001

 ここは乙女ゲームの世界だ!!

 そう気づいたときには遅かった。


「結婚相手ぐらい好きに選ばせてくれたらいいのに」


 そうボヤくのはエルキュール・ヴェルディエ。この国の第王子。そして、乙女ゲームにおいての攻略対象者。ガゼボに射し込む光で輝く白銀の髪は風に揺られ、悩ましげに伏せられた睫毛の下にはルビーのように輝く紅い瞳。まだ幼いながらも整った造形に一枚の絵画を見ているよう。

 斯くいう私はローズモンド・ジラルディエール。彼の婚約者であり、ヒロインの敵役。ようは前世で話題の悪役令嬢というものだ。苛烈さを物語るかのような銀朱の髪に釣り上がったエメラルドのような強い緑の瞳。しかも、縦ロールのドリル髪ときたものだ。同じ年頃の女の子たちには怖いと言われるほど。つまり、悪役令嬢にうってつけの容姿なのだ。

 そして、気づいてほしい。婚約者。そう、すでに私と彼は婚約してしまっているのだ。これは私が強引にやったわけでもなく、王家の方から強引にやったものでもない。ただただ、年頃の家格の見合う令嬢が私ぐらいだったためだ。私が嫌だと言えば、なされなかっただろう婚約。だけど、その頃はまだ乙女ゲームの記憶や前の世界の記憶が思い出されてない頃で父に言われるとおりに頷く人形でしかなかった。いや、むしろ、自我が生まれ始めた頃に尋ねられたところで、イエスの答えしか持たないだろう。そして、婚約してしまったからには私からは特別な理由なくして解消することができない。ただし、エルキュール殿下が否と言えばできるはず。彼は私の記憶が正しければこの婚約に不服なのだから。いや、見ればわかるか。


「殿下」

「……なに?」


 見よ、この間。安易に話しかけてくんじゃねぇよ感が半端ないよ。嫌われてます感が凄い。むしろ、だからこそ、いける!


「婚約解消をお願いします」

「は?」

「この婚約自体、白紙に戻しましょう。殿下が否と言えば、陛下たちも考えてくださるでしょう」


 なぜ、キョトンとされるのか。意味がわからないけれど、ここは畳み掛けるしかない。


「流石にわたくしは打診を受けてしまった以上、解消をお願いできません。しかし、殿下からならば、通すことができるのではないでしょうか」


 むしろ、通してくれとばかりに思うのだけれど。だってその方がどちらも幸せになれると思うの。


「見た目通りの馬鹿か、お前。この婚約は家と家の契約だ」

「えぇ、知っておりますとも。けれど、正直この契約はどちらにとっても旨味はありません。殿下に想い人がいるのでしたら、公爵家が全推しで旨味を作ることをサポートさせていただきます!」


 不愉快そうに眉を顰めた殿下に私はえぇえぇと鷹揚に頷き、言葉を繋げる。

 実は思い出してから、父には直談判した。家格が合うからとはいえ、婚約者を早々に決めるべきではないと。だって、もし、私よりも優秀な令嬢がいた場合、すぐに婚約破棄ができるわけでない。手続きを重ねて重ねてやらねばならない。そう思うのならばお前が優秀な令嬢になれるように頑張ればいいと父には言われたけれど、そうじゃないのよ。いくら私が頑張ったところで殿下の好みから外れていれば意味がない。記憶が戻る前にも数回殿下に会っていたけれど、対応は今の通りだった。つまり、そういうことだ。まぁ、がっつりメイクだから、それが忌避されてるのかもしれないけど。殿下の好みはかわいい系だもの。化粧を落として素顔になったところで好みからは外れている。


わたくしは殿下の好みではありませんでしょ? でしたらば、もう喜んで身を引かせていただきますわ」


 私の言葉に驚いたのか目を大きく見開く殿下。あらあら、そんなに見開くとルビーが零れ落ちてしまうわ。


「……お前は」

「あ、ちなみにわたくしの方はお気になさらず。跡継ぎには兄もいますし、弟もいるので、わたくし一人に傷がついたところでどうってことはございませんわ」


 円満解消であれば、家に傷もつかないし。まぁ、それ以前に貴族の生活は豊かでいいのだけど、つまらない。だから、ゆくゆくは世界を旅したいと思っているのよね。その考えは父や兄弟にも伝えてるし、世界を回るために語学の勉強や慣習なんかの勉強も進めている。ぶっちゃけた話このまま婚約関係を続けたら、私の破滅しかない。折角魔法のある世界に生まれたのだし、バッドエンドを回避できるのならば回避したいもの。

 うんうんと一人で納得しているといつもお茶会の終了を告げる人が近づいてきた。言質を取っておきたかったけど、しょうがないわね。今度、改めて返事を聞かせてもらおう。まぁ、その前に解消の動きが見れたら最善なんだけど。


「そろそろ、終わりのようですね」

「話は終わってないだろ」

「返事はまたの機会に伺いますわ。それではわたくしは失礼いたします」

「おい、待て」


 いえいえ、帰りますとも。納得してないような殿下を置いて私はさっさと帰宅した。





 父が帰宅後、いつものようにお茶会でのことを尋ねられる。勿論、隠すことなどないのできちんと話しておいた。


「とうとう言ったのか」

「えぇ、言いました」

「そうか、わかった」


 返事が来次第対処しようと父は深く頷く。うん、理解してくれる父には頭が上がらないわ。ちなみに母はこれから作る化粧品で手を打ってもらった。兄弟は多分、諦めてるんだと思う。兄なんてたまに遠い目をしてるから。

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