に侵入しようと思えば、二階の窓から入ることもできるし、
裏口の家に入ることが出来る扉は、ドアノブさえ破壊すれば開くような構造になっている。
まじかよ、俺の家セキュリティが終わってる…。
かと言って、俺がカギをかけることを忘れていただけかもしれないし断定はできないよな。
そして俺は恐る恐るドアを開けた。
……誰もいない。
家はがらんとして、人の気配を全く感じなかった。
「はあ、ただの鍵の刺し忘れたのか。気を付けねえと」
俺は安堵する。
しかし、その直後、俺は後ろに急に気配を感じた。
…扉越しに待機していたのかよ!!
伊玖磨は勢いよく振り返った。
そこには影で見えにくいが、明らかに人の姿があり、
とっさの判断で伊玖磨は攻撃を仕掛けようとした。
しかし、相手の行動のほうが伊玖磨より、俊敏であったのだ。
そのため、
すぐに、何者かに俺は口を塞がれた。
え?俺のセカンドライフここにて終了?
泥棒に殺されて破滅エンドとか、まじで俺悪役みたいやな。
息苦しい中、なぜかどうでもいい事を考えていた。
多分、自分に思い入れが無さすぎるせいで生に無頓着になのかもしれない。
だが、いくら愛嬌が無いと言えどこれは自分の体。
段々苦しくなってきたので、
俺は鼻から勢いよく空気を吸い込んだ。
その瞬間、クラっと来るような香水のいい匂いが鼻腔を通って行った。
全く臭くはなかったが、大量に吸い込んでしまったせいで、
足がもたついた。
さらに、新たな事に気付く。
ほぼ泥棒だと断定している人物だが、なんか足にスカートらしきものがひらひらある。
しかも息を吸い込むたびに、「んっ」という謎の声が、
頭上から聞こえた。
今思うと、若干この拘束もゆるいし抜け出せる気がするんだが?
拘束してきたというか、まるでこれはハグみたいな感触を得る。
しどろもどろになる俺を見て、眼の前の人物は小さく声を出した。
「弟君おかえり〜。お姉ちゃん寂しかったよ〜」
不意に、温かみが消えて、ハグから解放されたことに気付く。
それより、俺は自分の名前を憶えている目の前の人物に既視感があった。
お姉ちゃん……か?
なんか俺の記憶に居たような居なかったような。
段々と記憶が確定していく末に、やっと俺は「自称お姉ちゃん」に対して言葉を書けることが出来た。
「また、不法侵入か。ただいま蜜花」
〜〜〜〜〜
結論から言うぞ。
俺に実の姉はいない!!
俺はもともと一人っ子で、俺が生まれて五年ぐらいたった後、
次の子供を生まずに、親は別れて行ったとさ、チャンチャン。
自分のことをお姉ちゃんと呼ぶ人の本名は、
黒髪ショートで金髪のメッシュを入れている。
耳に控えめなピアスを付けており、
体型は高校生なだけあって、神埼より女性らしい体の凹凸がクッキリしている。
まあ、胸がデカいせいでさっき、ハグされた時に呼吸困難に陥ったのだがな。
しかも、高校の女子の仲で身長がずば抜けて高い。
身長が中学で一番高い俺でも、勝てなかった。
みか、が下の名前だが、
彼女の通う高校では「みかりん」と言われているらしい。
俺がふざけて「みかん」と言ったら、ずっと彼女の顔がニマニマしてて
『そっか~、弟君は発想が可愛いね~』
少しウザかったから、「蜜花」とそのまま呼ぶことにした。
少し話を戻そう、
つまり、彼女は高校生である。
しかも、全く血のつながっていない……。
まあ、記憶上、結構な頻度で俺の家に無断で侵入することを繰り返しているらしい。
そして、夕飯を作ってくれるだとか。
週2ぐらいで一緒に食べてる。
お節介やな。
まあ、俺の家庭は正直、崩壊しているし
御飯作ってくれる人もいないから正直ありがたい。
彼女も彼女なりに、俺の買った食材を勝手に使って料理しているので、
お互いにウィンウィンなのでは?
「弟君は今日は学校に行ったんだね〜。久しぶりだったけど楽しめた?」
「楽しめなかったからもう下校しているんだ」
蜜花と出会ったキッカケは、どちらも学校をサボった日にカラオケで出会ったことだ。
蜜林の方が部屋を間違えて、俺が予約した部屋で熱唱していたんだっけ?
あの時の「やっちまったー」という蜜花の顔はとても可愛かったせいか、いまだに忘れられない。
てか、相変わらずエピソードがぶっ飛んでいるな。
類は類を呼ぶということか……。
「楽しくない以前に、まさか保健室登校してたw?」
「イグザクトリー、そのまさかだ。」
蜜花はご飯を手際よく作りながら会話している。
「いやー、弟君ダサいね!!」
「あ?なんか言ったか?」
「保健室登校とかダサすぎるw陰キャ過ぎるでしょ~」
保健室登校と陰キャをイコールで結ばれたら最悪なんだけど。
しかも、このいい様からして、蜜花は普通に登校していた達ですか。
まじか、俺は『自称お姉ちゃん高校サボり系ギャルっぽい女子高生』に社会的にも負けているんか?地味に長ったらしい。
「保健室登校なんてさ ダ〜ルくて、欠席しかしてなかった〜」
いや、俺よりもダサかった。
それでよく高校入れたな。
「内申なんて出席しなくてもさ〜提出物だして、テストで高得点取ればいいだけだから簡単♪簡単♪」
おう、そうか。
授業も受けずに、そこまでの評価を取るのが凄い。
いわゆる典型的な天才型の例か。
「脳の作りが違うやつに、色々言われたくねえな」
反射的な会話。
でも、何となくこの会話が俺の人生の支えになっていたのかもしれないと薄々感じてくる。
やはり、圧倒的な数の人が、俺を排除したいという思考に近かった。
だから、例え俺との関係が、気晴らしや遊び程度でも、
素直に感謝している。
そんな偉そうなこと言っている俺でも料理は作れんけどな!
お姉ちゃんがいない日はいつもインスタント系を食ってしまう。
俺も一人で生きられるように自立の力をつけとかねえと。
「ねえねえ、弟君は行きたい高校決まったの〜?」
不意に進路についての話に切り替わった。
どういう風の吹き回しがわからない、
高校行く前提の会話?
俺の家庭が崩壊していることは彼女は知っているのに。
高校行けない可能性のほうがもしかしたら高い。
そうこう考えているうちにご飯ができたらしい。
蜜花さんはきれいに皿を並べた。
さて、昼食とるか…、っと思った矢先に、
蜜花さんは、懐から一つの封筒を取り出した。
「お姉ちゃんはポストにこんなのが届いてるのにの気づいたけど〜?」
そういうなり、蜜花さんは、俺の手に封筒を乗っけた。
意味深に渡された封筒に不思議な感覚が芽生える。これって、過去にも似たようなものが俺に送られてきたような……。
そして、俺は封筒の厚みで何かを察した。
あー、この重さはお札が入っているんだな。と、気付く。
つまり父親からの仕送りっていうやつか。
やっと記憶と今の状況が重なった。
そういえば、家賃とか電気代とかギリギリ延長気味なラインだし、このお金で明日にでも払う必要があるな。
「………いや、何かいつもよりも分厚い気がする」
それにしても、記憶にあった「仕送り」よりも今回はずいぶん分厚かった。
開けてみると、これまでの金額より、数倍跳ね上がった代金が入っていた。
ん?あれだけ、俺に対して微塵も愛情も感じていなかった父がなぜこれだけ仕送りをするんだ?
不思議に思いながらも、封筒の内容をさらに確認すると、一つの手紙が入っていた。
それはボールペンで適当になぐり書きをしたような字。
『高校までは支援してやる、そしたら働きなさい』
つまり、これは高校の入学金だったのか
「弟君、めっちゃ嬉しそうな顔してるね!可愛い~。写真撮っていい?」
正直……めっちゃ嬉しい。
なんか、記憶を取り戻すにつれて、
自分の置かれている状況がどれだけ選択肢の無い事とかに気付いた。
だから、高校に行けるという事実を知った時点で最高や。
「あぁ、確かに嬉しいな」
いつも人を睨んでばかりの俺の顔。
しかし今の俺はどうやら笑顔になっていたらしい。
その瞬間、スマホのシャッター音が何回も鳴り響いた。
流石に六枚目が取られた時点で、我に返った。
うん、やっぱ写真消せや。
恥ずかしいわ。
些細に顔を背けることで対抗する。
「私も嬉しいよ~。そうだ!!いい事思いついたよ!!私の通っている高校に通わない??」
「確かに、それもいいかもな……
会話をしながら、切手の付いていない封筒を俺はタンスの中にしまった。
このとき、俺は蜜花の愛の重さに気付いていなかった。
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