010

 祝デビュタント。残念ながら、私は着飾ることなく、ベッドの住人になってるけど。折角、殿下のモチーフである銀の蜜蜂をあしらったものを見つけてたのに。気づかれないようにこっそりつけていく予定だったのに残念だわ。

 ほんと、しくったわ。おかげで、王都に行く前に熱を出して倒れてしまったわけで。


「疲れからくるものですな。ゆっくりお休みください」


 主治医にそう言われ、はじめは素直に寝ていた。けれど、倒れた後は頭もスッキリしているし、体にも不調があるように感じなかった。これが若さなのかなと思いつつ、部屋で仕事をしていた。ついでにゲームの設定なども見直していたのだけどーー。


「私はお嬢様にゆっくりお休みくださいと言ったはずですが」

「……熱があるくらいだし」

「現状を甘くみておりますと痛い目にあいますぞ」


 ほらほら、仕事は方してベッドにお入りくだされと仕事は机の隅に、設定などは乱雑に引き出しにしまい込み、私は主治医の言うとおりにベッドに追いやられた。


「全く、人が見てないからと言って、まさか仕事をされてるとは」


 これは毎日様子を見に来る必要がありますなと言いながら、彼は出ていった。それから、宣言通り、主治医は毎日来た。

 軽かった症状は重くなり、それ見たことかと主治医は鼻で笑われた。そして、診断した彼は暫くは高熱が続くでしょうと私に告げ、部屋を後にした。お父様やお兄様は既に王都に向かい、夜会に参加してるだろう。本来、デビュタントである私もいるべき所だけど、正直ホッとしてるところもある。家に、彼に恥をかかせずに済んだと。ただ、正装姿の殿下は見てみたかったな。あわよくば、一度だけでもいい、踊ってみたかった。

 その後、主治医の言葉の通り、熱が続き、次第に意識が朦朧としてくる。そして、頭の中を巡るは悪役令嬢の死の瞬間ばかり。あまり印象に残っていなかったはずなのに、映像は未来を暗示するかのようにお前の未来は、役割はこうだとばかりにはっきりしていた。


「……わたくしが、死ななくとも、成立するのに……なぜ、なぜ、わたくしが、死なねば、ならないの」


 布団を握り、映像を見たくないと首を振り、死にたくないと口から言葉が出る。

 ふ、と手が暖かなものに包まれる。


「ジラルディエール嬢」


 耳朶を揺らす声に目を開ければ、殿下がいた。あー、幻が見えるわ。都合が良すぎるでしょ。でも、まぁ、夢ならば、夢ならばいいわよね。慌ててやってきたかのような少し乱れた正装。それでもーー。


「ほんと、美しい人」


 微かな声を出せば、大きく目を見開く。


「ふふ、そんなに大きく目を、見開いては、美しいルビーが、零れ落ちますわ。貴方は、王太子として、凛と真っ直ぐ、前を見つめていて、ほしいの」


 途切れ途切れになりつつ、言葉を振り絞る。そんな言葉に苦しげに顔を顰める殿下。そういう顔をさせたかったわけじゃないのだけどと、握られていない手を持ち上げて、表情筋を緩めるように殿下の顔に触れる。普段やれば、殿下の顔に許可なく触れるなんて一発不敬でしょうね。でも、これは私の、私にとって都合のいい夢なのだからいいでしょう。

 そう、夢。夢なのだから、許される。


「貴方と、出会う前から、お慕い、してます、エルキュール様。いつか、貴方が、ヒロインの手を取ろうとも、わたくしはーー」


 ぽすりと布団に何かが落ちる音を片隅に聞いて、私の意識はそこで途切れた。

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