第4話 せんぱいとわたし2
「おつかれ」
「……おつかれさまです」
宙先輩は、それから毎日のように閲覧室に来た。
この部屋に誰かがいることに最初はとまどったけど、先輩はいつもわたしから少しはなれた席でしずかに本を読んでいるから、だんだんそれが自然になって気にならなくなった。
「空っていつもここで何してんの?」
だけどときどきこうやって話しかけられる。そのたびに少しだけ緊張してしまう。
「えっと、宿題とか、小説とか、読書とか」
それにアユちゃんの作文とか。
「えらいな、宿題」
「家より集中できるので」
声が小さくて本当にかっこわるい。
「小説も家より集中できるからここで書くの?」
先輩の質問に、コクッとうなずく。
「パソコンもほとんど独占できるし、わからないことも、すぐに図書室とネットで調べられるので」
「ああ、だからか」
先輩は何かに納得したけど、わたしはよくわからずにキョトンとした。
「空の小説ってなんか細かいところがちゃんとしてて、説得力があっておもしろかったから」
そう言って先輩がわたしに微笑みかけた瞬間、心臓がトクンと音を立てた。アユちゃんにも負けないくらいきれいな笑顔。
「宙先輩は……」
「ん?」
「本が好きなんですか?」
思いきって質問してみた。
「うん。じゃなきゃこんなに毎日来ないでしょ」
また穏やかに笑う。
「でも、サッカー部ですよね」
「え、うん」
「運動部の人って、読書しないのかと思ってました」
本音をこぼしてしまった。そしたら先輩は「あはは」と笑った。
「すげー偏見」
「す、すみません……」
「いや、気持ちはわかる。まわりに読書してるヤツなんていないし。っていうか、みんな学校じゃ授業以外は部活か寝てるか友だちとしゃべってるか、って感じだもんな」
先輩の言葉にまたうなずく。そもそも図書室に来る人が全然いない。
「俺はサッカーと同じくらい読書が好き」
〝好き〟って言うまっすぐな感じがまた少し胸をざわつかせる。この人たしかにイケメンでモテそうで、小説のキャラクターづくりの参考になりそう、なんて思った。
「サッカー部は早めに引退になったから、これからは読書して過ごそうと思って」
「あ、引退式」
アユちゃんが言ってた引退式の話と、あいさつの原稿のことを思い出した。
「来月部活の引退式があるって、幼なじみが言ってました」
「幼なじみ?」
「えっと、生徒会長してるんです」
「ああ」
先輩はすぐにアユちゃんがわかった。やっぱり有名人なんだ。
「なんか会長選挙の演説がすごかったって、友だちが言ってたな。俺は試合で聞けなかったけど」
その〝演説〟も書いたのはわたし。
「ビジュアルだけだろうって思ってたら演説が感動的で、他に入れようと思ってたけど今の会長に入れたって」
これって〝ゴーストライターみょうりにつきる〟ってヤツなのでは。
「会長の子ってよく表彰もされてるよな。すごいな、幼なじみ二人して言葉の才能があるなんて」
先輩の言葉にバツの悪さを感じて「えへへ」ってごまかすみたいに笑った。
「空の小説、半分くらい読んだ」
先輩の言葉におどろく。だってわたしの小説って短めだけど三十作品くらいあるから。
「あれからまだ一週間くらいなのに」
「部活にむけてた集中力で読んでる」
パソコンかスマホかわからないけど、真剣に画面を見てる先輩を想像して笑ってしまう。
「あれがおもしろかったな、異世界転生した主人公が科学の知識で出世してく話」
「あの、あれはわたしもお気に入りです。あれを書いてたときは、理科の授業をすっごく真剣に聞いてました」
本当に読んでくれたんだ、ってうれしくなる。
「空ってファンタジーが好きなの?」
「読むのはなんでも好きだけど、書くってなると……現実のお話ってむずかしくて。自分みたいな主人公になっちゃいそうで」
現実のお話を書こうとすると、いつもアユちゃんとアユちゃんに書いてる作文のことがチラついてしまう。
「ふーん。でもいつか読んでみたいな、そういうのも」
また、先輩が笑顔を見せる。
宙先輩は、よく笑う、なんだかキラキラした人だなって思う。
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