第6話 わたしのともだち2

「昼間さあ、空に手ふったの気づかなかった?」

放課後の閲覧室で向かいあった先輩に聞かれる。

「気づきました……けど……」

「えーじゃあなんで返してくれなかった?」

先輩は不満そうに口をとがらせる。

「みんないて、先輩のこと見てて……ふしぎに思われる、から」

「ふしぎ? なんで?」

「だって、宙先輩とわたしなんかが知り合いなんて」

どう考えたって変。

「悲しいな〝知り合い〟なんて」

「え……」

「俺は空のこと友だちだって思ってるのに」

「え、でも学年がちがうし」

宙先輩みたいなひとと〝友だち〟なんて正直おそれおおい。

「学年がちがう友だちなんていっぱいいるけど」

「運動部っぽいゼロ距離感……」

思わずポロッとつぶやいたわたしに先輩が笑う。

「なにそれ。空って運動部に対する偏見が強いよな」

自分でもちょっと思ってた。

だって運動部のひとが友だちにいないし。

だから、最近考えてたことがある。

「……先輩、サッカー部のこと教えてくれませんか?」

「え?」

「ファンタジーじゃないお話、書いてみたくて。まだ何も決まってないんですけどいろいろ考えてみようって思って、運動部のこととかも知りたいんです」

自分のぜんぜん知らないことなら、ファンタジーみたいな気持ちで書けるかもしれない。

「いいよ」

「ありがとうございま——」

「ただし、友だちだって認めてくれるならね」

「そんなの、べつにわたしが認めることじゃなくて」

「じゃあ友だち。っていうか、俺は雨音先生のファンなんだけど」

そう言って、先輩が机の上で手を差しだしたからまた握手をする。


初めて……学年がちがって、運動部で、キラキラした男子の友だちができた。

なんだかすこしだけ、顔が熱い気がする。


***


六月に入るころには先輩はとっくにわたしの小説を全部読み終えていた。

今はわたしのおすすめの作品を読みながら、わたしの作品の2周目も読んでいるらしい。

「空ってこういうコンテストには出さないの?」

先輩が閲覧室のパソコン画面を見ながら言った。

わたしがいつも投稿している小説サイトのコンテストの作品募集のページだ。今募集してるのは中学生でも応募できる短編小説のコンテスト。賞をとれば小説家になれるかもしれない。

「応募してみたいなって思うけど、それ、ファンタジーのコンテストじゃないので」

先輩リクエストの新作はまだまだ考え中。

「そっか。空なら絶対入賞すると思うけどな」


もしも賞をとれても……アユちゃんがきっと許してくれない。


***


六月の一週目。

今日の六時間目はユウウツなイベント。全校集会での、部活の引退式。

うちの学校はエスカレーター式ってやつで、だいたいの生徒は附属高に進学するからあんまり受験でピリピリすることはないけど、それでも三年生は六月で部活を引退する。

引退式では三年生の文化部と運動部のそれぞれの代表の部長があいさつをして、二年生の次期部長から花束を渡される。そして、生徒会長がねぎらいの言葉を伝えるのが式の流れだ。

部活に入っていないわたしにはぜんぜん関係のないはずだったイベントなのに、今年は罪悪感と一緒に参加しなくちゃいけない。

モヤモヤしたまま体育館でイスに座ってうつむいていた。

「運動部長、サッカー部・青沢宙さん。お願いします」

司会の先生が口にした名前にパッと顔を上げる。

先輩って、運動部長だったんだ。サッカー部の部長だってことはこの前聞いたから知ってたけど、今日あいさつするなんて知らなかった。

ステージの上、演台のむこうに先輩がいる。

「二年前、春の陽射しがあたたかな四月——」

先輩のあいさつはとても聞きやすく、本をたくさん読んでいるだけあって語感がきれいな文章だった。手元の紙なんてぜんぜん見ないで前をまっすぐ見て話す。

「すごいね、青沢先輩。こういうのも得意なんだ」

まわりの女子がうわさしてる声が聞こえる。

「えー? こんなの誰か他の人が考えたんじゃないの?」

その言葉にドキッとする。

先輩は絶対に自分で考えたって抗議したいけど、わたしはそんなこと絶対に言えない。心臓がズキッと痛む。

「あ、次アユだ。」

花束の贈呈が終わって、こんどはアユちゃんが演台に立った。

先輩は演台のよこに置かれたイスに、花束をかかえて座っている。

アユちゃんは、演台でひと息ついてから話しはじめた。


「先輩方の背中は、わたしたちの憧れです——」


今回の原稿は、あいさつの定型じゃなくて気持ちをのべるところからはじまる。そうしたほうがリアルな手紙っぽくて感情をゆさぶるってなんとなくわかるから。

アユちゃんはわたしの考えた文章を暗記するだけじゃなく、声の強弱をつけてとてもドラマチックに読み上げてみせた。こういうところ、ひとの心をつかむのが上手くて……才能なんだと思う。

「はぁ……さっすがアユだねー」

「かわいくて生徒会長であんなに文才があるなんて」

「本当に自慢の友だちでしょ、空」

クラスメイトがわたしに笑いかける。

〝あんたとはぜんぜんちがうよね〟とでも言いたげに。


わたしは、こうやってみんなの心を手に入れていくアユちゃんが怖い。

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