『ジールとローズの話④』

お客さんを待たせるといけないと思い、私はサレナにお礼を言うと急いでエントランスへと向かった。

お客さんが待っているという、応接室の前へと着くとドアをノックする。

すると中からどうぞという声が聞こえてきたので、ドアを開け中へと入ると…



「え……?ジール様?」



思わず声が漏れてしまった。ジール様はよっと片手を上げている。それだけで顔が赤くなっていく。恋という感情は本当に厄介だ。でも、なぜジール様がここに?と疑問に思っていると……



「今日は王子のお使いで来たんです」



と、ジール様が教えてくれた。お使い?しかも、王子から……?



「お使い、ですか……それも、王子から?嫌な予感しかしないのですが……」



悪いことを言っていることは自覚はしているが、本音が溢れてしまう。ジール様は、王子の使いで来た。この言葉に嫌な予感しかしない。しかもお使いが、王子からだなんて……絶対に何か企んでいるに違いない。

私がげんなりとしていると、ジール様は苦笑いを浮かべながら……



「気持ちは分かるけども……でも、今日は珍しく普通だからさ」



珍しくを強調するジール様。ジール様も王子のお使いで大変な目にあったのだろう。同情するわ……!しかし……



「普通、ですか…?」



「ああ。普通だ」



普通、という割にはジール様の表情がおかしい。何か言いたそうにしているが、口をモゴモゴとしている。

いつも飄々としているジール様が、ここまで言葉に詰まるなんて珍しいわね……

やはり普通ではないのでは?と思っていると、



「………ごめん。普通と言ったけども、それは嘘だ」



ジール様は言いづらそうに口を開いた。やっぱり普通ではなかったのね……じゃあ……一体何の用事なのだろう?私が不思議に思っていると、ジール様は言いづらそうにしながらも……



「……普通とか、感覚麻痺していたわ。ごめん、やっぱり王子は普通じゃない。でも、王子の頼みだ。だから……」



ため息を深々をついた。王子はジール様に何を頼んだのだろう? 私が不思議に思っていると、



「………ローズさんは嫌かもしれないけど。僕と付き合って欲しい」



……は? 今、ジール様なんて言った……?付き合うって聞こえたんだけど……聞き間違いかしら? 私は思わず目をパチパチとさせてしまう。何を言われのか理解が出来なかった。

ジール様はそんな私を見て、申し訳なさそうに頭をかきながら……



「これが王子の頼み。ローズさんとデートをして欲しい。と、頼まれた」



「それが普通の頼み事だと思ってたの!?」



思わずツッコミを入れてしまった。

だってどう考えても変だろう。私とデートするのが頼み事なんて……その時点で変だ。



それを普通と捉えていたジール様も変。こんなことを言う人じゃなかったはずだし……、



「感覚麻痺していたんだ……先までやってたのがあまりにも理不尽で過酷だったから……」



ジール様は遠い目をしていた。一体、ジール様に何があったのだろう……?この命令が普通だと思ってしまうほどのことだ。ろくでもない命令だったんだろうな……



でも……。



「それで……デート、ですか……」



ジール様とデート。別に嫌な気はしない。寧ろ、恋心を自覚し、ジール様を好きだと自覚した今、この誘いは嬉しい。

だけど……



「王子の誘いを断るのなんて言語道断。ローズさん、お願いだ」



ジール様はそう言って私の手を握ってきた。ジール様に手を握られると……顔が熱くなってく。なんて言う罪深い人なのだろう。ジール様は……!



そんなことされたら、断れるわけない。だって本当に困っているみたいだし……

私はジール様から顔を逸らし、ボソッと呟く。

……王子の頼みだもの、仕方ないわ。うん、そうだわ。仕方ないの。

そう自分に言い聞かせながら、



「ええ」



と、頷いた。



△▼△▼



約束の日。私は服を着替えて、ジール様を待っていた。

この服はセレナが選んだ服。私に似合うと言って、お勧めしてくれた物だ。セレナが言うのだから、間違いないだろうと思い買ったのだが……



この服は私には可愛すぎるのではないだろうか……? 清楚な感じの白いワンピースで、スカートの裾にはレースがついている。スカートの丈は膝より少し上ぐらいだが、足が見えているだろう。



「……これ本当に私に似合っているのかな……?」



そう思わず声が漏れてしまった。しかし、この服を選んだのはセレナだ。そのセレナが似合っていると言うのだから、大丈夫だろうが……しかし、周りがチラチラとこちらを見ている気がする。

そんなに私には似合わないのではないだろうか……?と、そんな不安が頭を過ぎる。



だって、清楚な感じの服だ。私には似合わないだろう。やはり、今から着替え直すか?と、そんなことを考えていると……



ジール様が私に近づいてきた。ジール様は私の姿を見て、少し目を見開き固まってしまっている。やっぱり似合っていなかったのだろうか?そんな不安が過ぎる



「……似合ってますね」



一言。ジール様はそう言ってくれた。しかし、その声は少し震えているようにも感じた。そんなにこの服は私に似合ってないのだろうか?だって似合っているという割にはジール様は私と全く目を合わせようとしない。



やはり、これは気遣いだろう。

ジール様は優しいから、似合わないと思っているのにお世辞を言ってくれたのだろう。そう考えると少し悲しくなった。



「お世辞を言ってくださらなくてもいいですよ」



笑顔を心がけて、ジール様に言った。実際、似合っていないのは自覚している。

しかし、ジール様は首を傾げ、



「――お世辞なんて言ったつもりはないけども」



サラリとそう答えた。お世辞を言ったつもりはない……? ジール様は私の目をじっと見つめてきた。そして、目が合うと慌てて視線を逸らした。

……ジール様の顔は赤かった。赤かった?顔が赤くなっている?それはつまり……



「本心で言ってくれてたんですか?」



「本心から思ってましたよ」



即答。ジール様はそう言ってくれた。ジール様は優しいから、お世辞を言ってくれたのだろうと考えていたが……どうやら本心で言ってくれていたらしい。

その事実に、顔から火が出そうになった。



似合っていると。お世辞ではなく本心で言ってくれたらしい。

それが嬉しくて、なんだか照れくさかった。ジール様が似合っていると言ってくれて嬉しいはずなのに、何故か恥ずかしくて……私は顔を下に向けてしまった。

ジール様はそんな私を見て、少し微笑んでいた。その微笑みは優しくて……私はさらに恥ずかしくなった。



「ふふ……」



彼が笑ってくれる。それだけで周りの視線なんて気にならなくなった。

彼が笑ってくれると私も嬉しくなって、幸せな気持ちになる。だからこそ、彼の周りには人が絶えないのだろう。ジール様の笑顔は人を惹き付ける。



前なら嫉妬していた光景。しかし今は違う。

私はジール様に笑みを返し、一緒に歩き出す。

それだけで幸せだった。彼と一緒にいると楽しくて、幸せで……胸の高鳴りが止まらない。ドキドキするけども、その高鳴りが心地よかった。



△▼△▼



その後。私達はデートを楽しんだ。デートプランのは王子が考えたものらしい。最初は不安だったが……王子なりに考えてくれていたみたいで、一つ一つのプランは楽しかった。

まずは劇場。劇の内容は恋愛物。私は恋愛物はあまり好きではないのだが、王子が譲ってくれたチケットなので文句を言うつもりはないけども。



物語の内容は平民の女の子が貴族の男の子に恋をするお話。身分差の恋という割とありふれた物語だったが、ヒロインも主人公の演技も上手くて面白かった。話はありきたりだが、それを感じさせない演技だった。

そして、次はレストランで食事をした。王子が常連らしいレストランだ。



王子が常連だから、私が場違いな店に連れて行かれるのでは?と不安に思ったけども……雰囲気は落ち着いているが、そこまで場違いな店ではない。

その上、料理も美味しかった。王子は庶民的なお店にも行くらしいこと。



そのことに少し驚いた。しかし、ジール様が楽しそうに話してくれたので、私も楽しかった。

そして、その後は店を見て回ったり……服を見たりした。ジール様の選んだ服はどれもかわいい物で、私は少し恥ずかしかったが……ジール様は似合っていると言ってくれた。

嬉しかった。ジール様に褒められるだけで、私は幸せになれる。



単純な女だとそう思われても、しょうがない。でも、仕方ないじゃないか。好きな人に褒められることがこんなに嬉しいのだから……

最後に私達は公園に来た。周りには人がいないため、静かな公園だった。



「……子供の頃。ここでよく遊んでたんだ」



ジール様がポツリと語り出した。子供の頃を思い出しているのだろうか?懐かしそうに微笑んでいる。……きっとジール様のことだ。子供の頃もたくさん友達もいたのだろう。



それに比べて私は……友達もいなかったし、公園で遊んだこともなかった。とゆうか。友達と遊んだことなんてなかったし。……悲しくなるからこのことを考えるのはやめよう。



「……なぁ。ローズさん」


不意に、彼が私に声をかけた。

私はジール様の方を見た。すると、ジール様は微笑んでいる。何を言うつもりなのか。私は黙って、彼の言葉を待っていると、



「俺さ、ローズさんのこと嫉妬してたんだ」



「………え?」



突然の言葉に私は固まってしまった。

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