【みじかい小説No.11】片翼の子ども

くさかはる@五十音

片翼の子ども

「いってらっしゃい」

母は今日も玄関まで見送りに出る。

「いいよ、いちいち見送りなんて。」

俺はそんな母をうっとうしく思う。

子供じゃねえんだから、と思う。


俺に父はいない。

俺が小学校低学年の頃に離婚して、以来ぱったりと音信不通になっている。

「養育費」を払ってもらえない母は、女手ひとつで俺を育てている。

今日も母は、俺を送り出した後、派遣の仕事に出かけているはずだ。

泣ける話だ。

ちなみに、俺の学校での成績は悪くない。

このままいけば、文系だが国公立の大学進学も普通に考えられる成績だ。

だが、俺は大学には進学できない。

なぜなら父親がいないからだ。

母ひとりの稼ぎでは、俺を大学に行かせることはできない。

すべては父親が悪い。

片親であることが、悪い。

今日は放課後ある三者面談で、そのことを教師に報告しなければならない。

くそだ。


今朝もそんなことを考えながら登校していた。

すると、俺のそばに黒いワゴン車が一台止まった。

何の気なしにそちらを見ると、数人の男が、俺をはがいじめにして車の中に押し込んだ。

今考えると、それはまぎれもなく誘拐だった。

が、その時の俺はそんなことを考える暇もなく、自分の身に起きた出来事にパニックになっていた。

男が両脇から二人して俺を押さえつけていた。

「なんですかっ!なんなんですか、あんたら!!」

俺は叫んだ。

が、彼らに聞く耳は無いらしく、「うるせえ、黙ってろ!」とビンタを喰らって、俺は口をつむぐしかなくなってしまった。

何時間くらい車を走らせたのだろう、彼らは古い漁港の倉庫と思しき建物へと、俺を移動させた。

携帯電話は没収された。

そこには、俺のほかにも数人の学生が、後ろ手に縛られて地面に座らせられていた。

「よし、お前もそこに並べ。」

言われて、俺も後ろ手に縄をされ、彼らの内に座ることになった。

男たちは隣室に移動し、だだっ広い空間に、俺たちだけが残された。

幸い口には何もされてなかったので、俺は、おずおずと言葉を発した。

「い、いつからここにいるの。」

この問いには、隣に座っていた女子学生が口を開いた。

「一日前から。私が来たときには、もうみんないたよ。」

「彼らの狙いは何なんだ。」

「人身売買らしいよ。」

今度は反対側に座っていた男子学生が答えた。

「人身売買!?この令和の世に!?」

「知らないの?今の世でも犯罪は常に行われてるって。

 ニュースにならないだけなんだよ。」

どこからともなく声がした。

「くそっ。なんだよ、それ。くそっ。俺たち、売られちまうのかよ!」

「その通り。」

それは、俺たちを誘拐したうちの一人、大の大人の声だった。

「でも俺たちも根っからの悪人てわけでもねーからよ、片親の子を狙ってるわけ。」

は?なんだそれ。

「なんで、片親の子だけを狙ってるんですか?」

俺は恐る恐る尋ねてみた。

「だって、悲しむ親が一人で済むでしょうよ。

 な?俺たちって意外と優しいだろう?」

男はにたりと笑って言い放った。

なんだよそれ、なんだよ!

俺は内心、怒りに怒った。

こんなところまでも、片親であるという事実が不幸の原因となってついてまわる!

片親でさえなければ!

片親でさえなければ!

「か、かたおやでさえなければ…」

そう声がしたのは、先ほど俺の問いに答えた女子学生だった。

「そう、恨むんなら、自分たちの親を恨むんだなぁ。」

男は愉快そうに続ける。

「親の身勝手で、子供は国外に売られちまうなんざ、かわいそうな話だよまったく。」

入れ墨の入った腕を大振りにまわして、男は笑う。


違う――。

俺が怒っているのは、違う。

違う。

違う!

違う!!


俺が真に怒っているのは、自分が片親であることじゃあない。

俺の母親をけなすなよ。

俺の母親は誰より頑張ってるんだ。

忙しい中、俺を頑張って育ててくれてるんだ。

そんな俺の母親を、何も知らないくせに、馬鹿にするなよ!!

俺は、そのことに怒っているんだ――。

父親がいれば、と思ったことはある。

けれど、養育費を払わずに音信不通になる父親なら、はなからいないほうがましに違いない。

そうか、あれがあれば、これがなければ、なんていうのは、所詮は子供のわがままにすぎないんだ。

そうだったんだ――。


「そこまでだっ!!」

俺がひとり合点のいく結論を導き出したときだった。

倉庫の重い扉が、音を立てて開いた。

見ると、拳銃を構えた警察官が何人も、男たちを包囲していた。

「君たち、大丈夫か!」

警察官たちは、すぐさま俺たちの後ろにまわり、縄を解いてまわる。

「もう大丈夫だからな。」

安心する言葉をいくつもかけてくれる。

「あのっ、母は――。」

何を思ったか、毛布をかけてくれた警察官にかけた俺の第一声は、それだった。

気づくと、俺は、大粒の涙を流していた。

「大丈夫だからね、今、お母さんに連絡しているからね。」

俺の涙は止まらない。

そのまま、俺たちは救急車で近くお病院まで運ばれた。

一通りの精密検査があるからと、様々な機械でスキャンを受けている最中で、母が姿を現した。

「母さん!!」

俺は駆け寄った。

母は俺を抱きしめてくれた。

「仕事、切り上げて来てくれたの?」

「当り前じゃない。

 もう、あなたに何かあったら、私――。」

そう言って、母親は大粒の涙を流した。


その夜は、家に帰って二人で一緒にピザをとって食べた。

お互いに顔を見合わせながら、今朝の会話が最後の会話にならなくてよかったという話をした。

「そうだ母さん、俺、気づいたことがあるんだけど。」

「なあに?気づいたことって。」

「俺、長いこと、ないものねだりをしていたんだなぁって。

 俺、子供だったよ。」

俺は恥ずかしくなり、ピザを口に含んだ。

「なぁに言ってるの。

 あんたはまだ子供なの。

 子供は親に甘えてればいいの。」

そう言って、母も新しいピザを一枚とって、口に含むのだった。

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