第8話 わたしのひみつ2

先輩は、校内で会うと声をかけてくれる。

「おはよう」

「お、おはようございます」

閲覧室の外で見る先輩はいつもの宙先輩じゃなくて、みんなの〝青沢先輩〟って感じで、なんだかちがう人みたい。

ひと月前までは想像もしなかったけど、わたしは宙先輩の友だちになったんだ。

心がくすぐったいって感覚。


***


「本当にそうやって書いてるんだ」

閲覧室で作文の宿題をしてるわたしの手元を、いつもみたいに机をはさんで先輩がのぞきこむ。

もうかくす必要がないから【加地歩夢】ってはっきり書いてある原稿用紙を机のうえにひろげている。

紙で提出しなきゃいけない作文のときは、わたしが書いたものをアユちゃんが後から自分の字で書き写す。

だけど名前の欄には最初からアユちゃんの名前を入れておく。そうしないとアユちゃんのための文章だって思えないから。

「こっちが加地さんので、こっちが空?」

うなずいてはみるものの、先輩に責められているようで少し気まずい。

「空が二つ書いてるのに、なんで加地さんばっかり賞に入るの?」

「……最後にわたしのほうを少し下手な文に変えるから……。漢字もまちがえたり……」

「わざと下手な文にできるのも、あるイミ才能だよな」

先輩はあきれたように笑う。

「……書いてるのはわたしだけど、この前の引退式のときも、アユちゃんの話し方がうまくて、アユちゃんが読むから意味があるんじゃないかって思って……」

先輩はだまって聞いている。

「アユちゃんはなんていうか……かわいくて、華があるから」

「空、本気でそう思ってる?」

先輩の言葉に今度はわたしがだまる。

「空がつむいだ言葉は空のものだよ。空が話すから意味があるって俺は思うよ」

先輩は、まっすぐ。目も、言葉も。

「それに、空だってかわいいと思うけど」

「え……」

こういうこともまっすぐこっちを見て言えちゃうんだ。

「わ、わたしのは、アユちゃんとちがって小動物とかペット的なかわいさってやつですよね」

そういうのならたまに言われることがある。

ちょっとドキッとしちゃったけど、ちゃんとわかってる。

「そんなことな——」

先輩が言いかけたところで、チャイムが鳴った。

今日もアユちゃんの日。

「わたし、そろそろ帰ります」


『空がつむいだ言葉は空のものだよ』

その日、先輩がくれた言葉がずっと耳からはなれなかった。


***


引退式から数日たって、ファンタジーじゃない小説に何を書くか、自分の書きたいものが少し見えてきた気がする。

なんとなくウキウキした気持ちで、中学の校舎に一つだけある自動販売機のボタンをおす。

「ほうじ茶ラテってうまいの?」

突然背後から声をかけられて、飛びはねそうなくらいビックリする。じっさい少し飛びはねた気がする。

「おどろきすぎだろ」

「宙先輩」

先輩も飲み物を買いにきたらしい。

「え、えっと、おいしいです、わたし的には。コーヒー牛乳は甘すぎて苦手だけど、ほうじ茶ラテはすっきりしてて。でも、味覚はひとそれぞれなので……」

「あはは。すげー空らしい言いかた」

先輩はおかしそうに笑いながら、ほうじ茶ラテのボタンをおした。

「まねっこ」

そう言って、イタズラっぽい表情でわたしに紙パックを見せる。生まれてはじめて、心臓がキュンッて鳴った気がする……イケメンてすごい。

「先輩は体育だったんですか?」

先輩は体操着を着てる。それもいつもの先輩とちがってなんだかちょっとおちつかない。

「そう。ひさびさにサッカーしてきた」

「球技できるの、すごいです」

「教えてあげようか?」

先輩の提案にぶんぶんと拒否の意思表示で首をふる。スポーツの中でも、球技は絶望的に才能がなくてあきらめてる。

「俺が雨音先生に教えられそうなことってスポーツくらいしかないのにな〜」

「そんなことないっ」

思わず食いぎみになっちゃったから、こんどは先輩がびっくりしてる。

「あ、えっと……」

先輩がスポーツだけなんて、絶対ありえない。

「先輩と知り合って、まだほんの少しだけど……いっぱい、いろいろ教えてもらってる……ので」

「なんか教えた?」

うまく言葉にできないから、コクコクと首を縦にふった。

「ああ、サッカー部のことか」


サッカー部のことだって教えてくれるけど、もっと言葉にならないこと。

わたしとぜんぜんちがう人なのに、同じ本をおもしろいって感じて、雨が好きで、友だちだって言ってくれて……そういう、言葉にできないうれしい気持ちをたくさん教えてもらってる。


***


その日の帰り道。

「ねえ、空って青沢先輩と仲いいの?」

「え……?」

アユちゃんからの、予想外の質問。

「今日、自販機のところで話してなかった? 仲よさそうに。」

見られてたんだ……ううん、べつにそれでいいはずでしょ? だって、先輩とわたしは友だちなんだから。

だけど、アユちゃんの目がこわい。

「いつ、仲よくなったの?」

わたしは首を横にふる。

「仲よくなんかないよ。さっきは……えっと、自販機の前でハンカチおとしちゃって、ひろってもらって……」

その言葉に、アユちゃんの口元がゆるむ。

「だよね。空と青沢先輩なんておかしいと思った」

アユちゃんが「ダメ」って言ってる。

〝あんたなんかが、宙先輩みたいに目立つ人の横にならぶなんて〟って。

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