011 side:Heracle

 少しでも知れると思っていた。けれど、現実は目の前でピシャリと線を引かれた。いや、あれは壁を作られたと言った方がいいのか。

 あの日以降、茶会が行われても婚約解消の話しか彼女はしなくなった。それ以外の言葉をかけても、彼女はチラリと俺を見るだけで、口を頑なに閉ざしていた。


「何がいけなかったと思う?」

何が・・というのは難しいな。多分、こうなったのはジラルディエール嬢の考えも関係してくるはずだ。ま、エルの質問もアレだったけど」

「話題にはなるだろ」

「なるにはなるだろうけどさ、以前から彼女、線を引いてただろ」


 線を引いていたということは関わられたくないということだろとイニャスは言う。まぁ、確かに考えればそうだが。ただ、彼女だって聞いて聞いてたじゃないか。


「多分、彼女はある程度予測はしていたのだと思うぞ。で、最終的な確認としてエルに聞いたって感じだな」


 それに公爵領に行った後から彼女を観察してたらしいイニャスは腕を組み何かを考えた様子だったが、仕方ないかといって口を開いた。


「ここ数回の茶会で出てくる菓子がお前の好きなものばかりだと思わなかったか」


 そう言われ、思い返してみる。そうしたら、確かに俺が気に入っている菓子が飽きないように順番で出ていたかのように思う。それがなんだと見れば、イニャスはジラルディエール嬢がそう手配していたと言う。驚きが全面に出てたんだろう、イニャスは笑いながら、教えてくれた


「『わたくし、アレが苦手ですの』、『今日はナニソレを食べたい気分ですの、わかっていただけます?』って料理長をわざわざお茶会の前に呼び出して、菓子メニューを変更させてたんだよ。まぁ、どこでその日の予定を知ってたのかは知らないが」


 おかげで料理長らには嫌われてるようだけどな、と。なんで、俺がそれを好きだと知ってるんだ。しかも、わざわざなんで変更する必要がーー。


「お前が目を輝かせてるのをみるのが好きなんだろ」

「……目なんて、輝かせてない」

「いやいや、結構輝いてるぞ。しかも、口元が緩んでる」


 ずっと観察してその結果としてそうしてるんだろうとイニャス。観察されてたことも気づいてなかったし、思えば俺は彼女を、彼女と目を合わせることが少なかったように思う。むしろ、茶会は基本無言であるし、ジラルディエール嬢よりも普段口にできない菓子を食べられるのに意識が向いてたのは否定できない。


「ちなみにデビュタントでは彼女をエスコートすんの?」

「婚約者だからな」

「別にしなくても瑕疵にはならないと思うぞ」


 そこは適当に訳を両家が作ってくれるだろうしと言うが、その通りだろう。デビュタントであるから婚約者よりも夜会に慣れている親や兄弟に頼むと言うのはありうる話だ。そういえば、彼女から一切それについて聞かれてないな。俺に嫌われてるからと言って、すでに親に頼んでるのか?


「口が尖ってるが、何考えてんだ?」

「いや、ちょっと」

「なんだかんだ、あれ以来、ジラルディエール嬢のこと気にしてるよな」

「そんなことはーー」

「あるって。じゃなきゃ、アレは選ばないだろ」

「……」


 イニャスの言葉に俺は目を逸らした。いや、わかってるんだ。普通に考えたらアレを薔薇をモチーフにしたカフスを選ぶわけはないと。

 デビュタントの服を仕立てる際に用意された複種類の小物。その中の一つがソレだった。あの時は不思議とそれを手にとっていた。カフスであれば、気づくものは気づく。彼女は気づくだろうかと気づかないだろうか。いや、彼女のことだ気づくに決まっていると決めつけて、どういう反応をするかまで考えていた。あえて見ぬふりをする可能性が高いなというところまで仕立て屋に声をかけられるまで思考が飛んでいた。頭を抱えたくなる痴態だな。


「向き合う時間はあると言ってやりたいけど、王妃殿下のことを考えるとデビュタントが機になる可能性も否定できないんだよな」


 確かにと頷く。母上は現状ジラルディエール嬢を好んでいない。まぁ、ここにくる彼女しか知らないのだから当然とも言える。以前の俺だったら、同じように思っていただろう。それにイニャスの懸念するデビュタントが機になるというのはデビュタントでもあの格好できたらと言うことだろうな。

 彼女は間違いなく、アレ来るはずだ。来ないはずがない。


「婚約解消を望む彼女がデビュタントに普通の令嬢として現れるはずがない」


 家族から了承をとっていると彼女はいつぞやか言っていた気がする。であるならば、家の恥となろうとも身を削るだろう。そんな気しかしない。


「デビュタントってこんな憂鬱になるものだったのか」

「多分、普通はそんなことないだろうな。お前の婚約者が特殊なせいだけで」


 まぁ、そうだろうな。部屋に俺の大きな溜息だけが響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る