『ジールとローズの話③』

――胸が痛い、というのはまさにこういうことを言うのだと思う。私の心の中がズキズキと悲鳴を上げていた。



「ローズー?」



スティブーンの声が聞こえてくるけども、とてもじゃないけれど返事をする気にはなれなかった。



「全く、素直になったら?ローズ」



「……素直に?何を言ってるの?」



スティブーンが心配そうな顔で私の顔を覗き込む。いつもヘラヘラした笑顔ではなく、真面目な顔だ。



「だから、好きなんでしょう?ジールのこと。ささっと素直になれよー。見てるこっちだって、じれったくて仕方ない」



ため息を吐き、私はスティブーンから顔を逸らした。……だけど、彼の言葉は胸に突き刺さり、私の心をかき乱す。

……好きになんてなってない。ライバルだとは思っているけれど。



でも、最近変だ。彼に見つめられると、胸が痛い。彼が他の人と楽しそうに喋っていると、胸が痛い。嫌だ、という気持ちが溢れてくる。最初はライバルとして取られるのが嫌だと思っていた。



それはそれで子供っぽい理由だ、と思ったがそれで胸の痛みを正当化しようとしていたのだ。……そのときは。だけども、今は違う。

嫉妬だ。これはただの嫉妬なのだ。……そして、この感情を……



「何で……」



ズキンズキンと胸の痛みはどんどん増していく。……痛い。

胸が苦しい。……あの人に好きだと言われたい。

あの声で好きだと言って欲しい。……あの手で、触れて欲しい。

あの人に抱きしめられたい。……あの胸に飛び込んでみたい。

いろんな気持ちが溢れて止まらない。自分の中にこんな感情が眠っていたなんて、知らなかったし知りたくもなかった。



今更気付いてしまったこの感情に、私は戸惑う。



「……恋だろ。それは」



スティブーンの言葉に、否定が出来ない。違う、と言えない。だって違うと言ったら、自分に嘘を付くことになる。



「…私……」



恋をした……と私はゆっくりと呟いた。

私は恋をしたんだ。気づかなかった。否、気づかないフリをしていたのだ。……だって、彼とはライバルなのだ。だから……私はこの気持ちを知るべきではなかった。



……でも、知ってしまった。もう、戻れないのだ。……知ってしまったら、もう戻れないのだ。

恋をしてしまった私は、これからどうするべきなのだろう。

彼を見て、微笑んでみたいのに……彼を見ると胸が痛く、そして苦しくなってしまう。

この気持ちが恋だというのなら……



「こんな嫌な気持ちが恋なの?ずっと痛いのが恋なの?だとしたら……知りたくなかった」



本当に知りたくなかった。胸がドキドキして、ワクワクして……楽しくなるのが恋だと思っていた。なのに、現実は違う。苦しいだけだ。辛いだけだ。

もしこれが恋だというのなら……恋なんてしたくなかった。

彼の顔を見て話すのが恥ずかしい。彼の顔を見るだけでドキドキするから、彼の顔をまともに見れなくなった。



「……恋というのはそういうものさ。俺も経験したことあるわー」


「……それは嘘でしょう?あんたはいつも女を侍らせてるんだから」



「酷い言われよう……でも、本当だよ?恋って辛いし、苦しい。……でもさ、それも含めて恋だと思わない?楽しいことも嬉しいことも悲しいことも全部含めて恋なんだと思うなー」



「ああ。そうじゃ。坊ちゃんの言う通りじゃ。恋は楽しいことばかりではない。恋には辛いこともあれば、悲しいこともある。……だがな、その全てが恋なんじゃ」



唐突に横に現れた店主が、何故か腕を組んで頷く。……その言葉に私は頷くことしかできなかった。



△▼△▼



恋なんて、自分には縁がないものだと、ずっとそう思っていた。

……恋人は自分の剣。剣士である自分が、恋なんてしてはいけないと。そう思っていた。だというのに……



「胸……」



ジール・カンタレラは胸が大きい方が好みなのだろうか……?先接触した女の人はかなり巨乳だった。

……顔が赤くなったし、やはり男は巨乳が好きなのか?



「……」



自分の身体を見回すが、生憎と大きくはない。それに胸だなんて剣を振るうには邪魔なだけだ、とそう思っていたけども……。



「……貧相」



自分の身体をペタペタ触ってみる。やはり貧相だ。

胸はないし、スタイルもよくないし……悲しくなってきた……



「好き」



もう、誤魔化せない思い。私はジール・カンタレラが好き。

彼のことがもっと知りたい。彼と話したい。彼を知りたい。彼に触れたい。彼に触れられたい。



想いというのは、こんなに大きくなるのか。恋というのは、こんなにも楽しくなるのか。

彼を思うと、胸が暖かくなる。頭が真っ白になる。楽しいのに辛い。触れ合いたいのに怖い。



……彼は、私の事をどう思っている? そう考えるだけで、こんなにも胸が張り裂けそうになるなんて知らなかった。

誰かを好きになるってこういうことだったのか。でもこんな気持ち今まで感じたことはなかった。



「……好きだ」



そんな感情自分には縁遠い物だと思っていた。誰かを好きになる日がくるなんて思いもしなかったから。

でも、今私は告白したい。自分の気持ちを伝えたい。

この気持ちを彼に伝えたい。この恋を実らせたい。

……だけど、それはできないだろう。だって私は……騎士だから。



騎士は国のために戦う者。そんな人が恋愛などしてはいけない。

だから、この想いは隠さなくてはならない。

彼に伝えることは許されない。彼にこの感情を知られるわけにはいかない。



「……ローズさん?どうかしました?」



不意に後ろから声をかけられる。振り返ると、そこには部下であるサレナが不思議そうに私を見ていた。

……セレナは男が多い騎士団の中での女騎士。そんな彼女は数少ない私の友人だ。



私とは違う美しい金髪に、青い宝石のような瞳。

同性の私から見ても、サレナは綺麗な人だと思う。



「サレナ。……いや、何でもないよ」



誤魔化し、私は笑ってみせる。笑うのは得意だ。

昔から笑うようにしていたから、どんな時でも笑えてしまう。所謂、愛想笑いというやつだ。



「そう?何か考え込んでいたようだけど……」



「少し、昔の事を思い出していただけだ。大したことじゃないわ」



そう言って微笑む。サレナは納得のいかない表情を浮かべていたが、それ以上の追及はしなかった。そういうところが、彼女のいいところでもある。

必要以上に踏み込んでこない。彼女のいいところだ。

……今の私にとっては、それはとてもありがたい事だった。



「……あ、そういえば…ローズさんにお客さん来ていますわ」



「お客さん……?」



客……私に?一体誰が……と、思って首を傾げていると、



「ふふっ……驚くと思いますよ?」



サレナは悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

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