第7話 わたしのひみつ1
引退式の日の放課後も、先輩は閲覧室にやってきた。
最近はいつも部屋に入った瞬間にわたしに話しかけるのに、この日はなにかを考えるようにだまって席についた。最近はえらぶ席も前より近かったのに、今日は前みたいにはなれてる。
「あ、あの、引退式のあいさつ……」
「えっ」
先輩は一瞬おどろいたような顔をした。
「宙先輩の文章って、よく考えたらはじめてだったので……言葉がきれいでステキでした」
「ああ、そっちか……」
先輩がつぶやいた。
「そっち?」
わたしの問いに、先輩はまた考えるようにだまった。
「空、あのさ」
「はい?」
「あのさ……」
先輩はまだ考えているようで、いつもよりも口ぶりが重い。
「生徒会長のあいさつ」
そこまで言われて一瞬で先輩が言葉につまった理由がわかって、全身がこわばった。
「やっぱりあれ、空が考えた文章だよな」
先輩の指摘に言葉が出なくて、一拍おくれて首を横にふる。
「文の切り方が雨音先生と同じだった」
「ち、ちがいます。アユちゃんが自分で考えてます」
声がまた、か細くなる。
「言いまわしの癖も」
わたしが必死で首をふっていると、先輩がこっちにきた。
「前に言った会長選の演説も、空が考えたんじゃないのか?」
「ちがいます」
「ふしぎだったんだよ、こんなにすごい小説が書ける子がいるのに、弁論とか作文とか、そういう表彰で一回も名前を聞いたことがないなって」
先輩が何を思っているのか、わかってしまう。
「生徒会長が表彰された作文て、全部、生徒会長じゃなくて空が代わりに書いてるんじゃないのか?」
必死で首をふって否定しても、先輩は信じてくれない。
「なんでそんなに必死で隠す?」
わたしは何も言えずにうつむいて押しだまる。
「教えてくれないなら空が雨音先生だって言いふらす」
「え、だ、だめ」
「俺は、会長じゃなくて空がすごい文章を書くって、全校に知らせたいくらいだよ」
「……先輩には、わからないです」
ポツリと口にした。
「アユちゃんは主役じゃなくちゃいけないの……」
わたしは観念するように、小学三年生の感想文のときのことからいままでのことを告白した。
「一回だけ……もうやだって言ったんです」
小学校五年生のときの『将来の夢』をテーマにした作文コンクールだった。
「そしたら、次の日からクラス中に無視されて……」
ノドの奥がギュッと苦しくなる。
気づいたら涙がほほを伝っていた。
「だけど、書くって言ったらまた元にもどって……もう、あんなふうにはなりたくない……」
「今はそのときとはちがうだろ? 俺は無視なんてしない」
先輩の言葉にまた首をふる。
「先輩は、学年がちがうし……先に卒業しちゃうじゃないですか」
自分で一人を選ぶのと、無視されて独りになるのはちがう。
それから二人とも無言になって、わたしは少しの間しずかに泣いていた。
「すこし……すっきりしました」
涙がとまっておちついたころに、先輩にはなしかけた。
「いままで誰にも言ったことがなかったから」
「ならもう」
「それはできません。わたしはずっとアユちゃんのゴーストライターでいないと」
わたしはうつむき気味に、小さく笑って言った。
「それでいいの?」
先輩は、少し責めるような声をしている。
「アユちゃんも、わたし……も納得してるし、誰にも迷惑はかけてないはずです」
「ぜんぜん納得してるように見えないけど」
「……だから、誰にもナイショで小説を書いてるんです。これだけはアユちゃんも知らない。小説があれば大丈夫なんです、わたしは」
先輩は小さくため息をついた。
「空がそれでいいなら、俺はこれ以上なにも言えないかな」
どこかがっかりしたような言い方。そうだよね、こんなうそつき、きっと嫌われた。
「でも」
先輩がわたしの目を見た。
「学年がちがっても、卒業しても、俺は空の友だちだから」
「え……」
「空が思ってる通り、学年がちがったら助けるのも限度があるし、先に卒業する無責任な立場だけど、クラス中から無視されたって空は独りじゃないよ」
先輩はまっすぐわたしを見て言ってくれた。
うれしい気持ちと、それでもゴーストライターでいるって決めてるうしろめたさと、知られてしまった恥ずかしさが心の中でまざってる。
「わたし、今日は待ち合わせがあるのでこれで。さようなら」
「空! お待たせ」
校門で待っていたわたしにアユちゃんが走りながら手をふる。
「空のあいさつ文、最高だった! 先生とか、知らない先輩にもほめられちゃった」
アユちゃんはうれしそうに笑う。
「あれ? 空、なんか目赤くない?」
「あ、えっと……目にゴミが入っちゃってこすったから」
「ふーん。そういえば、今日作文の宿題出たよね」
「うん、わかってる」
アユちゃんの目がキラキラとかがやく。
「ほんと、空だいすき〜! ずーっと親友でいてね」
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