第15話
千里と滝石がその声に気づく。振り向くと、スーツ姿の男ふたりが歩み寄ってきた。
「あれ?たしか・・・」
男たちを指差し、どこか見覚えのある言葉を発した滝石と、冷たい目をした千里に向かって、ふたりの男は警察手帳を掲げた。
夜の七節警察署。取調室では、南雲が高円寺から厳しい取り調べを受けていた。
「お前はこれで配信の様子を監視してたのか?それとも殺しの実行犯か?岸幡からどっち頼まれてたんだ?」
証拠品袋に入ったスマートフォンがひとつ、机の上に置かれている。高円寺はそれを指しながら、いかつい目で南雲を睨みつけ、詰問する。
「殺しなんて、俺やってませんよ。意味わかんないです。なんのことですか」
南雲は怯みながらも、否認に徹した。
「とぼけんな!」
高円寺は机の天板を平手で思い切り叩いた。
「お前のスマホから動画が投稿された記録がちゃんと残ってんだよ!配信の記録もだ!今さら言い逃れしてんじゃねえよ!」
怒鳴り声を上げて詰め寄る高円寺に、気圧された南雲は肩をびくりとさせ、畏怖した動物のような目で言った。
「だから・・、なにも知らないんですって・・・」
その様子を見て、一旦は落ち着いた高円寺が問いかける。
「じゃあ、アリバイを話さないのはなんでだ?」
南雲の視線が下に向く。高円寺は重ねて問うた。
「さっき訊いたよな。事件当夜のアリバイ。なんで答えないんだよ」
顔を伏せて口をつぐむ南雲を見た高円寺は、またも苛立つ。
「やっぱりお前なんだろ!さっさと吐けよ!」
高円寺は南雲を共犯者と決め込んだ口調で吼えた。そのとき、千里がノックもせずに取調室に入ってきた。後ろには滝石が、手にタブレットを持っている。
「ったく、なんだよ。まだ取り調べ中だ。邪魔すんな」
険しい顔つきの高円寺に、千里が言った。
「そいつは共犯でもなんでもない」
その言葉を聞いた高円寺は、呆れたかのようにため息を漏らして呟いた。
「急に現れたと思ったら・・・」
壁に寄りかかり、腕を組んだ千里はひと言、滝石に指示を与える。
「見せてあげて」
「はい」
それを合図に滝石は前に出て、横にしたタブレットの画面をタップし、高円寺に示した。その画面には、夜間の雑踏の映像が映し出されていた。ちょうど中央で、長袖のTシャツにカーディガンを羽織り、ストレートパンツを身に着けた男が、道を行き交う衆人ひとりひとりに、なにやら笑顔でしつこく声をかけている。高円寺が顔を近づけると、男は南雲だった。千里が切り出す。
「これは七節町にある歓楽街の防犯カメラ映像」
次いで滝石が引き継ぐ。
「最初の事件当夜、桑原俊克さんの死亡推定時刻、夜の八時から十時までの映像の一部です」
南雲を顎で指した千里が説き起こす。
「こいつは十時以降もそこにいた。事件現場は数キロも先。殺しなんて無理。滝石さん、次」
千里は断言した。滝石がタブレットの画面をフリックすると、似たような映像が表示された。服装は違うが、やはり南雲が映っている。
「第二の事件、足立邦子さんが殺害された事件当夜の映像で、同じ場所です」
滝石が言うと、千里がまたも説明を加える。
「ちょうどこのとき、七節署ではクイズ配信が行われてた。犯人はスマホから配信を監視してたかもってサイバー課が話してたわよね。でもこいつはスマホを見てないし、被害者の死亡制定時刻もずっとそこにいた。こっちの殺しも無理ってこと」
高円寺が映像を凝視すると、映像の中の南雲は、道行く人々の声かけに没頭している様子であった。
「滝石さん、もうひとつ」
千里の指示で、滝石が画面を再びフリックさせる。すると、今度も同一の場所、そして、せわしなく動く南雲の映像が映し出された。
「一番初めに緋波さんがクイズに答えていた時間帯の映像です」
滝石が告げ、千里が言い添える。
「この時間、犯人はチャットでスマホから直接文字を打ち込んでる。けど見てのとおり、こいつはスマホに触ってすらいない」
確かにそうであった。不審がる高円寺は画面を指差し、南雲に訊いた。
「お前、何日もなにやってたんだ?」
その問いには千里が答えた。
「バイトしてたのよ。キャバクラのキャッチ。客引きよ」
南雲は一瞬、心臓が止まったかのように感じた。
「客引き行為が違法だと知ってて、今までしゃべらなかったのか?」
高円寺が南雲を睨みつけて問い詰める。そのとき、千里が声を発する。
「キャバクラ自体も違法店みたいだし。言えるわけないわよね」
「どういうことだ?」
問うた高円寺に、滝石が解説した。
「南雲さんがアルバイトしていたキャバクラは、いわゆる「ぼったくり」の店でして、ウチの生安課が内々にマークしていました。摘発まであと一歩というところまで来ているそうで、彼の証言があれば、系列店も含めた一斉検挙に踏み込めると話していました」
先ほど、千里と滝石が大学で会った男ふたりは、七節署の生活安全課の捜査員であり、そのふたりから話を聞いていたのだった。
「これ、落としましたよね」
滝石は、上着から例の名刺を取り出して机の上に差し出した。南雲はそれに視線を向けると、もうこれまでとばかりに話した。
「キャッチに使えると思って一枚借りたんです。彼女、店のナンバー1ですから」
南雲は諦めの表情を見せた。そんなとき、高円寺が新たに主張し始めた。
「だったら、三件目はどうだ。あれが起きたのは昼前だぞ。さすがにキャバクラは開いてないてないだろ」
その疑問を、滝石が厳密に答える。
「生安課の方々が南雲さんに対して、泳がせ捜査をしていたようで、彼を数日、二十四時間体制で監視していました。事件当日は、現場ではない全く別の場所にいたと証言しています」
これだけ完璧な証人はいない。高円寺はぐうの音も出なかった。
「キャバクラの件は生安課に任せるとして・・・」
千里はそう呟き、壁から離れて南雲に歩み寄った。両手を広げて机の上に置き、訊ねる。
「岸幡亨って男、知ってる?」
南雲は千里を見て言った。
「岸幡・・、ええ、はい・・。学部も、入ってるクラブも一緒ですから」
千里が重ねて訊いた。
「クラブって、電子工学クラブ?」
「そうです」
「なら、岸幡が写ってる写真とか持ってない?」
南雲は、机の上に置いてある自分のスマートフォンを指した。
「この中に集合写真が。ホームページに載せるために撮ったやつがあります」
「その写真出して」
千里に言われるがまま、南雲は証拠品袋越しにスマートフォンを操作した。すると、その写真が表示された。
「彼がそうです」
南雲が指差した男を見て、千里と滝石は
「えっ!?あのときの彼が、岸幡亨・・・」
滝石が唖然となる。岸幡の所在について「三十分前に帰った」と証言した男こそ、当の本人であったからだ。千里が目をつり上げて口を開く。
「あいつ、警察が来たから咄嗟に嘘ついたんだ」
犯人が目の前にいたのに気づけなかった。千里は悔しさのあまり歯噛みした。やがて、南雲に問いかける。
「あんた、岸幡にスマホ貸したことある?」
「は、はい。前に一度。充電が切れたから、ちょっと貸してくれって」
「そのあと、なんかおかしなことなかった?」
「おかしなこと・・。そういえば、特に使ったわけでもないのに、充電が切れそうになったり、データ量が一気に減ってたことが度々ありました」
それを聞いて、千里の眼孔が鋭くなった。
捜査本部へ向かう途中の廊下を、千里と滝石が歩いている。
「岸幡は南雲のスマホに不正なアプリかツールをインストールした。それから要所によってハッキング、遠隔操作してた。いかにも南雲がやってたように偽装したのよ」
千里が滝石に言った。
「南雲さんのスマホを一時的に乗っ取ったということですか?」
滝石が訊くと、うなずいた千里は言葉を重ねる。
「あいつはそれだけの腕を持ってるってこと」
翌日、滝石は七節署内の廊下で、千里に手錠を差し出した。
「緋波さん、これ。生安課の方が返しておいてほしいとのことです」
「ありがと」
千里は手錠を受け取ると、腰のケースにしまった。
午前十時五分前。会議室では捜査員たちが見守るなか、千里は配信画面が表示されたデスクトップパソコンの前に立ち、マイクに向けて答えを言った。視聴者数は、その異質な内容が口に上り、気がつけば一万人以上にまで増加していた。
「罪は殺人。どう?」
―正解です。
声はそう発すると、千里が付け足す。
「でも、そいつはまだ逮捕してないわ。事故で意識不明になってるの。こっちとしてもいろいろやることあるから、逮捕はもうちょっと先」
それが聞こえたのか、声はしばらく間を置き、やがて三問目、最後の問題を出す。
―問題です。私、業火の道化師はどこで死ぬでしょう?
「死ぬ!?」
高円寺が思わず言葉を漏らした。
―制限時間は本日の午後十二時。ヒントはありません。時間になりましたら、私が死んでいく姿を生配信します。
「ねえ、あんた。もしかして・・・」
岸幡亨ではないか。そう千里が問いを言い詰める前に、配信は一方的に終了した。
千里が厳しい目つきで舌打ちする。
「チッ。切りやがった」
高円寺が千里に向かって懸念を口にする。
「おい。ここまでしといて死なれたら、警察の面目が立たないぞ」
そして、腕時計を見ながら呟く。
「あと二時間・・。ヒントもなしにどこ捜せってんだ」
高円寺がどう対処すべきか考えているところへ、堀切がやってきて報せる。
「南雲房弘のスマホ回線から配信されていました。配信元が違うのはわかっているんですが、これ以上の特定は現状、困難です」
報告を受けた高円寺が突き詰めた顔で腕を組む。そのとき千里が言った。
「これまで岸幡は全部、七節町内で行動を起こしてる。としたら、死ぬのもこの街のどこかじゃない?」
手を挙げた諸星が推察して述べる。
「調べたんですけど、岸幡の両親のお墓は七節町にあります。もしかすると、そこで死のうとしているのでは?」
隣にいた滝石が賛同した。
「命を絶つなら、せめて親の近くで。可能性はありますね」
そこで、堀切が案を出す。
「顔は判明しているので、これから科捜研に依頼して、顔認証システムにかけて発見、追尾できるかやってみます」
考えを整理したかのように、高円寺は両手をパンと叩き、捜査員らに各自指示を与える。
「よし。サイバー課は科捜研と連携して顔認証システムによる捜索。被疑者の両親の墓は諸星、柿田組。被疑者の自宅と大学は輪島、中村組。あとほかに行きそうな場所は・・・」
高円寺が寄せた眉間に人差し指を当てていると、千里が滝石に呼びかけた。
「滝石さん、ちょっと」
千里のもとに滝石が歩み寄る。
「なんですか?」
「心当たりがある。私ひとりでもいいんだけど、どうする?一緒に来る?」
滝石は微笑んで答えた。
「お供しますよ。緋波さんとはコンビですから」
「だったら、急ぎましょう」
ふたりが会議室を出ようとするのを見た高円寺が声を上げた。
「おい!どこ行く?」
千里はそれに答えず、堀切に視線を合わせて言った。
「顔認証、ヒットしたら滝石さんのスマホに連絡して」
そう伝えた千里は会議室を出て行った。滝石は黙って軽く礼をしたあと、場を離れ、後を追った。高円寺はその
千里と滝石は、七節署の出入り口へと向かって歩いていた。
「心当たりってどこですか?」
滝石が千里に訊いた。
「岸幡の部屋の中に七節町の地図があった。その地図にはバツとマルの印が書いてあった。バツの印が示してたのは、被害者三人の遺体発見現場、柴谷の自宅と勤務先、あと柴谷が監禁されてた場所。でも、マル印で示されてたのは、事件と全く関係ない場所だった」
「どこです?」
「ショッピングモール。もしかしたら、岸幡はそこで死ぬつもりなのかも」
千里の推測に、滝石が疑念を口にする。
「そんな人の多い場所で死のうとするでしょうか?」
「まだ私にもわからない。けど、そこだけマルで囲んでたくらいだから、岸幡にとって重要な場所だと思う」
死んで終わらせるなんて絶対にさせない。千里は口元を引き締めた。
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