第9話 きらきらのきみ1

***


小学五年の冬のある日、教室の空気が一変した。

『おはよう』

いつも遊んでいた子にあいさつをしたら、かえってこなかった。

休み時間にべつの子に声をかけた。

『ねえ——』

『サキちゃん、いこ』

わたしをふりはらうみたいに、ほかの子といっしょに教室から出ていってしまった。

体育でもだれもペアになってくれなくて、一人あまったわたしは先生とペアになった。

その一つひとつのできごとに、『クスクス』って笑い声が聞こえてきて、胸が苦しくて、それからはずかしかった。

みんながわざとやってるって気づいた瞬間、理由がわかった。

『〝将来の夢〟っていうテーマなんだから、アユちゃんが自分で書いたほうがいいよ。……わたし、書きたくない』って、前の日にアユちゃんに言ったから。

『ふーん。空ちゃんはアユと友だちじゃなくなってもいいんだ』

あのときの冷たい目と声は、今でもはっきりおぼえてる。

このままだと休み時間も、移動教室も、遠足も、きっと六年生の修学旅行も、ぜんぶ独りぼっちだって想像したらこわかった。

『アユちゃん、ごめんね。作文書くよ』

そのたったひと言で、次の日からまたみんなが笑いかけてきた。

わたしのいる世界なんて、アユちゃんがぜんぶ支配してるんだって思い知った。


***


先輩と〝友だち〟なんてアユちゃんに知られたら、きっとまたあの日と同じことになる。


「おはよう」

朝、階段で会った先輩があいさつしてくれる。わたしはキョロキョロまわりを見て、小さくおじぎをして、足早に教室に行く。

アユちゃんに宙先輩とのことを聞かれたあの日から、そうすることに決めた。

わたしは〝目立たない拝島空〟でいなきゃいけない。


その日はまた、飲み物を買いに休み時間に自動販売機にいった。

「あ、空」

今日は先輩が先に買ってる。

「俺もほうじ茶ラテにハマって——」

先輩が笑顔で話しかけてくる。

「あ……えっと……」

『空って青沢先輩と仲いいの?』

アユちゃんの目が頭にうかぶ。

わたしはペコッと頭をさげて、くるっと後ろを向いて立ち去ろうとした。

「ちょっと待った」

先輩がわたしの手首をつかんで引きとめた。

「あ、ごめん。急につかんで」

わたしのおどろいた表情を見た先輩はあやまってくれて、すぐに手をはなしてくれた。

「けど空、最近なんか変じゃない?」

「え、えっと……」

わたしはまたキョロキョロする。そんな様子に先輩はため息をつく。

「まあいいや、放課後聞かせて」

そう言って先輩は、教室にもどっていった。


放課後の閲覧室。

「加地さんがこわいから、俺とは話さないってこと?」

わたしは気まずさをかくせずに、無言でうなずく。

「……先輩には失礼だってわかってます。ごめんなさい」

前に座った先輩はぜんぜん納得してないって顔。

「前にも聞いたけどさ、空はそれでいいのか?」

また、うなずく。

「今年は修学旅行もあるし、クラスの子たちと仲よくしてたいです」

「〝仲よく〟って」

先輩は困ったようにため息をつく。

「そんなの仲いいって言わないよな」

「でも」

「空は、文章書くのが一番好きなんじゃないの?」

「……はい」

「加地さんに言われて、その好きなこともコソコソやって、自由に友だちも作れなくてさ」

先輩がわたしの顔を見る。

「それって、楽しいの?」

「え……」

「空が、がんばればがんばるほど、加地さんだけがほめられて、まわりは余計に加地さんのファンみたいになって、空がどんどん苦しくなるだけなんじゃないの?」

先輩の言ってることは正しい。

「で、でも作文がどうとか、アユちゃんがどうとか、そんなのなくても……先輩とわたしが友だちなんてやっぱり変……」

「変?なんで?」

「……先輩は、キラキラしてるから」

「は? キラキラ?」

わたしが変なことを口ばしったから、先輩がびっくりしてる。だけどこれはわたしの本音。

「先輩は、運動部で、サッカー部の部長で、えっと……背だって高くて、かっこよくて、いつもみんなに注目されてて……」

うまく言えない。

「なんていうか、先輩はアユちゃんみたいだから。わたしみたいな、こんな髪の長いおばけみたいな地味なチビが、理由もなく一緒にいたらみんな変に思います」

先輩はしばらく無言になったと思ったら、イラっとしたしぐさで自分の髪をかき上げてぐしゃぐしゃにした。

「なんだよそれ」

先輩がつぶやいた。

「空にとって、友だちって何?」

「え……」

「入ってる部活とか、見た目とか、まわりの評価で上下があんの?」

「えっと……」

少なくとも、アユちゃんはわたしよりも上だと思う。

「その考え方の方がよっぽど変だし、キラキラしてるっていうならさ——」

先輩がまた、わたしを見た。

「俺には空のほうがキラキラして見える」

先輩がわたしをジッと見つめる。

「わたしが、キラキラ?」

先輩がうなずく。

「文才があって、何十作も小説を書き上げてて、好きな作品を教えてくれたり、雨が好きだって教えてくれたりしたときの笑顔もかわいいと思った」

先輩がこんなふうに言ってくれるなんて、びっくり。

「あ、ありがとうございます。小動物的なやつでもうれしいです」

「ちがうよ」

「え?」

ちがう? なにが?

「俺には、加地さんなんかより空のほうがよっぽどきれいでかわいく見える」

そう言って、先輩はわたしの長い前髪にふれて、指で少し上げた。

「空はもっと、自分に自信を持ったほうがいい。顔だってこんなふうにかくさないでさ」

心臓がドキドキしてる。顔が赤くなってるんじゃないかなってくらい熱い。

「空は、俺が知ってる女の子……いや、俺が知ってるひとの中で一番すごいよ」

先輩はずっとわたしの目を見てる。

はじめてのことに、何をどう、言葉にすればいいかわからない。

沈黙をやぶるみたいに〝キーンコーン……〟てチャイムがなった。

「……あ、あの!わたしもう帰らないと」

そう言うと、先輩は前髪を下ろしてくれた。

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