007 side:Heracle

「あら、貴方、殿下みたいね」


 硬直する俺たちに構わず、男の子と会話をするジラルディエール嬢。殿下というのは王子様のことでという説明から入り、どういうところが似ているのかと事細かく説明している。その頬がほんのり赤く染まっているのは気のせいだろうか。いや、そもそも彼女は俺に興味すらなかったはずだぞ。


「随分とよく見てられるのですね」


 いち早く復活した影がそんなことを尋ねる。それにジラルディエール嬢はあー、それはそのと頬を赤らめたまま目を彷徨わせる。


「あの美しい造形を眺めない人などいませんわ」

「ジラルディエール嬢は婚約者ではございませんでしたか?」

「ふふ、えぇ、そうね。今はまだ婚約者ですわね」


 俺の婚約者であろうからいつでも見られるだろうという影の言葉にジラルディエール嬢の表情に影ができる。けれど、すぐにそれを感じさせぬように笑みを作ると、あまりそういうのには突っ込まないほうがいいわよとも忠告をした。


「そもそも、わたくしは殿下を遠くからでも眺めれるだけで十分なの。 愛するつもりもないし、愛されるつもりもないのだから」


 小さく本当に小さく呟かれた言葉に疑問を抱く。けれど、そんな疑問を口にするよりも先に幼い声が場を制した。


「ねーたま、おちっこ」

「まぁ!? おしっこなの!? あぁ、でもちゃんと言えて偉いわ。ただ、ちょっとだけ我慢して頂戴」

「うん」


 驚いた声を上げたと思うとすぐに偉いと男の子を褒め、彼をよいしょといって抱き上げると俺たちの方へと向き直り、失礼するわねと小走りにかけていった。


「お兄様、おしっこですって」

「僕に行けってか」

「あら、わたくしが行ってもよろしいのなら行きますけど?」

「いや、頼む。やめてくれ。僕がおしっこに連れて行こう」

「あーにゃ、ぼくもおちっこ」

「あーあーあー、もうわかった。わかったから、他にもおしっこのやつはいないか。いないな、よし行くぞ」

「あ、おしっこをした後はちゃんと手を洗ってやってくださいませ」


 そんな兄弟たちのやりとりが微かに聞こえてきた。それから、俺とイニャスは沈黙し、影だけがシスターとやりとりを行った。怪しまれぬように寄付も当然する。まぁ、そもそも寄付をするという話で伺っているのだから、当たり前のことなんだが。


「公爵令嬢がおしっこって」

「おい、言うな」

「いや、だってそうだろ。耳にするなんてありえない言葉だぞ。それに彼女の兄君だって同じように」

「わかってるから言うな」

「あー、ごめん、お前も俺と同じ気持ちだったのな」


 馬車に戻るとだはっと笑いを噴き出すイニャス。俺の口元にも笑みが浮かんでいることに気づき、イニャスは悪かったと軽く謝る。正直、彼女と別れてから彼女の口から到底出るとは思わなかったその言葉に俺は言葉を発することができなくなっていた。一度口を開いて仕舞えば、笑ってしまう気がしたからだ。まぁ、その判断は間違ってなかったというわけで。


「にしても、互いに興味ないと思ってるのはいかがなものなの? むしろ、ジラルディエール嬢に関してはかなりお前に興味あるって感じだったけど」

「容姿にだけだろ」

「え、何、お前拗ねてんの? 彼女に興味なかったんだろ?」


 だったら、お前が拗ねることはないだろとそんなこと分かってる。わかってるが気に食わないんだ。容姿だけしか見られてない気がして。それともなんだ、俺は彼女に俺自身を中身を見て欲しいということなのか。


「まぁ、ひとまず目標は達成ということで」

「そうだな」

「これからはちょっとは会話をしてみたらいいんじゃないか。人を知るには会話からというしな」

「あぁ、そうする」


 あの場はああ言ったものの彼女の新たな一面を知った後も俺たちのお茶会は無言か婚約破棄の話題のみで会話が発展することはなかった。


「どうすればいいと思う?」

「まずは話題を振るところからだと思うぞ。そして、会話を続けることだろう」

「それができていたら苦労はしてない!!」

「あっはっは、そりゃそうだ」

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