006 side:Heracle

 週一の交流会ってキツくないか。互いに好いてないのに二人きりにされるとか地獄じゃないか。

 案の定、ジラルディエール嬢からは婚約解消の話しか出てこない。全くこっちだって早く解消したいさ。

 それ以外は互いに無言。終了を告げる使用人が近づいてくれば、彼女はすっと立ち上がって去っていく。


「殿下、影から報告があり、帰路に着いたと」

「……早すぎないか」

「まるで王都に居たくないとばかりの爆速ですね」


 俺の感想に従者モードのイニャスはクスリと笑みを零す。あれが帰ったのはついさっきだったろ。それが、もうすでに領地への帰路に着いたという。もはや、王都の屋敷は素通りか。そのぐらいの速度だ。いや、もしかしたら、それが事実かもしれないな。恐らくだがすでに帰る準備を終えた上で交流会に来てたとしたらその爆速にも頷ける。


「明日一で出発するぞ」

「かしこまりました」





 翌朝、公爵領へと出発した。途中、公爵領で潜んでいる影が合流し、打ち合わせを行う。


「それでは殿下とギルメット様は私の元に修行に来た見習いということでよろしくお願いいたします」

「あぁ」

「わかりました」


 なぜか追加で影の上の商人から預かった子供でもあるとされた。何か悪かったのか?

 それから公爵領の近くまで来ると馬車を商人たちの利用する幌馬車に変え、俺たちの服装もそれなりのものへと着替える。


「今日はおそらく孤児院の日でしょうから、そちらへと向かいましょう」


 到着すると日にちを確認し、影はそう言う。孤児院の日ってなんだ。いや、影が把握しているようにそういう日々の繰り返しになっているのか。

 教会に隣接されている孤児院はこじんまりとしているが綺麗に掃除と整頓がされていた。


「全部、公爵令嬢様が指示出しをなされております」


 こそりと影からそう告げられる。孤児院を綺麗にしたところで孤児が減るわけでもないだろうに。


「あなた様でしたら綺麗な孤児院と小汚い孤児院であればどちらに寄付をなさいますか?」


 小声で話していたにも関わらず、そんな雰囲気を出してしまっていたのか、俺に対して案内役のシスターがそう告げる。


「当然、綺麗な孤児院の方に寄付なさるのでは?」


 むしろ、小汚いところであれば嫌煙して避けるでしょう。動物でも嫌なところは避けるものです、当然の行為でしょうとシスターは言葉を続ける。そんなことはないと反論したくてもできなかった。彼女の言う通りだったからだ。


「偉そうなことを申しましたけど、これはローズモンド様の受け売りなのです。寄付に来られた際にそうおっしゃられたのです」


 今では様々な商会からも寄付を得られているという。


「ちなみにそのお嬢様は本日は」

「いらっしゃいますよ。決して、不愉快な思いをさせないでくださいね」


 シスターの案内で進んでいると遠くから楽しそうな歌が聞こえてきた。


「今日は歌を歌っていらっしゃるようですわ」


 覗かせて欲しいと言えば、シスターは頷き彼女たちが歌っているだろう部屋へと案内してくれた。そこにいたのは古いオルガンを弾く銀朱の髪を一つに結えた少女。そして、彼女の周りで楽しそうに歌う子供達だった。


「あちらのオルガンを弾かれているのがローズモンド様です」

「ちなみにあちらのオルガンは寄付で購入なされたので?」 

「いいえ、オルガンなどの楽器から絵本などもローズモンド様のご実家公爵家からの寄付です」


 新しいものに買い替えるから、もう使わないからと寄付されたという。普通、そんなことはしない。やったところで孤児たちには宝の持ち腐れになるとされているからだ。教育熱心なシスターや神父がいれば、話は違うだろうがそう言う人間はほぼいない。


「ねーたま、ぼくもひきたい」

「ねーさまねーさま、ぼくもぼくも」

「あたちも」

「あらあら、いいわよ。それじゃあ、一人ずつ交代しながら弾いてみましょうか」


 歌が終われば、小さい子たちが弾きたい弾きたいと騒ぐ。けれど、ジラルディエール嬢らしき人物はそれを煩わしいと思わないのか、笑顔で頷くと一番初めに声をかけた子を自分の隣に座らせると鍵盤を触らせる。一音を弾かせて、隣で彼女がそれに合わせて旋律を奏でる。

 とてもじゃないが俺の前に現れる彼女と同じ人間に見えなかった。だって、彼女はいつも穏やかに笑うことはなく、沈黙していたのだから。小さな子たちが羨ましいとすら思ってしまった。


「……管理などはどうしてるん、ですか」

「公爵家がしております」


 気になったことを尋ねれば、シスターは苦笑いを零しながら答える。元々、寄付の話が出た時にオルガンなどは管理ができないと寄付は断ったらしい。けれど、彼らの将来の道を広げるためにとジラルディエール嬢は引かなかったという。調律師の派遣なども将来の道を広げる一つであるとも。


「貴族は様々なものに触れることができます。ですが、あの子たちのような孤児はそんな機会など一生あるかないかというところ。少しでもそういう機会を与えたいのだと」


 現に一年前に調律師の弟子として一人旅立ちましたとシスターは眩しいものを見たかのように目を細めた。

 それから、貴賓室までの道すがらシスターには他にはどんなものが寄付されたのか尋ねれば、それは資金だけでなく、食料や日用品、娯楽の品まで多岐にわたっていた。そのおかげかこの孤児院は他の孤児院に比べるとかなり質がいいことが分かる。通り過ぎる同年代と思われる子達は客人となる俺たちを通り過ぎる際に必ず会釈をしているし、その歩き方も貴族の子息子女のようだった。これは教育も施されていると言っていいのだろう。


「教育も公爵家からで?」

「はい、そうです。商人になるにしろ、使用人になるにしろ、なんにせよ貴族と関わることが出てくるだろうから学んでおいて損はないと」


 確かに商人や使用人であれば、貴族と関わることが出てくるだろう。いざ、そうなってから学んでも遅くはないが子供の頃から学んでいるのとではやはり違うだろう。しかも、そう言う考えが俺と同じ少女から出ているとは思いにくい。


「そんなことまで考えておられるとは公爵様は凄いですね」

「あぁ、違いますよ。これを発案したのは全てローズモンド様です」


 影の言葉にシスターは普通そう考えますよねと言いつつ、否定してジラルディエール嬢がと言う。それには驚きと同時にムカついた。そう思ったのは俺自身が負けず嫌いであると言うのがあるだろう。


「にーたま、ツァッカーちてるかな」

「してるかもしれないわね。見に行ってみましょうか」

「うん」


 そんな会話が聞こえてきて、目を向ければ、ジラルディエール嬢がまだ幼い子と手を繋いでこちらへと向かってくる姿だった。ふと、彼女と目が合う。目が合った瞬間彼女は目を大きく見開いた。そして、手を頬に当てながら零した言葉に俺たちは固まることになった。


「あら、貴方、殿下みたいね」

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