第5話 わたしのともだち1

それから先輩は閲覧室で会うたびに、わたしの小説を読んだ感想を教えてくれたり、わたしのおすすめの小説を知りたがった。

「この作者さんだったら、わたしはこれが好きです。笑えるお話が多い人なんですけど、これはちょっと感動するところもあって」

机をはさんで向かいあった先輩に、小説を紹介する。

「へえ、おもしろそう」

興味深そうに聞いてくれるのがうれしい。先輩の人なつっこさにつられたのか、二週間くらいたった今はわたしも先輩には少しだけ人見知りせずに話せてる気がする。

「空に教えてもらった小説は今のところハズレなし」

先輩は超がつくくらい本を読むのが速い。一日一冊は読んでるんじゃないのかな。

「このペースだとすぐに紹介できるのがなくなっちゃいそうです」

わたしは少しだけ困ってまゆを八の字にした。

「そしたら空が書いてよ」

先輩がわたしを見た。

「新作って書かないの? 雨音先生の新作、たのしみにしてるんだけど」

「い、今は……考え中です……すみません」

先輩がジッと見るからはずかしい。ほんと、アユちゃんに負けないくらいきれい。

「なんで謝んの? 空のペースでゆっくり書いて」

わたしもつぎの小説、はやく書きたいって思ってるのに、めずらしく書きたいものが決まらない。

「……先輩の読みたいお話って、ありますか?」

わたしの質問に、先輩はしばらく「うーん」と考えた。

「この前も言ったけど、ファンタジーじゃないやつも読んでみたい」

言われた瞬間、アユちゃんの顔が浮かんで、少しユウウツになる。

「でもさ、空が書きたいものを書くのが一番だと思うよ」

「はい……」

たぶん先輩は、わたしの表情が暗くなったのに気づいたんだと思う。

ファンタジーじゃない、現実のお話……やっぱり無理だと思う。

「そういえば今日は雨だな」

思いつめたようにだまってしまったわたしに、先輩がこまったように軽くため息を交じらせて話題をかえた。

「前は部活があったから、読書は雨の日しかしなかったんだ」

「雨の日は部活がお休みだったんですか?」

運動部のことが全然わからないわたしの質問。

「いや部活はあるんだけど、外でやるときよりも早めに終わるから、急いで帰って本読んでた」

「先輩ってほんとに読書が好きなんですね」

きっと、そのころの分まで今読んでるんだ。

「だから俺は雨の日ってけっこう好き」

いつものキラキラした笑顔。

「……わたしのペンネーム」

「雨音?」

コクっとうなずく。

「わたしは部活に入ってないから一年中、いつでも読書ができるんですけど、雨の日に雨つぶが屋根に当たったりする音を聞きながらする読書が好きで、それでつけたんです……」

先輩が〝雨の日が好き〟って言ったから、なんとなく言いたくなった。

「だからわたしも……雨の日が好きです」

わたしの言葉に、先輩はうれしそうに笑ってくれた。


わたしのまわりでは雨はいつも嫌われものだったから、こんな風に似た気持ちのひとに出会えてうれしい。


このひとが読みたいっていってくれるもの、書きたいな。


***


校舎の3階にある教室でのわたしの席は窓側。

休み時間はアユちゃんがわたしの席にくるから、自然とほかの子たちも集まってくる。

正直、みんなの話はわたしにはあまりピンとこない。アイドルの話もコスメの話も、好きな子の話も、小説の参考になるってイミでは興味があるから聞いてるけど、ほんとは本が読みたい。みんなだって、わたしがひと言も話さなくても気にしない。

この日もそんな感じで、少しボーッとしながら窓から中庭をながめてた。

そしたら見たことがあるシルエット。

……宙先輩。

「あ、青沢先輩だ〜! 今日もかっこい〜!」

みんながザワザワする。

「この前の試合見た? 青沢先輩はゴール決めてたのに負けちゃったんだよね〜」

そうなんだ。『早めに引退になった』ってそういうことか。

わたし、サッカー部の宙先輩のことってぜんぜん知らない。だけど……

『だから俺は雨の日ってけっこう好き』

閲覧室の、読書家の先輩のことはわたしだけが知ってる。

少しだけ優越感にひたりながら先輩を目で追ってたら、先輩が急にこっちを見上げて目があった。

「え! 手ふってくれた〜!」

クラスメイトがまたざわつく。

「アユに振ったんじゃない?」

「えー? そんなことないよ〜」

アユちゃんはかわいいから、よく知らない先輩から手をふられたりする。

そうだよね、アユちゃんは先輩と同じくらいキラキラしてるもん。

だけど宙先輩は、多分……

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