009

 あの日からお茶会の回数は減った。これは決して私の態度が悪かったからではなく、デビュタントの準備や教育が本格的に始まったため。元々、貴族の子供たちは幼い頃から家庭教師をつけて、勉強をしている。そして、十二歳頃、デビュタントが近くなるとさらに一歩踏み込んだ教育が始まる。子息子女の親からすれば、このデビュタントは自身の教育を披露する場にもなる。だからこそ、この時期になると付け焼け刃と呼ばれようとも追い込みをかけるらしい。

 ちなみに当家はノー問題。幼い頃から教育は施されているし、前世の記憶のある私は追い込みをかけるほどのものでもない。まぁ、一度教えてもらえると大体理解できてるからそれもあって必要ないとされているのだけど。


「では、本日はここまでといたしましょう」

「はい、先生、ありがとうございました」


 ノルマである勉強が終われば、自由時間。孤児院に行くも良し、仕事をするのでも良しとお茶会があった時の激務は今はない。平和だわ。


「ローズ、孤児院に行くか?」

「あら、お兄様も行かれるので?」

「あぁ、負けっぱなしは嫌だからな」


 どうやら、グラシアンお兄様のツァッカーチームは負けっぱなしのようね。身体強化が使えたら、勝てるのにと私をジト目で見られても困るわ。


「使えたら、彼らが楽しめないでしょう? それに身体強化にばかり頼ってしまうから体が鈍ってしまうのですわ」

「騎士たちだって、身体強化を使ってるじゃないか」

「騎士たちは身体強化も使用いたしますが、体も鍛えてらっしゃるわ。一度、腹筋など見せてもらってはいかが?」


 お兄様のぷにぷにのお腹とは違いますわよと言えば、今度はムスッと拗ねてしまわれた。全く、難しい年頃なのね。いや、二歳ほどしか年は変わらないのだけど。

 馬車に乗り込み、孤児院に向かう中、ふと思い出した。


「そういえば、来年にはお兄様学園に入学ですわね」

「あぁ、正直必要あるのかとすら思ってる」

「必要は必要でしょう。あの学園は一種の社会に出る前の予行練習の場なのでしょうから」


 そして、子供達の教育の擦り合わせの場とも言える。また変に偏った思考を植え付けられていても矯正するためでもあるわね。それから、少しでも貴族の動向を見るためというのもあるでしょうね。


「それなら、平民はいらないんじゃないか?」

「あら、お兄様というあろう方がそんなこといいますの?」

「いや、冗談だ。優秀なものを発掘するには必要だ」

「えぇ、そうですわね。それに入学される方の多くは商人です。わたくしたちが集められない細やかな情報を持ってる可能性もあります」


 とはいえ、優秀なものの発掘は学園だけでは足りない。だからこそ、私は孤児院で教育を進めるのよね。それから、自分で裏取れるように商会を作った。貴族に飼われてあえて嘘を流す商人もいるらしいし。少しでも、情報を精査できる状態を作っておかなければ、酷い場合は食い物にされてしまうもの。


「あとは市井を知る機会を与えられているとも言えるでしょうね」

「……僕は十分知ってると思うけど?」

「ですから、お兄様の場合は擦り合わせと社交の場ですわね」


 普通の貴族は私達のように孤児院に頻繁に行くことはないでしょうし、基本は屋敷に籠って生活しているようですし、知る機会はないでしょうね。


「ローズは今年がデビュタントだったか」

「えぇ、そうですわ」


 孤児院に到着するとお兄様がエスコートして下ろしてくれる。ちょっとした予行練習だわ。


「殿下がエスコートしてくれるのか?」

「どうでしょう? 私はなくても良いのですけど」

「それはないだろうな。まぁ、なかったらなかったで僕か父上がエスコートするだろ」

「えぇ、その時はよろしくお願いしますわ」

「できれば、あの格好はやめてほしいんだが」

「無理ですわ」

「だよなぁ」


 わかってて聞いてくるのは遠慮してほしいわ。まぁ、尋ねたくもなるわね。だってデビュタントだもの。小さなお茶会に行くわけではなく、陛下の御前まで行って挨拶をするという一大行事。そこででもあの派手衣装で行かれると恥でしかないわね。でも、そこまで徹底しておかないと解消してもらえないかもしれないもの。だから、お父様は何も言ってこない。お母様は嘆いてしまっていたけど、諦めた様子だった。


「早く解消されるといいな」

「ほんと、そうですわね」


 そこで私達の会話は終わり、孤児院の皆に囲まれる。お兄様はツァッカーに私は読書会に連行された。

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