012 side:Heracle

予想外すぎる。まさか、彼女がデビュタントに欠席だなんて誰も思わなかったんじゃないか? もう少し早めに公爵に連絡を取っていればと思うも、すでに遅い。


「いいと言えばいいんだが」

「体調不良と伺いましたが、事実、どうなんでしょうね」

「……嘘、ではないはずだ」


 彼女であるならば、出てきていたはずだ。けれど、来ないということは公爵が恥をかきたくないと娘を閉じ込めてきたか、あるいは本当に体調不良になったか。

 ……王都で流ている噂を聞いて怖気づいた、というのは恐らくない。むしろ、彼女ならえぇそうですが何かとばかりに堂々としているだろう。そんな気がする。

 そんな考察を繰り返すだけの日が続き、デビュタント当日。

 父上や母上には事前に連絡が入っていたようで母上はどこか晴れ晴れとした表情をしていた。

 そして、俺たち王族の前に次々と挨拶が来る。これ、必要? いや、王に顔を覚えてもらおうと言うのはわかる。わかるけど、一声一声かけてを何回繰り返せばいいんだ。デビュタントの挨拶が終われば、今度は一般貴族たちの挨拶。必要ないだろ。そう思ってると近づいてきたのは婚約者と同じ銀朱の髪を持った男性のその妻子。定例の挨拶だけをして、辞そうとする男性にいやいや待て待てと父上は声をかける。あれが、ジラルディエール嬢の父、ヴィルジール・ジラルディエール公爵か。その隣にいる黒髪の女性がその妻エグランティーヌ夫人か。となると一緒にきた男児は嫡男のグラシアンか次男のラウルになる。けれど、次男に限ってはジラルディエール嬢よりも年下であることから、今回の夜会には来ていないのだろう。そう考えると彼が公爵家の嫡男で跡取りとなるグラシアンとなる。銀朱の髪に紫の目と公爵に色も容姿もよく似ている。


「あのだな、ヴィルジール、ローズモンド嬢は」

「いろんな連中が様々なことを言ってくれているが、なに、ただの疲れからくる熱だ。どこかの誰かさんが茶会の頻度を上げ・・・・・・・・・・・・・・・・・てくれたおかげで休まる日がなかったのだろう」

「うぐ、それはだな、ヴィルジール」

「妻なんて心配で心配で早く帰りたいそうだ」

「あの子のことだから、仕事してそうで怖いのよ。あの子ってば絶対にやってるわよ」


 お母様との約束もあるからって絶対に無理してるわと言う公爵夫人に公爵はその可能性は大だなと深く深く頷く。父上は公爵の言葉の棘が刺さったのか公爵にあだのうだのと言っているが、公爵は聞いてくれている様子はない。ふと、公爵の横にいた紫の目とパチリと目が合うと、彼は笑みを浮かべ、会釈をしてきた。その笑みはどことなくジラルディエール嬢とよく似ていた。


「ヴィルジール」

「言っておくがうちはあの子の望みを叶えてやりたいと思っている。だから、悪いがお前が言いたいだろう説得の話は受けられん」

「だがな、いや、ここで話すことではないか。あとで、部屋を取ろう」

「人の話、聞いてないな」


 早く帰りたいと言っているのに部屋をとって話し合おうという父上。公爵に溜息を吐かれるのもわかる。


「父上、一応、主治医には適度に様子を見るように伝えてます。もし、ダメなら、毎日見に行ってくれとも。ですので、ひとまずは最悪の状態にはならないと思いますよ」

「……仕方ない。少しの間だぞ」

「あぁ、わかった」


 グラシアンの言葉に公爵は頷き、父上に釘を刺す。それには父上もホッとしたのかようやく公爵を解放した。

 その後も貴族の挨拶は続いた。疲れた俺は休憩ゾーンのソファに腰を下ろして一休みとばかりに目を閉じた。イニャスにも護衛にも声をかけたから、人を近づけることはないだろ。そうしてると、誰かが俺の隣に腰を下ろす。

 瞼を上げれば、銀朱。バッと飛び上がって見れば、それはジラルディエール令息ーーグラシアンだった。


「驚かせてしまい、申し訳ありません。殿下が起きるまで待たせてもらうつもりだったのですが」


 いや、絶対に嘘だろ。静かに腰を下ろしたなんて感じじゃなかった。ちらりとなんで通したとイニャスを見たが、顎でグラシアンを示しただけで口を開かない。俺に確認しろってことか。


「で、用は」

「いえ、ただ、尋ねてみたかっただけです」

「何を」

「殿下は噂を信じる人ですか? 信じない人ですか? 今、この会場だけでも様々な噂が飛び交ってます」


 これは暗にジラルディエール嬢のことを言っているのか。いや、そうだとしても二択しか与えないのには意味があるのか。慎重に答えるべきか。


「……疑わしいものは調べる。火のない所に煙は立たぬというだろう」

「なるほど、では、殿下はローズの素を知ってるということですな」


 ふぐっと息が詰まった。それにグラシアンはクツクツ笑う。


「なるほどなるほど、ローズがいくら頑張っても解消に動いていただけないわけだ。それに殿下はアレがいつもの格好でくると思っていましたな」


 でなければ、薔薇のカフスなどしないでしょうと誰も気づかなかったカフスを指摘する。


互いに・・・モチーフをつけるなど、想い合っていると見せるつけるには非常に有効ですからな」


 互いにという言葉にグラシアンを見ると、にんまりと笑っただけで何も言わない。


「これは独り言ではありますが、父公爵に僕は嘘をつきました。現在、高熱に魘されるそうです」


 バッと立ち上がった俺をグラシアンは笑みを浮かべたまま見ている。


「まぁ、父にはこの後すぐにでもこの報は伝わるでしょうな」


 今行けば、公爵は父上に捕まっている。どれだけ急いでも公爵領に帰るには時間がかかるだろう。遠回しに行けとグラシアンは言っている。だが、それになんの意味があるというのか。


「僕はこう見えて、妹の幸せを考えてるんです」


 妹の素の声を聞いてください、と言う。確かにそれは聞きたいと思っていたが、行ったところで通してはもらえないはずだ。


「僕の許可を出します。これを持っていってください」


 そう言って渡されたのは家紋の入ったカフス。

 これを渡されたのなら、動かないわけにはいかないか。


「イニャス、行くぞ」

「え、どこに、いや、今から?」

「公爵領に」

「公爵いるでしょう。なんで」

「いいから」

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