008

「うちで働かないかって聞けばよかったわ」


 私の孤児院で出会った殿下にそっくりなあの男の子。殿下の傍にいられないのならその子を侍らせることぐらい許されてもいいじゃない。でも、ダムの決壊警報があったからそれどころじゃなかった。まぁ、後々シスターに確認してみれば、懇意にしてくださっている商家の親族だったので尋ねることをやめたのだけど。でも、商家だったら箔がつくのじゃないかしらと思ったのも嘘じゃない。ただ、あれ以降彼には会えてないのであれなんだけど。

 そして、私がそんなことを呟いてしまう理由はここ最近の殿下の様子がおかしいから。何かがおかしいのよ。いつも口を開けては閉じ開けては閉じと何かを言いたげ。でも、最後までそこから言葉は出ることはなく、結局はいつもの無言のお茶会で終わる。

 正直、殿下が変わろうとしているのを止める権利はない。権利はないからこそ、婚約の解消を急ぎたい。けれど、そちらも進展なし。父曰くではあるが、陛下は瑕疵がないから難色を示しているらしい。王妃は解消をなんて言ってるみたいだけど。そりゃそうよね、私のような格好をしたものが義娘になるなんて嫌でしょうし。


「ただ、厄介なのは陛下が影を使ってわたくしの素行を調査しているであろう点ね」


 今、社交界では孤児院を実験施設にしている悪女となっている。ケバい化粧もしてるし、淑女としてははしたない格好もしてるから、孤児院の子供達を集めて遊んでいるともされているわけだけど。まぁ、実験施設なのは間違ってないのよね。教育や環境、娯楽に関しての試しをやってるんだもの。集めるに関しても保育園や幼稚園みたいな子供を預けられる施設にもしてるし。それで少しでも母親の負担が減らせるのならいいでしょ。ゆくゆくはね、経営ができる状態まで持っていきたいものなのだけどね。

 それにこうやって孤児院の経営に携わることになって内と外がうまく混ざり合うようになった。まぁ、好みというのは思いっきり前世に引っ張られているけれど、それ以外は順応できてるのではないかしら。


「前世に引っ張られている好みはどうにかしたいものだけど」


 最近の悩みはそれ。だって、私の好みの凝縮とも言えるのが殿下なのだもの。あの美しい白銀の髪にルビーのような紅い目。今はまだ十二歳ということもあって幼さが際立つけれど成長すれば美丈夫になる殿下。ゲームをやっていた頃はいかにヤンデレ化させずにハッピーエンドにもっていけるかに躍起になっていた。でも、どうしてもヤンデレに片足を突っ込むのよね。彼の環境を考えればそうなるのもまあ仕方ないのかもしれないけれど。ちなみにヤンデレが溢れ出るのはメリーメリーバッドエンドだ。人当たりのいい王子様から溢れ出る独占欲に執着には周りも引き攣った顔をしていたらしい。確かそんな文章があったわ。まぁ、今の私はヒロインではなく悪役令嬢ですし、そんなことにはならないでしょうけれども、殺されるのは真っ平ごめんよ。





 定例のお茶会。流石の私も黙っていることはできなくなった。


「殿下、言いたいことがあるのでしたら、さっさと仰っていただけます?」

「……ぁ、その、好きなものはなんだ?」


 お見合いか!? いえ、この交流会はお見合いの延長線ではあるけれども。言いあぐねてた結果がそれ? 会場の端で一人プルプルしてる人がいるのだけど、もしかして笑いをこらえてるのかしら、あれは。確か、あの色合い的に殿下の侍従だったわよね。ゲームでは容姿が少し影で出てくるだけだったけれど。だけど、少し頭に引っかかるものがある。ゲーム以外にどこかで見たことがある気がするのよね。


「おい、聞いてるのか!?」

「えぇ、聞こえておりますとも。好きものでしょう? なぜ、わたくしがお答えしなければならないのでしょう?」

「お前だって聞いてきたじゃないか」

「あれは殿下の好みの人間を見つけるための情報収集です。けれど、殿下の仰る好きなものとはなんのためですの? わたくしを知るためだなんておっしゃらないでくださいまし」


 拒絶するように強い言葉で言えば、うぐっと黙り込んでしまう殿下。図星だったの? 嘘でしょう。


「……わたくしは殿下に好かれたいとは思っておりませんの。心が離れてしまうことを知っているのに好かれたところで虚しいだけですもの」


 私はそれだけ言って、いつもの時間よりも早く退席をした。

 そう、情を抱いても抱かれてもヒロインに出会ってしまえば、意味もなさないでしょう。ならば、最初からそうであればいい。私の心がどれほど締め付けられてもそのほうがいいの。

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