第12話 くらやみのあのこ2

夏休みがあと三日で終わろうとしている。

わたしは落ちつかない心臓といっしょに、閲覧室で頭になにも入ってこない読書をしていた。

「なんか今日、変じゃない?」

先輩に話しかけられる。

今日、タイミングを見て先輩にも言うんだってずっと考えてた。

「あ、あの」

わたしの声をさえぎるように〝ピンポーン〟と校内放送の音が鳴る。

『三年、青沢宙さん。至急サッカー部の部室まで来てください』

「あ! やべ。今日顧問に呼ばれてるんだった。俺いくわ」

「あ、はい。さようなら」

まあ、あせらなくてもいいか。そう思いながら、「ふぅっ」と息をはいた。

自分でもまだ信じられない。

うれしくってつい口元がゆるむ。

家までの帰り道、足元がふわふわしてる感じがして、スキップでもしてしまいそう。

だって、あのコンテストで……

「あ! 帰ってきた〜空〜!」

わたしの浮かれた気持ちを一気におとす声。

「アユちゃん……?」

家の前に、満面の笑みのアユちゃん。

「おかえり、空」

「なんで? 今日約束してた?」

「してないけど、うれしくって会いにきちゃったの」

アユちゃんの笑顔にイヤな予感しかない。

「どうして教えてくれなかったの? 小説書いてるって」

「え……」

「空のママがわたしのママに教えてくれたんだって。空が小説で賞をとって、小説家デビューするんだって」

知られたくない人に真っ先にしられてしまった。

昨日、あのコンテストでわたしの作品が大賞を受賞したというメールがとどいた。

サイトでの発表は三日後の九月一日。

受賞作は書籍化予定ということで、中学生のわたしの場合、保護者にも許可をとらなければいけないと言われ、お母さんに伝えた。

まだ誰にも言わないでって言ったのに。

わたしのお母さんは、アユちゃんのお母さんを信頼してるから、子どものころから何でも相談してしまう。

「ねえ、お祝いしたいから空の部屋で話そ?」

アユちゃんの影のかかった笑顔にゾッとする。だけど……やっぱりことわれない。


わたしの部屋にあがったアユちゃんが、わたしを質問ぜめにする。

「いつから書いてたの?」

「え……えっと、一年生のときだよ」

本当は小学生のときから書いてるけど、長くかくしてたってバレたらきっとすごくフキゲンになる。

「ふーん。なんで教えてくれなかったの?」

アユちゃんの声が冷たくて、気に入らないときの声だってわかる。

「な、なんでって……はずかしいから」

「はずかしいんだ。そうだよね、空だもん。目立ちたくないよね」

アユちゃんがニヤッと笑う。

「ねえ空、お願いがあるんだけど」

「お願い?」

「これ、二人で書いたことにして」

「二人?」

「そう、わたしと空が二人で書いた小説ってことにしてよ」

「え!? ムリだよそんなこと」

「ムリじゃないよ。サイトには空の名前で登録してたけど、実際は二人で書いてましたって言えばいいだけでしょ。ね、できるよね?」

アユちゃんは目をかがやかせてる。キラキラしてない、ドロドロしたかがやき。前みたいには、かわいいともきれいとも感じない。なのに……やっぱりこわくて、心臓の音がはやくなってしまう。

「空より、アユくらいかわいい子が中学生作家って言ったほうが出版社だって学校だってうれしいよね? 空は目立つのきらいだもんね」

アユちゃんは本気なんだ。

「親友だったらできるよね?」


***


九月一日。二学期の始業式の日の朝。

あれから閲覧室には行けていないから、先輩にはまだコンテストの結果を報告できてない。

『二年、拝島空さん。至急、職員室に来てください』

え? こんな日に職員室に呼び出し?

ふしぎに思いながら職員室にいくと、担任の隣にアユちゃんがいた。

「加地から聞いたぞ、拝島。加地と一緒に小説家デビューするんだってな。おめでとう」

「え……」

「ありがとうございま〜す」

アユちゃんがうれしそうに言った。

「それでな、せっかくだから今日の始業式でお前たちを特別表彰しようと思う」

特別表彰っていうのはうちの学校の制度で、〝特別にがんばった生徒〟や〝特別にかつやくした生徒〟を学校が表彰する。

「いや〜加地には前から文才があると思ってたけど、小説も書けるなんてすごいな」

「ふふっそれほどでも」

なにこれ? なんで?

「じゃ、失礼しまーす」

わたしはほとんど言葉を発することなく職員室から出た。

「どういうこと? わたし、ことわったよね?」

あの日、わたしはアユちゃんに無視される覚悟でことわった。

「うん。そうだったね。そんな権利ないのに」

「は? 権利?」

「空にことわる権利なんてないよ」

アユちゃんが笑う。暗やみにひきずりこむみたいなこわい顔。

「たのしみだね、みんなの前で表彰されるの」

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