005 side:Heracle
「……
そう言って去っていったローズモンド・ジラルディエール公爵令嬢。交流会が終わった後もその時の姿は頭に残っている。
少しの風が吹いただけでかき消されそうな雰囲気をあの時彼女は纏っていたように思う。
「イニャスから見てどう思う」
「ジラルディエール嬢のこと?」
「それ以外に何がある」
いずれは執務室になるだろうと与えられた個室。そこで俺は生まれた時からの付き合いであるイニャス・ギルメットに声をかける。俺と違い、キラキラと光に反射する金髪に海のような青い目。絵本に描かれる王子のようなイニャス。こうして二人っきりの時は従者としてではなく、親しい友人のように、兄弟のようにしてもらっている。そんなイニャスは俺の言葉にうーんと首を傾げる。
「今の段階ではなんとも。婚約解消を願ってるのは事実だろうけど、その裏に何を考えてるのかはわからないな」
その言葉に確かになと俺も頷く。父上から影を借りて、調べてもらったが彼女が何を考えて婚約解消を持ち出したのかはわかっていない。ただ、今は精力的に領地で活動をしているらしい。まぁ、そのせいで彼女に苦言を呈されたわけだが。
「一体、彼女は何を目指してるんだ」
「孤児を教育とか変わってるよな。それに商売にも手を出してるみたいだ。しかもそれは成功してると」
影からの報告書をイニャスと読む。読めば読むほど、彼女の目的が不明になる。頭を悩ませ、天を仰ぐ。
領地に限らず広げて行くのであれば、王子妃になった方が大々的にこういうのはできるだろう。けれど、彼女はそれを望まなかった。むしろ、さっさと解消してくれとばかりだ。
思えば、初めて彼女にそれを言われた時、俺は喜んで父上に言いに行った。
「婚約解消をする、白紙にするということはどういうことかお前はわかっておるのか?」
俺は父上に彼女に言われたようなことを伝えた。しかし、父上は大きな溜息を吐き、首を振った。
「一度解消、白紙化すれば、再び結ぶことはできないのだぞ」
「それがなんだというのですか。父上も彼女の姿をご存知でしょう。もし、彼女を王子妃にすれば他国への醜聞となりましょう」
それにこちらにもあちらに益がないのであれば、問題ないでしょうというけれど父上は考えを変えてくれることはなかった。
そればかりか交流会の頻度を上げられた。その結果、彼女に苦言を呈されるわ、悩まされることになっている。
「……エル、これ」
「なんだ?」
イニャスは気になった一文があったらしく俺にその部分を指し示す。座り直し、その一文を読む。
「は?」
そういう反応になるよなとイニャス。いや、そりゃそうだろう。
『ジラルディエール公爵令嬢は将来美人になるでしょう』
そう書かれた一文は報告者の欲望なんじゃないかと思ったが、続く文を読んでも一切厚い化粧のことは書かれていない。むしろ、王子妃に相応しいと容姿や行動を褒めるものばかりだ。
「意味がわからない」
「んー、もしかして、エルに嫌われるために厚化粧としてるとか?」
それこそ意味がわからない。わけがわからなくなって頭を掻く。そして、思った。
「ジラルディエール公爵の領地は近かったよな」
「馬車で二、三日だったはず」
「すでに帰ったはずがだからーー」
早く帰りたいとばかりの彼女がのんびりと帰るとは思いづらい。けれど、すぐに次の交流会が来るから領地でのんびりやるということはないだろう。こちらに拠点を移してくれていたら、その面倒もないだろうに。
「次の交流会が終わったら、俺たちも公爵領へ行くぞ」
「素を見るって?」
「あぁ、向こうはこっちに興味ないだろうから気取られることはないだろ」
「わかった。それじゃあ、ひとまず変装道具とか用意しておく」
「頼んだ」
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