第六話 『古びた軌道の王は、大雪原に眠る』




 深まる夕焼けに、汽笛が鳴り響く。


 戦いへの備えを促す音色が、遠く、大きく。


 防寒着をまとい、防寒布をぐるぐる巻きにされた大型ライフルを肩に担いだ見張りたちが、汽笛の中を駆けて回った。


「急げ! 山賊だ!! あれは、山賊どもの列車だ!!」


「砲塔、狙いをつけておけよ!! タンピオン/砲口フタを開け!! 熱を回しておくんだ、いつでもぶっ放せるように!!」


「どっちだ!? 列車が二つ……右と、左……撃ち合っているぞ!?」


「襲われてる方を、守るんだ!! 襲ってる方が、山賊に決まっている!!」


「だから……どっちだって、オレは聞いてるんだよ!?」


 機関都市の外部装甲の上に、戦う者たちが集まっていく。武装は完了しつつあるものの、敵がどちらなのかは、判断がつかないでいた。


「妨害電波が、やけに強いぜ。雪雲に、何か混ぜていやがるのかもしれん」


「そういうのは……『ギア・エルフ』の得意技だぜ。ジャミング・スノー……」


 追いかける二つの列車との距離は、十五キロ。灰色の雪雲は、そのどちらをもおおっている。遠からず、このまま進めば『シャル・リリィ』もその雪へと突入することになるが、キティは減速を選ばなかった。


「フィックスドフラワー家の名誉にかけて、山賊に襲われている方々を、見捨てるなど、いたしません!!」


「同意できる。だが……」


「は、はい。困りましたね。現状では、どちらが……山賊なのか見分けがつきません」


 観測された望遠映像には、どちらもボロボロの列車がいた。執務室のキティは、ふう、とため息をつく。データベース上に、いくつかの類似した列車を表示してみるが、戦闘でのダメージが大きいため、データとのあいだに信頼性を持てる一致が無かった。


「列車の名前さえ分かれば良いのですが……ネームプレートの部分は、砲撃で破損していますね」


「あるいは、そうなるように意図的な細工をしたのかもしれない」


「……ありえるのが、厄介なトコロです。通信の確保まで、時間がかかりそうですし……」


「キティさま、ここはスノービークルで、接近してみるべきでしょう」


「危険ですが、手っ取り早い」


「オレに命じてくれ。君の、剣にも盾にもなる」


「はい。ありがとうございます。シュエさま、どうかご無事に。そして……」


「ああ。守るよ。山賊に襲われている被害者を」


「複雑な状況です。これが、陽動の可能性さえ捨てきれない。となれば―――」


 傭兵の出番である。


「―――それが、大雪原の法則ってヤツさ。消耗品になるリスクがある時は、ベアトリーチェよりも、オレちゃんたちの出番ってわけだ」


「腕よりも、信頼度の問題よ。シュエくん、カートマンの指示に従ってね。私は、『シャル・リリィ』から出撃はせず、無線で状況の把握と、指揮に集中します」


「ああ」


「私は、お嬢さまの護衛でいいのだな? 出ても問題はないが?」


「山賊よりも、『歯車仕掛け聖騎士教会』の罠だった方が怖いのよ。戦力は、『シャル・リリィ』にも確保しておきたい」


「うん。了解だ。お前のお嬢さまは守ってやるから、安心して暴れてこい、シュエ」


「頼む」


 防寒着のチャックを閉じながら、シュエはクレーンで吊られたスノービークルへと飛び乗った。風もあり、揺れもあるのだが、まったく問題はない。体は恐ろしいまでに安定している。チュンメイは嫉妬した。記憶の中から、空で踊る剣舞が浮かび上がる。


「姉上と、互角の才能か」


「オレちゃんも、それなりにやるんだぜ! 体術も、剣術も、射撃術も!」


 カートマンも飛び移るが、音が立ったし、体がブレる。


「……代替品のパーツだと、こんなものさ。オレの本気じゃ、ないってコトだぜ」


「はいはい。どうでもいい意地の張り合いなんてしてないでいいから、出撃!」


「おう! ビークルの運転免許も各種完備の、使える傭兵の出番だな!!」


 速度優先、装甲は虚弱。載れる兵員は15名。『ボート』とあだ名されるスノービークルの操縦席に、カートマンが座った。自警団の若者たちも、『ボート』に乗り込む。彼らの表情から、集中力は十分、士気も高い、そう判断したカートマンはニヤリと笑った。


 自信あふれる親指でクレーンの操縦者に合図を出して、『ボート』は加速する『シャル・リリィ』の側面を降下していきながら、エンジンを早回しさせて唸らせた。

真っ白な大雪原に同化した瞬間、『ボート』は『シャル・リリィ』を追い抜く速さを見せつけた。雪を高くまで蹴り上げて、またたく間に時速300キロまで加速した。


「いい腕してるわ、本当に」


「カートマンのくせに、やるなー」


 口笛を吹きながら、サイボーグの手が巧みな操縦を創り上げる。


「操縦は、芸術的な感性がモノを言うんだ。マシンと一体化して、空間を認識し、把握する。そして、己の表現したいままに技巧でマシンを躍らせるんだよ。こいつを、芸術と呼ばずに、何て呼ぶんだね、シュエくーん!」


「芸術で、いいんじゃないか」


「だよね! さあて、追いつくぞー!!」


「……どちらが、山賊だろうか? あるいは……」


「何だってありえる。確認するまで、何も信じるな」


「隊長の意見に、従おう」


「それでいい。ベテランは、間違わん。ほとんどな」


 シュエはうなずきもしない。双眼鏡を顔に当てる方を優先していた。


 レンズに映し出された列車のサイズは、機関都市の十分の一程度。それでも、千人は暮らせそうな大型の列車であった。それが二つ。どちらも、砲撃し合っている。また爆炎が生まれて、空と大雪原に残骸が飛び散った。


「怪しい雪雲の下に、入るぞ」


「……ジャミング・スノー?」


「多少は、妨害用のチャフでも混ぜてるかもな。『ギア・エルフ』の本気とは、思えん」


「『ギアレイ』は、関係ない?」


「決めるな。まだ、な」


「……早とちりは、すべきではないか。だが、焦る」


 また爆発が起きた。吹き飛ぶ人影を、シュエの動体視力は見逃してくれない。


「市民を、死なせたくない。あそこに、乗っているとすれば……難民だ」


「ああ。山賊と、難民。あるいは、山賊同士。もしくは、そのどちらでもない組み合わせだが……見ろ。左の列車だ」


「……手を振っている。発煙筒を、振っているな」


「救難用のものだ」


「……なら」


「右に近づくぞ。左は、怪しい。こちらの接近に対して、反応して選びやがった。あの発煙筒は、こちらを釣る気だ」


「罠と?」


「発煙筒を振ってるヤツの顔も、見ろ」


「笑っているな。引きつった顔で」


「無理やり、作っているからだ。救いを求める顔面は、もう少し笑えん。もっと、切実なんだよ」


「ベテランは、頼りになるな」


「たくさん、どっちの顔にも出会ってきちまったからねえ」


 ハンドルを切る。その瞬間、左の列車からはライフルによる狙撃の雨が襲い掛かった。


「ほうら、おびき寄せて、ハチの巣にするつもりだったらしい」


「ああ」


「このクールな活躍を、キティお嬢さまにお伝えするように!!」


 うなずく。それだけだ。右の列車が気になって仕方ない。近づいても、射撃による反応はない。カートマンは、左の列車からの攻撃に対して、回避運動を『ボート』にさせながら、拡声器のマイクも取る。右手も左手も、大忙しだが、ベテラン傭兵はあわてない。


「こちらは、『シャル・リリィ』!! 救援を望むのならば、列車名を明らかにしろ!!」


 反応が戻る。ノイズ混じりの、若い女の声だ。


『私たちは、難民よ!! 列車名の登録なんて、どこの機関都市にも受け付けてもらえない!! でも!! この列車に、皆でつけた名前はある!! 『レール・ロード/軌道の王さま』!! ロードは道じゃないの、王さまのロード!!』


「ハハハ! 王さまかい! 難民列車が名乗るには、カッコ良すぎるぜ」


 ボロボロの車体をカートマンは見渡した。長く戦い抜いた姿は、ズタボロだ。王という名を与えるには、あまりにも不釣り合い。


 それゆえに。


 見えるのだ。


 このオンボロに捧げられた名前の重さが。


「追い詰められた者たちを、最後まで守ったか。受け入れて、大雪原の寒さと危険から命を助けてみせる。だから、偉大だ。偉大だからこそ、『王』というリスペクトを与えられた。いいねえ。そういうの、古強者らしくて」


「カートマン、『レール・ロード』の砲撃が止まった」


「弾切れだな。山賊どもに『幅寄せ』される前に、取りつくぞ!!」


 カートマンは『ボート』を『レール・ロード』に近づけさせる。


「おい! 『レール・ロード』、そっちに取りつくから、間違っても攻撃するんじゃないぞ!! こっちには、『鉄腕』がいる!!」


『わ、分かった!! 助けてちょうだい!! 『シャル・リリィ』の……フィックスドフラワーは、『牙』の名君だってことは知っているの!!』


「……アレン・フィックスドフラワーも、良い『王さま』だったんだな」


「そういうことだぜ。お前のお姫さまも、その道を進もうとしているんだ、『騎士』殿よ」


「……『騎士』。そうだ。キティお嬢さまが、オレをそう呼んでくれるのなら……」


「相応しい男になってやるのも、甲斐性ってヤツかもしれんぜ」


「一緒に、無理をすると約束したからな」


 ひるむことはない。黒い瞳はまっすぐに、『レール・ロード』を見つめる。ボロボロに破壊されながらも、それは難民たちを守ろうとしていた。死に瀕した今さえ、あちこちから火花と煙をまき散らしながらも、機関と汽笛は、熱く、蒸気を噴いている。


 記憶はない。


 難民となった記憶も、山賊と成り果てた記憶も、そこから『彼女』に救われた記憶も。それでも感情は反応するのだ。それは、なつかしさでもあり、あこがれでもある。『狼』が群れのために戦い抜く戦士であれば、『王』や『騎士』も同じこと。


 強い共感が、シュエの心に湧きあがる。理由など、分からなかったとしても、どうでもいい。今のシュエは、幼く純粋な魂しかもたないのだから。


「感じ取れるものが、全てだ」


 敵をにらんだ。山賊の列車は本性をあらわにして、『ボート』にも『レール・ロード』にも残酷な射撃を繰り返している。運命は、世界が与える構図に他ならない。成すべき道が、考えなくとも感じ取れた。


「オレは、『騎士』になるぞ」


「それでいい。『レリック』を持つ男は、大雪原では英雄だ!! さーて、取りつくぞ!!」


 加速して砲撃をかわす。爆風に『ボート』が揺さぶられ、宙に跳ねる。だが、カートマンは『ボート』の右舷に備え付けられたエアブレーキを巧みに利かせた。巻き上げられた雪におおわれた空中であっても、制御を取り戻す。


 まっすぐに、『レール・ロード』へと向かった。歯を剥き引きつりながらも、叫ぶ。


「シュエ!!」


「ああ」


 作戦など、伝える必要はない。『騎士』が成すべき道は、明白である。跳んだ。『ボート』を蹴って、巻き上げられた雪のカーテンを貫いて……『レール・ロード』の痛ましくも勇ましいボロボロの車体の最後尾に飛び乗ってみせた。


 車体にしゃがむ。まるで、敬意を表しているかのようだ。極限の操縦を続けるカートマンには、そう見えた。


 漆黒の指環をはめた手が、傷ついた車体を撫でる。同時に、変化が始まった。激痛を伴いながら、左腕の全体が、戦いのための形状へと変わる。『鉄腕』へと。


「……戦うぞ。ここは、広い。戦いやすさがあるな」


 立ち上がる。交響を支配する指揮者のような威厳を帯びて、山賊の列車に体を向けた。砲撃を繰り返すそれに、まったくの恐れを抱いていない。必要がないからだ。『鉄腕』を、薙ぎ払うように振るう。


 斥力の津波が生まれ、砲弾をはるか上空へと弾き返す『障壁』が現れた。『レール・ロード』に注がれていたあらゆる攻めが、今はただの一つとして車体に届かない。


「……スゲーな。マジで、騎士さまだ」


 嫉妬ができるほど、若くもない。カートマンは古強者だ。力の差を割り切り、最善を尽くせる。『ボート』を『レール・ロード』に横づけさせると、チェーンと自動操縦で固定した。


「乗り込め! 山賊たちが近づく前に、こちらも防衛に参加するぞ! 『レール・ロード』に、強力な砲弾は、もうねえんだ! オレたちで、カバーする!」


「了解!」


「走れ!!」


 自警団の団員たちは、カートマンの命令に従う。『レール・ロード』の屋根を伝って、守りに参加した。


「いい動きだぜ。シュエの、バリアも効いてるうちに……情報収集だな」


 指揮官には仕事がある。状況判断だ。カートマンは、『レール・ロード』の屋根を伝い、次々と車両を飛び越えて前方へと向かう。守りの分厚い先頭車両こそに、先ほどの声の主がいると確信しながら。


 砲撃に穴だらけにされた車両からは、いつものように悲鳴が聞こえ、嗚咽が漏れる。焦げくさい悲しみと、痛ましいまでの怒りもあった。


「助けて……」


「痛いよ、痛い」


「ゆるさ、ねえ」


「死にたくない……」


「王さま……っ」


 傭兵には、慣れたものだ。だから感情は、過度に動かされることはない。もちろん、サイボーグであっても、心までは鋼でもないが。


「……知ってるから、ぜーんぶ任せろや」


 煙が上がる先頭車両、その屋根に一人の女が姿を現した。ライフルを肩に下げている。


「撃つなよ! 『シャル・リリィ』と『鉄腕』が来たぞ!!」


「撃たない! 狙ってるのは、向こう!!」


 山賊列車をにらみながら、女はカートマンを納得させる。隣り合わせとなり、その屋根に腹ばいとなる。巨大なライフルを並べ、スコープで敵を観察しながら、カートマンは訊いた。


「敵について、何か知ってるか?」


「因縁は、ないわ。ない、と思う」


「いきなり襲われたと?」


「そう。『ギアレイ』が近づいているってハナシだったから、皆で逃げようとしていた。そしたら、いきなり、あのオンボロ山賊列車が現れて、追い回された」


「被害は?」


「見たら分かるでしょ。若い女の私が、『レール・ロード』の先頭車両のリーダーに繰り上げしちゃってるのよ」


「他は、死んだか」


「目ぼしい中心人物はね。兄も、さっき……息を引き取った」


「そうか。よく持ちこたえてみせた」


「『シャル・リリィ』は、助けてくれる?」


「もちろん。だが……状況を、把握しないと、敵を列車砲で沈めるわけにもいかん。死なせちゃまずい者を、大量殺戮するつもりはねえ」


「……砲撃が、止むわ。『鉄腕』のバリアは、貫けないってあきらめたのね」


「砲弾もタダじゃないからな。ほうら、山賊どもが、『幅寄せ』してくるぜ」


 大雪原を走るレールは、横並びに数十車線ある。列車だけでなく、機関都市を走らせるためには、無数のレールで支える必要があるからだ。


 山賊列車が、そのいくつもあるレールを越えて、『レール・ロード』とのあいだにあった距離を詰め始めた。


「接近して、乗り込む。残酷な白兵戦と、略奪の時間ってわけだ。敵について、情報は? 人質を取られたりしてないだろうな?」


「……泣き叫ぶ子供の声を、無線で流された。私たちとは、関係ない子たち。でも……」


「……というわけだ。キティお嬢さま、どうする?」


『……被害は、最小限に』


「簡潔でいい。了解だ! シュエ! 『鉄腕』で山賊どもを丸ごと破壊ってのは、ナシだ!!」


「ああ」


 スコープから目を外し、難民の女リーダーに傭兵は顔を向ける。


「『レール・ロード』の速度を落として、可能な限り後方に人員を集めろ」


「ブレーキは、壊れてる。制御は、難しいわ」


「なら、人員だけでも最後尾に」


「避難させるのね?」


「そうだ。おい、『シャル・リリィ』! 速度を上げて、山賊列車にプレッシャーをかけてくれ。でも、一番右の線路だけは、開けておいてくれよ。『レール・ロード』……難民列車のために」


『はい。そのように』


「シュエ、オレの合図で、バリアは終わりだ! 自警団全員で、山賊どもに先制射撃を浴びせてやるぞ!」


 団員たちの返事を無線で聞きながら、カートマンは再びスコープを覗いた。


 山賊列車の『幅寄せ』は続いている。レールを一つ、また一つと、甲高い鉄の鳴き声を響かせながら渡るのだ。スコープを使わなくても、肉眼で山賊どもの顔が分かるほどに。


「どいつもこいつも、血に飢えたクズの面してやがるぜ。しかも、この面は……『フーレン』かい」


 大雪原には、多くの人種が生きている。『フーレン』もまたその一つだ。『強靭な虎の遺伝子を自らに取り入れた者たち』、それが『フーレン』である。


 その身体能力は、常軌を逸していた。


 山賊列車の先頭車両から、巨漢が現れる。筋骨隆々の2メートル12センチ。金髪と顔のあちこちにピアス、赤い目。戦車砲の直撃にでも、耐えたことがあるのだろうか、はだけた胸元には巨大な傷跡が見えた。タトゥーはその傷跡は、誇らしげに飾り立てている。


「……会うのは初めてだが、聞いてるぜ。あの特徴は、『雷虎/トール・ハンマー』! シュエ、気をつけろよ!! ゾルハ・エステルハルドと同等に狂暴で、ヤツよりはるかに短気な殺し屋だ!!」


 巨漢の口が開いた。戦いを楽しむ傾向。シュエは、エステルハルドの笑顔を思い出す。しかし、アレよりも、より野性的に思えた。カートマンの教えは正しい。


 盗賊の首領、『雷虎/トール・ハンマー』が吼えた。


 爆音のように大きく、威圧的であり……殺意に満ちたものだ。筋肉が、うごめき。遺伝子に埋め込まれた『虎』の部分が浮上する。黄色い巨体、それを横切る黒い縞模様。四つ足の『虎』そのものの姿へと、男は化けた。


 飛ぶ。


 まだ150メートルほどは離れていた二つの列車のあいだを、『雷虎』は脚力一つでの突破を試みる。距離だけでなく、『鉄腕』の展開した斥力の障壁があるにも関わらず。


 砲弾を超えるような速さは、砲弾よりも力強さがあった。障壁を、貫き……『レール・ロード』の先頭車両に『雷虎』が命中した。分厚い装甲を突破して、その内部へと乗り込んだのだ。


「マジ、か……ッ」


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 カートマンたちのいる先頭車両の屋根、それを『雷虎』が頭突きで穴を開けた。カートマンは女を引っ張り、その背に庇いようにしながら、ライフルを撃つ。


 だが、『雷虎』の獣の体にまとわりつく青いかがやきが放つ雷電に、弾丸は弾かれた。


「この至近距離で、撃ち抜けねえ!? それは……は、反則だろうっ!?」


 ニヤリと笑う。虎の笑顔に、カートマンの長年の傭兵稼業で積み重ねてきた経験値が反応した。こいつは、噂通りにクソ強い。「やべえぞ、殺される」。


 だが。


 自分のとなりを駆け抜ける影にも、カートマンは気づく。


「シュエ!」


「こいつは、任せろ」


 鉄腕から抜き放った長大な刀が、『雷虎』に振り下ろされた。巨体にもかかわらず、『雷虎』は斬撃を回避し、先頭車両の警笛装置/ホーンユニットに飛び乗る。長い尾を、斬りつけるように揺らした。瞬間、その尾から青白い電撃が放たれた。


 シュエは、『鉄腕』でそれを受け止める。爆音と閃光が生じるが……。


「ほう。無傷ときたかよ。オレの電撃を受けて」


「『雷虎』だな。こちらも名乗っておく。シュエだ」


「ふん。それが、『鉄腕』か。なかなか、歯ごたえがありそうで、いいじゃねえか!!」


 牙を剥き……次の瞬間、『雷虎』は電流を帯びたままシュエに飛び掛かる。砲弾のような速さを、シュエは回避する。『雷虎』は屋根を貫き、先頭車両の内部に入るが……次の瞬間には、また飛び上がり、屋根を紙のように軽々と破壊しながらシュエを狙って追いかける。


「強く、速いな」


「そうだ!! それが、このオレ!! 『雷虎』さまだあああ!!」


 カートマンは、援護射撃を……あきらめる。至近距離を高速で動き回る敵と味方。誤射を防ぐ方法は、ない。それに……。


「山賊どもが、来るわ!!」


「知ってるよ!! 迎撃、始めるぞ!!」


 山賊どもの大半が、『フーレン』だ。『雷虎』ほどの圧倒的な強さはなくとも、十分に脅威である。虎の姿に化けた山賊どもに、カートマンも女も、自警団たちも射撃を浴びせて足止めを試みた。


「手一杯だな。シュエ、そっちは自力でどうにかしてくれ!!」


「ああ。任せろ」


「オレと、タイマン張るなんてヤツは、『殺戮卿』以来だぜ!!」


「あいつと戦い、生き延びたか」


「胸に、傷を負わされたがなあ!! この程度じゃ、死なねえんだよッ!!」


 またたく間に、『レール・ロード』の先頭車両は『雷虎』に食い破られていく。足場は少なくなるが、シュエは器用に飛び回った。骨組みのような細い足場でも、確実に踏みつけ、自在に宙を飛ぶ。


「ちょこまかと!!」


 対照的な動きだ。力任せの速さは、直線的である。自在に動き回るシュエに、何度も迫るが、直前で回避されていた。避けられると同時に、刀も振り抜かれる。


 傷を負う。気にするほどの深さではない。『フーレン』は傷を恐れも恥じもしない。ただひたすら、獲物を追いかけ体力で圧倒するのが、彼らの狩猟方法だ。


「……あんなのに、付き合ってたら、命がいくつあっても足りん! 接近戦になる前に、傷を負わせてやれ!!」


 カートマンの判断は正しい。せまい列車の屋根の上で、虎に化けた『フーレン』に襲われれば、生き抜ける強者は少ない。


 撃ち続ける。『フーレン』の盗賊どもに、弾丸が当たる。即死はさせられなくても、傷を与えればそれだけ動きも悪くなる。それならば、カートマンにもサーベルを使った白兵戦で十分に仕留められる相手だ。


「ま、また、『幅寄せ』されたわ! もうすぐ、乗り込まれてしまう……ッ」


「撃ちながら、オレたちも下がるぞ!! 引き込んで、間合いを作る。間合いを時間的な猶予に変えて、一匹ずつ狩ればいい!!」


「『鉄腕』は!?」


「『雷虎』はタイマンを望んだ。手下どもに、邪魔はさせん。『フーレン』は、そのあたりは徹底する」


 事実ではあるものの……確実とは、言えない。しかし、戦術上、シュエに単独で粘ってもらうほかないのだ。全員が、後方車両に逃げられれば、いくらでも戦術が選べる。『雷虎』ごと、『鉄腕』の強大な力で先頭車両周辺を破壊する方法も。


 それを、山賊どもに悟らせれば、撤退させられるかもしれない。状況を作り、交渉で勝利する。それも指揮官の仕事だ。


 射撃しながらの後退が始まり、山賊どもの虎も、次々に『レール・ロード』に飛び移り始めた。体力に自信のある虎から、襲撃してくるのが幸いだ。同時に、一斉に飛び移られたなら、守り抜くのは難しかっただろう。


「自分たちのボスである『雷虎』に、強さを認められたがっているわけか。『フーレン』らしいが、力だけで勝てるほど、大雪原の戦いは甘くはねえよ。連携してナンボだ!!」


 カートマンは、サーベルを抜いて白兵戦を始める。自警団も隊列を組み、カートマンを援護した。


 虎の動きは素早いが、カートマンも負けてはいない。むしろ、仲間の援護射撃があれば、射撃を浴びて止まった虎を斬り捨てるのは難しくもない。彼もまた、十分に強い、大雪原の古強者なのだ。


「順調、順調!! デキる傭兵ってトコロを、見せつけてやる!! これでも、三十路になるまで生き抜いてみせたんだからなあ!!」


 生き延びた実績、それこそがカートマンの誇りだ。死なずに、粘る。圧倒的な強さで敵を刈り取る者だけが、戦場において有能なのではない。


「勝利を作る! それが、師匠、アンタも理想としていた戦士だよなあ!」


 師を思い出しながら、機械混じりとなった身で剣舞を待った。サーベルが、虎の首の骨に食い込み、折れてしまうが……あわてはしない。


 押し倒してくる虎の勢いに逆らわず、あえて押し倒されると、そのまま拳銃を抜いて、至近距離からの連射で仕留めた。


 即死した虎を、大雪原へと蹴り落とす。背負っていたショットガンを取り出すと、近寄る虎どもに散弾を浴びせながら、後退する仲間たちのしんがりを守り抜いた。


 後退したことにより、こちらの戦力は終結し、『密度を増している』。山賊どもは、その状況にようやく気づいた。戦力の密度を操る。それもまた、戦いで勝利を獲るためのコツであった。


「こっちは、何とかなりそうだぜ。後は、親玉だ。シュエ! 『雷虎』を倒せ!! 親玉を狩られた『フーレン』の群れは、弱いものだ!!」


 聞こえるように、その大声を使った。この戦場にいる全ての者の耳に届けたい。山賊どもに動揺を与え、味方には勇気を与える。士気をコントロールしようとしていた。


 不機嫌そうに目を細め、『雷虎』はうなる。


「……たいして強くはねえ。が、知恵が回る。面倒なサイボーグだ」


「あいつの名前は、カートマンだ。覚えておけ」


「ハンッ! 覚えてやるものかよ! オレは、オレより強いヤツの名しか、覚えん!!」


 シュエの刀と『雷虎』の牙が衝突し、甲高い音と衝撃を作った。競り合いになるが、『雷虎』は口を大きく開き、刀に『噛みついてくる』。


「……っ!」


「……へし、おってやる……よ!」


 体躯と力、重量では『雷虎』が勝っている。刀を噛み砕くことも、やれるだろう。それらは事実であり、刀がこの瞬間にへし折られてしまっていた。『雷虎』は己の力に満足したようにニヤリと笑った。


 虎の爪が振り下ろされて、シュエは後方に飛び退く。しかし、完全な回避には失敗した。爪の一撃が、コンバット・スーツを裂き、肌に傷を入れていた。『雷虎』はその爪についた血を、恍惚の歪みを浮かべた顔で見つめ……舐め取った。


「いい、においだ。ゾクゾクする味だ。血ってのは、本当にたまらんぜ!! オレの内側にある古い本能を充たしてくれる!!」


 刀を失ってしまった。それでも、勝者が決まったわけではない。シュエには『鉄腕』がある。うねる灰色の雲の下で、白い息を小さく吐いた。静かな言葉と共に。


「……避難が完了したということは、『そろそろ本気になってもいい』わけだ」


「……あ?」


 何とも獣の心に響く言葉である。獲物の血の味を楽しんでいたはずの獣は、その言葉に気分を害する。笑顔はどこかへ遠ざかり、深いしわが眉間にも口の周りにもあらわれた。


「てめえ」


 準備運動するように、『鉄腕』の指先を握って開く。『雷虎』のように強さを信条とする大雪原の荒くれ者には、シュエの態度が受け入れられるはずもない。気づいたのだ。シュエは、『見ていなかった』。


 目の前にいる『雷虎』のことさえ、見ていない。


 その瞳に映されていたのは、ズタボロになった『レール・ロード』だけ。


「よく戦い抜いたな、『レール・ロード』。あとは、オレに任せておけ」


「オレを、無視してんじゃねえ―――」


 多くの戦いを経験している。その日々が磨き上げた本能があった。『殺戮卿』とも戦い、どうにか生き延びた男である。大雪原でも指折りの実力者だ。それなのに、今は視線を向けられてもいなかった。


 腹が立つ。こんなに馬鹿にされたのはいつ以来か……いや、考えるまでもない。呪わしい記憶が、『雷虎』の心を埋め尽くす。ゾルハ・エステルハルド、『殺戮卿』、殺した兵士で山を積み上げて、それを椅子代わりに座っていた。「すまんが、火を貸してくれんかね」。


 あのときも同じだ。敵である『雷虎』を見てもいなかった。殺気立つ『雷虎』よりも、くわえた葉巻の方が重要だと、本気で認識していたいのだ。雑魚あつかいされたわけではない。それ以下の扱いだ。そもそも、敵としても認識されていなかった。


 激怒した。


 飛び掛かると、ようやく『殺戮卿』の気を引けた。戦いになり、負けた。胸を貫かれ、その場に投げ捨てられる。「それでも生きているとは、気に入ったよ。しぶといタフな細胞は好きでね。これからも、励みたまえ」。


「―――そんな真似していいヤツは、この世にいちゃいけねえ」


「すまないな、『レール・ロード』。ちょっと壊すぞ」


 シュエが、『鉄腕』を空に向けて伸ばした時、『雷虎』の本能がおびえた。


 身を守れと叫ぶ。全身の細胞が、筋肉が、血が、骨が、神経が。


 ああ、正解だ。それが正しい。全身を緊張させて、鋼よりも硬い守りを作っていなかったら、一瞬でバラバラにされていただろう。遠い間合い。離れている。『絶対に安全なはずの距離』ではあるが、『鉄腕』の前に、空間の物理法則はたやすく殴り壊されるのだから。


 大振りのフックだ。


 十メートル以上離れている。当たるはずなど、常識的にありえない。しかし、空間が割られ、物理法則は砕かれる。空気で作られた巨人の拳、そんなものが『雷虎』の直上にいきなり現れて、叩きつけた。そう表現するのが、正しくも思えてしまう。


 とにかく。『雷虎』は、殴られたのだ。『鉄腕』が生み出した拳に。


 激烈な痛み。激烈な振動。その威力に巻き込まれた『レール・ロード』が、ガクンと一瞬、飛び跳ねてしまうほどだ。


 強打の重さは、圧倒的である。『雷虎』とその周囲の空間が、破壊された。『レール・ロード』の装甲も砕けて散り、血管のように走る高圧蒸気のパイプも破裂する。『雷虎』は、爆撃でも受けているのかと思った。全身がバラバラになりそうなほど、痛い。


「ぐはあう……ッ」


 血を吐いた。体内のどこかが壊れてしまったのだ。意識が飛びそうになるが、耐える。四つの足で踏ん張るのだ。過去のために。プライドのために。「二度と、敵の前で、這いつくばりはしねえぞ……クソ『殺戮卿』ぅ……ッ」。「努力したまえ。期待しておこう。それで、マッチはあるかね」。


「ぬ、がああああああッ!!」


 砕けて壊れた先頭車両の中央で、『雷虎』は立ち上がった。


 シュエは見ていない。『レール・ロード』を心配していた。


「すまない。加減が、まだ上手くやれない。これほど戦い抜いたお前を、壊してしまった」


「オレに……ッ!! オレを、見ながら、オレに言え!! こんな、オレに壊されたボロ列車なんかじゃなくてなあッ!!」


「礼を失してしまったか。すまなかったな。でも、『レール・ロード』の方が、大切なんだよ」


「舐めやがって!! ゾルハよりも、お前は、気に食わん!!」


 雷撃がその身からあふれ、怒りを示すようにシュエへと放たれた。『鉄腕』の黒い指が伸びる。人差し指に、『雷虎』の怒りが吸い取られた。避雷針のように、その指先が集めてしまう。


「は、あ!?」


 驚愕する『雷虎』の視界の中で、シュエはようやく『雷虎』を見た。走る。左腕に雷撃を集めた状態で。今までと同じ速さだった。だが、『巨人の拳』に殴られたダメージのせいで、対応できない。


 驚いていたせいもある。若いころとは、違うのに。『殺戮卿』に敗北したあの屈辱の日から、何倍も強くなったはずなのに。今なら、『殺戮卿』にも―――。


 殴られる。


 雷を集めた『鉄腕』に、その拳に。


 牙が折られて、顔の前半分の骨にヒビが走った。同時に、雷も襲い掛かるのだ。『雷虎』の怒りを込めた、強大な電圧と、膨大な電流が。瞬時に、獣の巨体を内側からも外側からも焼き払う。


 殴り飛ばされそうになるが、どうにか後ろ足の爪で踏ん張ろうとした。しかし、『レール・ロード』が敵を嫌った。偉大な王さまは、無様にしがみつこうとした虎を振り払う。爪を立てられた装甲版が、壊れて外れただけかもしれないが……シュエは、『レール・ロード』に感謝する。


「協力、感謝する。あいつは、カウンターを取ろうとしていたからな」


 大雪原に、『雷虎』が落ちていく。彼の巨体を受け止めて、大雪原からは雪の柱が上がった。灰色の雲のうねりを、『雷虎』は見る。怒りが、反射させた。雪のなかで暴れ、立ち上がる。走った。先頭車両に追いつき、シュエに向かって飛んだ。


 銃撃を浴びる。


 カートマンが、ライフルで撃った。腹が立つ。ダメージは軽い、しかし。動きが、鈍ることの方が良くない。『鉄腕』に挑もうとしているのに、邪魔されるとは。


 殴られた。


 全力の飛び掛かりでなければ、シュエには届かない。『鉄腕』に殴られた巨体が、空を飛んだ。山賊列車の側面に叩きつけられる。いつかの敗北と同じように。変身を維持できなくなった体は、ヒトの形へと戻ってしまうのだ。


 血の跡をぬりたくりながら、『雷虎』の体が落ちていく。カートマンは、ライフルで止めを刺そうと試み、照準を合わせた。


「キティお嬢さまは嫌がるだろうが、こいつは、仕留めるべき敵だ。手負いになってからが怖えってのが、獣だ。生かしちゃ、いられねえ」


 撃った。ライフルの弾丸は、悪人のアタマを一つ撃ち抜く軌道に乗っていたのだが。悪人の首が動き、飛来してくる弾丸に『噛みついた』。


「マジ、かよ……ッ!?」


 血混じりのつばと共に、『雷虎』は弾丸を吐き捨てる。この狙撃が気付けとなってしまったのか、俊敏な動きを取り戻した。カートマンは悪くない。正しい。しかし、大雪原はそれが勝利の決め手となるとは限らない。


 全ては、力と運命が定める。


「ただじゃ……負け、ねえ……決めたんだ。オレは、てめえに……『殺戮卿』よ。お前が、一晩で千人殺したというのなら……オレは、オレは……もっとだ。もっと殺して、お前の伝説を、オレこそが塗り返す」


 狂気がいた。全身はボロボロだ。『鉄腕』の猛打を複数回浴びるなど、いくら『雷虎』でも壊れずに済むものか。戦うのは、無理だ。あちこちが軋み、動きがどんどん重たくなる。死が近づいている。


 死ぬのか。


 死ぬのならば。


「全員、巻き添えだ」


 山賊列車の先頭車両に乗り込み、運転士を殴り殺した。かわいそうな彼から、その席を奪い取ると、山賊列車に加速をさせていく。『幅寄せ』は続いている。高速になれば、脱線して、『レール・ロード』に突っ込む。そうなれば、どちらの列車も。


「ぜーんぶ、お終いだぜ!!」


 カートマンがそれに気づき、シュエに叫ぶ。


「シュエ、『鉄腕』を使え!! あいつ、列車ごと突っ込んで来る―――い、いや!! 待て!! やるなあ!! 人質……ッ。山賊列車に、子供もいる!!」


「……ッ」


 ガゴン!……山賊列車が不安定に揺れながら、また一つ『レール・ロード』の走るレールに近づいた。山賊どもも恐怖で叫んだ。迫りくる末路に気づいたからだ。


「い、いやだあ!!」


「し、死にたくねえ!!」


「お頭、やめてくれええええ!!」


 悲鳴が好きな『雷虎』は笑う。笑いながら、拡声器のスイッチを入れた。


『ハハハハ! ハハハハハ!! 全員で、オレの巻き添えになってくれよ!! みんなで、あの世に行こうぜ!! そしたらよお、オレ、『殺戮卿』よりも一度の戦いで大勢を殺した男になれる!! ありがとう、ありがとう!! 夢が、叶ったぜ!!』


 悲鳴があふれた。


 山賊列車からも、『レール・ロード』からも。


 シュエは、理解できない。


「どうして、こんなことをする。どうして、そんな目的のために、みんなを巻き込める。教えてくれ、キティ。オレが、あいつを理解できないのは、オレに記憶がないからなのか!?」


 通信機越しに、キティの息を飲む音が聞こえた。キティは、断言する。


『違います。シュエさまは、正しい。記憶があっても、なくても。理解が及ばないほどの、邪悪はいるのです』


「……ッ。あいつにも、守りたい仲間ぐらい、いるだろうに!」


『シュエさま。このままでは、どちらの列車も脱線します。だから―――』


 だから。ここは、傭兵の出番だろうとカートマンは考える。言いにくい言葉もあるし、言わせてはならない言葉もある。16才の少女に、背負わせていい罪ではない。


 そういうのは、傭兵の仕事だ。「山賊列車を『鉄腕』で破壊して、被害を最小限にしろ!」、その汚れ仕事も業務の内におさめるべきだ。カートマンが口を開きかけたとき、シュエが言った。


「分かっている! 『どっちも助ける』!! それが、お前の『騎士』に相応しい!!」


「な……」


『―――はい。シュエさまが信じる『鉄腕』を、私も信じます!』


 傭兵では、到達できない領域もあった。気高い者を見る。姫君と、騎士だ。


 古強者の列車の上で、シュエが『鉄腕』を使う。『運命』という解除コードを口にして、虹色の幾何学の紋章を呼ぶ。その紋章の光の果てから、『空を裂く虹色の牙』の『船首像』が現れるのだ。


 白いドレスが空になびき、赤い髪が踊るように燃えて暴れる。雪におおわれたこの星とは違う、失われた青い星が『彼女』の両目にはあった。『運命の女神』が、腕を伸ばして……山賊列車を抱きしめる。重力が、操られていく。


『……私の、力も……使ってください……ッ』


 キティの『牙』の力も使われた。壊さずに、包み込むような力。フィックスドフラワーの異能が、『運命の女神』に注がれる。抱きしめて、減速が成されていく。


「あ、あれだけの質量を、壊さずに受け止めるっ!? そんな、ことまでやれるのか!?」


 カートマンは、畏怖している。そう、畏れ多いまでの力だ。『レリック』も、『牙』も。まるで神さまみたいじゃないか。


「おい、おい、おい!! 邪魔を、すんなよ!! オレの、オレの……伝説を!! 『フーレン』が、一番殺せる獣じゃなくちゃ、みじめ過ぎるだろうがああああッ!!」


 山賊車両の屋根に、血まみれの『雷虎』が飛び乗った。巨大な腕が木箱を抱えている。カートマンがライフルのスコープで、それの正体を見抜く。


「爆薬だ!! あいつ、自爆して、脱線させるつもりだ!!」


『そ、そんな!?』


「……どうして、そこまでしようする!?」


「あの忌々しい記憶を、これで、塗り替えるんだ!! 死ね、死ね!! 全員死ね!!」


 カートマンのライフルが『雷虎』を撃つ。額に命中したが、骨の頑強さが即死させない。起爆スイッチを見せつけるようにしながら、それを押す。


「オレの勝ちだ―――」


「―――いいえ。雷管に、信号は届きません。私が、阻ませていただきましたから」


 水色のローブを着た少女がいた。『雷虎』のすぐとなりに、唐突に姿を現している。『雷虎』は鼻を鳴らし、気づいた。においがない。


「テメエ。実体じぇねえ……電子の幻影……ッ。『ギア・エルフ』の魂か!!」


 水色のローブの下で、少女はうなずいた。


「ええ。『ギアレイ』の『ギア・エルフ』です。立体映像で失礼いたします。『本体』は、あちらに」


 この場に高速で飛来する機影がいた。体長十メートルほどの、機械仕掛けの『天使』だ。天使はその胸に抱きかかえるようにして、機械仕掛けの少女とつながっている。150年前から、『歯車仕掛け騎士団』の兵装は、進化しながら受け継がれていた。『ギアレイ』最大の宗教政党『歯車仕掛け聖騎士教会』に。


「すでに、このエリアのあらゆる電気信号は、私が掌握しています。有線でなくて、幸いでした。おかげで、無力化できます」


「クソが、なら……直接っ。直接っ。一人でも多く、ころ―――」


 騎士にはなれない。だが、傭兵にも、成すべき正義がある。カートマンは引き金を絞り、ライフルの軌道は、今度こそ『雷虎』の頭を撃ち抜いてみせた。


 どうせ長くはもたない命である。苦しみと罪を重ねるだけの邪悪に堕ちるならば、幕を引いてやるのもやさしさであり、傭兵のもつ職業倫理である。


 電子の幻影の少女は、仁王立ちしたまま即死した男に、祈りを捧げる。信仰は違えども、真剣さは変わらない。雪のように舞う血の中で、聖句は読まれた。


「『母なる歯車の救いの下に、大雪原の慈悲に抱かれなさい』。お休み、妄執の虎よ」


 減速していく山賊列車の上から、『雷虎』の死体は落ちていく。大雪原に戻るのだ。そこに捨て置くのも、『フーレン』の雄々しい虎の教えには合っていた。


 減速は続き、やがて山賊列車は止まる。ダメージが限界を超えていた『レール・ロード』も、ゆっくりとその速度を衰えさせていき、向こうの列車とほとんど同時に力尽きた。


 シュエの『鉄腕』が、軌道の王さまを撫でてやる。


「よくがんばってくれた。敵が、いなくなるまで……みんなを見守ってくれたんだな、『レール・ロード』」


「……貴方は、機械と語り合えるのですね」


 音もなく、気配さえも極めて乏しく、『ギア・エルフ』の魂がすぐ隣に現れる。シュエは驚かない。さも当然のように、彼女を見る。何の緊張感もないまま。それに、『ギア・エルフ』の方がわずかばかり驚いたほどだ。


「……普通は、私に接近されると、驚いちゃうものなんですけれどね。幽霊が出た、みたいに」


「敵意がない。そんな相手を、拒む理由もない。助かったよ」


「……フフフ。面白い方ですね。珍しいタイプです」


「記憶がないから、かもな」


「えーと。おそらく、違いますね」


「そうか? だが、何であれ、助かった。『ギアレイ』に抱いていた印象が、良くなったよ」


「それは何よりです。私たちは、意外に思われるかもしれませんが、戦いが好きなわけでもありません。それに、山賊に捕らえられた幼い命が死ぬのも、見たくなんてないの」


「ヒトなら、当然だな」


「……はい。それでも、戦いが起きてしまう。悲しいことですが。でも……今日の戦いは、多くを救えて良かったです。『鉄腕』の騎士殿」


「シュエだ。キティ……キティお嬢さまに、仕えている」


「私は、レミー。レミー・マグネリィ。今後ともよろしくお願いいたします、シュエ殿」


 古い古い運命だ。


 凍てつき動かなくなっていた歯車が、また一つ、冷たい眠りの底から浮上する。


 150年前の戦いの最中、このリボンが似合う少女は『鉄腕』と少年と戦った。親友にリボンを託した記憶は、失われてしまっている。少年の刀に貫かれて、体の一つを失ったことも覚えてはいない。


 それでも、彼女はこの戦いに組み込まれた。


 この大雪原では、運命から逃れられない。


 巨大な『天使』が上空へと到達し、機械仕掛けの少女は微笑む。その視線に映っているのは、二つの列車から降りた者たちの笑顔。生きることを喜ぶ、人々の解放感。機械の指を、やさしく組み合わせ。空から天使の乙女は祝福する。


「……『鉄腕』を、正しく使ったのですね。大きな力を、正しく使えると、周りに幸せを呼ぶものです。どうか、我々の邂逅が……不幸に至りませんように」


 夕は深まり、遠からず、夜がやってくる。


 二つの機関都市の接触も、やがて起きるのだ。『シャル・リリィ』と、『ギアレイ』。


「より多くの実りを、大雪原にもたらしますように」


 運命は軌道に乗って、この白い世界を駆け巡るのだ。大いなる構造は、絶対だ。出会いがもたらすのは、成長か破滅か。善意も悪意のべつもなく、魂が集まれば、そこに何かが生まれるものだ。


 平和の形質は、正義によって異なる。


 戦いの場では、いつも正義は食い違う。


 これは、『空を裂く虹色の牙』と、『鉄腕の雪』の物語。



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