『ジールとローズの話⑤』

時間が止まるというのはまさにこういうことを言うのだろう。ピタリ、と私の体は石になったように動かなくなった。だってあまりにも予想不可能だったから。

嫉妬?ジール様が?私に?……なんで?



訳が分からない。だって、ジール・カンタレラは人気者。周りに人がたくさんいて、友人もたくさんいる。そんな人が私に嫉妬?ありえない。

私はジール様の言葉を疑った。だって、普段の彼を見ていれば……私とは住む世界が違う人だということは分かるから。



「ローズさんが来る前までは、僕が常に一位で僕の前には誰もいないと思っていたし、周りのことも見下してたんだよ。僕は天才だと、神童だと……なんでもできると思っていたんだ」



「……」



「けど、ローズさんが現れてから、僕は一位じゃなくなった。初めての二位。初めて誰かに負けたんだ。屈辱だったよ。一位じゃなかったことにね。だから、心の中で敵視してた。けど、ローズさんは興味なさそうにしていたから…悔しかったんだ。眼中に入ってないみたいで」



彼の語る言葉がどれも衝撃的すぎて、私は混乱している。

ジール様が私に嫉妬していたの?あんなに興味がなさそうにしていたのに?私のことなんて眼中になかったんじゃなくて、敵視していたの?


そんなこと、信じられるわけがない。



「だから、僕もローズさんの真似をして、ローズさんに興味がないように振る舞ったんだ」



淡々と。彼は語り続ける。

彼が嘘をついているとは到底思えない。それは、彼の態度を見ていればわかることだ。だから、これは本当なのだろう。

でも……それでも信じられない。だって、私はジール様のことを敵視していたのに。



敵視しているのは私だけだと思っていた。ジール様は私のことなんて眼中に入れてないと、そう思っていた。だけど、違った。彼は彼で私のことを敵視していたんだ。そのことに、少し嬉しくなる。

けども……



「でも、その……ジール様は、周りに沢山の人に囲まれていて……私なんて眼中にないと思っていたので……。まさか、ジール様が私にそんなことを……?」



ジール様は人気者で、いつも周りには人がいて。二位であることにも、無頓着で興味がなさそうにしているから。

だから、私はジール様に嫉妬していたのに。ジール様も私のことを敵視していたなんて……。



「あんなの振る舞ってただけだ。本当は虚無感しかなかったし、嫉妬で気が狂いそうだった。…でも、表に出したらカッコ悪いだろう?だから、いつもと変わらないように振る舞ってただけさ」



さらりと、彼はそう言った。……私と同じだった。

私も嫉妬している、だなんて知られたらダサいと思ったから必死に隠していた。だから、いつもと変わらないようにしていただけ。

……なんだ。私たち、似た者同士だったんだ。

そう理解した瞬間、私は思わず笑ってしまった。



「笑うだろ?僕も、自分の行動が馬鹿らしくなったよ」



「いえ……私も同じでしたから。私もジール様のことを嫉妬してましたし、敵視もしてたので」



私がそう言うと、彼は少し驚いたような顔をした。まるで、信じられないというような顔をしていた。そして、



「そうだった……のかい?それは……」



ジール様は何かを言いかけている。だけども、何を言うのか。私にはよく分からなかった。

すると、ジール様は首を横に振って……



「……同じだったんだね」


と、笑った。

私はそれに対して頷く。同じだった……ということを改めて理解して、少し気恥ずかしくなる。だって……嫉妬していた話は学生時代限定だしこうやって言うのはなんだか気恥ずかしい。



「……でも、今は嫉妬していませんよ?だって、今も嫉妬していたら色々と……やばいでしょう?」



学生時代は子供だったからともかく、今はもう大人。流石にそこまで引きずっていたら色々とヤバいやつだし、大人として恥ずかしいだろう。

だから、私はもう嫉妬していない。ジール様に対しての感情は尊敬や憧れ……と、思っていたのだけども――。



「(あの一件で……恋だと自覚してしまったし)」



ラーメン屋で恋心を自覚するというなんともムードのない状況だったが……それでも、私は恋心を自覚してしまった。

それはまるで、魔法のように一瞬で……気づいたらもう後戻りできないところにいた。



「……好き」



無意識に溢れ出た。この言葉を言ったらもう戻れないのは自覚していたのに。けども、我慢できなかった。溢れ出てきたものが止まらなかった。



「私、ジール様のことが好きです」



……もう後戻りできない言葉を私はジール様に言っていた。



△▼△▼




「――え?」



ジール様は驚いたような顔をしている。……それはそうだろう。いきなり、こんなことを言われたら驚くに決まっている。



けど、一度溢れたものを止める方法はなかった。私はジール様が好きだという自分の気持ちに嘘はつけなかったから。だから、溢れ出てくる気持ちを言葉にして伝えるしかないと思った。

……そして、私はそのまま言葉を続ける。

この気持ちを伝えるのは今しかないと思ったから。



「どうして……?ローズさんは俺のこと憎かったはずじゃ?今はなくとも、昔は俺のことを憎んでいただろう?そんな相手を好きになれるものなのかい?」



と、ジール様が言った。……確かにそうだ。憎かったのは事実だし、あの頃の私ならきっとジール様のことを好きになるなんてことはなかった。

でも、今は……違う。私はもう自分の気持ちに嘘はつけなかった。だから……

私は答える。自分の気持ちを隠さなかったから。



「ええ。学生時代は憎かったです。私が常に一位なのに周りにはジール様ばかり。私の周りには誰もいませんでした。私が一位なのに……」



憎しみ、嫉妬、憧れ……それら全てをこの一言に込めて私は言葉にする。

……そうだ。本当に昔はジール様が羨ましかったんだ。だから、妬ましくて憎くてしょうがなかった。私が一位なのに周りからは誰も見てくれなくて……悔しくてしょうがなかった。



だから努力した。努力して努力して努力して……そして、私は一位になった。けども、それでも周りは私を遠ざけた。一位になっても、一位になっても……私の周りには誰もいなかった。



一位というのは孤独。一位というのは孤高。それを私は嫌という程知った。だから、ジール様が羨ましくてしょうがなかった。二位だけども、ジール様の周りには常に人がいるから。

それが羨ましくて憎かった。そして、憎しみが憧れに変わっていき……いつしか恋心になっていたんだと私は思う。



学生時代はただ憎いだけだったのに、今はただただジール様のことが好き。

……思えば、学生時代から私はジール様のことが好きだったのかもしれない。でも、その頃の私はプライドが高すぎて素直になれなくて……その恋心を自覚できなかった。


自覚してなかったというか認めたくなかったんだ。だって、敵視していたジール様に恋心があるなんて認めるのが嫌だったから。

でも、もう私は自分の気持ちに嘘はつけなかったから。だから、素直にこの気持ちを言うしかなかったんだ。



「好きです。大好きです」



ジール様のことを考えてられいない告白をしているのは申し訳ないことをしていると心の底から思う。でも、もう私は自分の気持ちを偽れないから。


「……」



「……」


告白の返事を待つ。……拒絶しないで欲しいと思うのは我儘だと分かっている。でも、拒絶しないで欲しい。拒絶されたら立ち直れる気がしないから。

だって、私はジール様のことが好きで好きでたまらないのだから。


でも――。



「………ごめん」



と、ジール様は言う。……そこには困惑と……悲しみがあった。

……拒絶されるかもしれない、という予想はしていた。でも、実際に言われるとやっぱりショックだった。

でも、これは当然の結果で仕方ないことで……ジール様が謝ることではない。



「いえ。謝らないでください。こんな一方的な告白をしたのは私なんですから」



故に、涙を流す資格なんて私にはないのだから。だから、私は無理に笑う。

……それが私に出来る唯一のことだと思ったのだから。



「……いや、そういう意味じゃなくて。告白自体は嬉しかったし……俺だって、君のことが好きだよ」



「え」



その言葉に私は耳を疑った。……だって、ジール様は私のことなんて好きじゃないと思っていたから。故に、驚きの言葉しか出てこなかった。



「……でも、俺は君に釣り合わない。俺には誰かを愛する資格も愛される資格もないんだよ」



と、ジール様は言う。……それはまるで自分に自信がないような言い方。……正直意味は分からないけども、ジール様が何かしらのトラウマを抱えているのは確かなのだろう。

……まあ、それはどうでもいい。とりあえず言えることは――



「釣り合わないとかそんなのどうでもいいです。誰かに愛される資格とかどうでもいいです。私がジール様を好きな気持ちに嘘偽りはないんですから。そんなの資格なんていらないです」



キッパリと私は言う。……私の気持ちに嘘偽りはないから。

ジール様が好きだという気持ちに間違いはない。そんなことで否定される筋合いはないのだ。



「私が嫌いだというのなら諦めもつくのですが……そんな理由で私の告白を断らないでください。ジール様のことが大好きなのですから」



「……ごめん」



と、ジール様は言う。……その声のトーンからして反省はしていて、そして私を傷つけたことを後悔しているということが伝わってくる。

……だから私は言った。

ジール様が自分のしたことを後悔し、反省しているのならば……私が言うべきことは一つしかないから。

それは――



私はジール様に近づき、そしてそのまま抱きしめた。……それはまるで子供をあやすかのように。優しく包み込むように。

そして言うのだ。私の気持ちを――

と、その時だった。いきなり、私の唇は塞がれたのだった。……それはジール様の唇で。



突然のことで混乱した。……けども、同時に私は幸福感に包まれた。

だって、好きな人にキスされているのだから。



「俺も君のことが好きだ」



と、ジール様が言った。……その言葉が嘘ではないことはすぐに分かった。だって、ジール様の目は真剣で本気だったから。



「こんなやつを愛してくれるの?ローズさんは。俺、本当は嫉妬深くて重い男だよ?」



と、ジール様が言う。……私はそれを聞いて思わず笑ってしまった。



「同じです。だからよろしくお願いします」



即答。気持ちが同じなのに、遠慮する……とかそんな考えは持ち合わせていないし。



「………本当に付き合って後悔しないのなら……」



「ええ。後悔はしません。とゆうか、キスしたんだから責任とってください」



そう、キスしたんだから責任をとって欲しい。……私のファーストキスを奪ったのだから。



「だからジール様に拒否権なんてありません。……というより、拒否なんてしたら怒ります」



「そう、だよな。……うん。分かった」



と、ジール様は言った。……もう逃がさないよ。なんて思いながら私は微笑んだ。

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