『ジールとローズの話①』

――ため息を吐かないと、やっていけない、というのは正にこのことだろう。



「……ジールにローズ!ここのラーメン美味いぞー!」



スティブーンのそんな声が聞こえて、俺はまたため息をつく。

一体どうしてこうなったんだろうか、と。

それは三十分前に遡る……。



△▼△▼



ローズ・デイルと勝負したあの日。俺はローズ・デイルの勝負に負けた。悔しい気持ちは、当然あった。でも、それ以上に……。



「(高揚感があった……)」



事務仕事ばかりしていた俺にとって、勝負なんて久々だった。だからなのか、とてつもなく楽しかったのだ。


あの高揚感は、忘れられない。剣が振れたこと自体が久々だったから尚更だ。あの、高揚感をもう一度味わってみたい。



変だとは思う。だって負けたわけだし。だけど、それでもいいと思うくらいには、俺はあの感覚に魅了されていた。



「(好きだ。剣を振ることが)」



だからこそ、俺は再び剣を手に取った。事務仕事も嫌いじゃないけど、やっぱり俺は剣を振るう方が性にあっているらしい。そして今度こそ勝つために、俺は今日も鍛錬をしていく。



「ジールーー!」



そうして汗を流していると、後ろから声を掛けられた。振り向くとそこには……



「スティブーンに……え?ろ、ローズさん?」



思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。だってスティブーンはともかくとして、ローズ・デイルがいるのだ。しかも、めちゃくちゃ嫌そうに顔をしかめながら。



「こいつ、剣の修行辞めなくてよー。無理矢理連れてきた」



スティブーンはヘラヘラ笑いながら言う。それに対してローズ・デイルは苦虫を噛み潰したような顔をしている。



「そ、そうなんだ」



苦笑いをしつつ、そう返すしかなかった。だってそれ以上何も言えないし。というか、何でこんなところに来たのか聞きたいんだけど……



「だから、これから一緒に下町まで行ってラーメン食べようぜ」



…なぜラーメン?と思った。だってラーメンは平民の間じゃ人気ある食べ物だけど、貴族の間ではあまり好まれていないはずなのだ。なのになんでわざわざ庶民的な食べ物を食べに行く必要があるんだろうか。



「……まぁ、別に良いですけど……」



ラーメンを食べたことがないので少しだけワクワクしているのが本音だったりした。




△▼△▼



「何でこんなもの……」



ローズ・デイルがため息混じりに呟くと横にいるスティブーンは不満げな表情を浮かべながら、



「何ここまで来て文句言ってんだよ!美味いんだから安心しろよー」



ドヤ顔をしながら言った。その言葉に対して、ローズ・デイルはまた深くため息を吐きながら、



「ラーメンのことじゃないわよ……剣の稽古してたのに無理矢理連れて来られて挙句の果てにラーメン屋に入ることになるなんて思ってなかったから呆れてるのよ」



「だってこうでもしねーとお前、剣の稽古辞めねーじゃん?ジールと一緒でさ」



……俺と一緒………?意味がわからない。俺は誰かに言われずとも、剣の稽古を辞めることぐらいは出来るし。だからその指摘は的外れだ。



「何を言ってるんだ……?」



「……あー、これは自覚なし?」



苦笑いをしながら、スティブーンは俺を見る。しかし、俺には、スティブーンが何を言いたいのか、全くわからない。



「……ま、いいや。ささっと、ラーメン食って帰ろーぜ」



結局、スティブーンは答えを教えることなくラーメン屋へと入って行った。俺とローズ・デイルもその後に続くように入った。



△▼△▼



ラーメン屋に入る。客は俺たちしかいなかった。つまり、貸切状態。

カウンターに三人並んで座る。メニューを見るとラーメンしか書かれていなかったので、とりあえずラーメンを二つと餃子を頼むことにした。ローズ・デイルは不満げに見ていたが何も言わなかったが、内心は嫌々なのだろう。

注文を受けると、店主は慣れた手つきで麺を茹で上げ、湯切りをし、スープの入った鍋に麺を投入する。そして出来たラーメンをそれぞれの前に置かれる。



「………ラーメン。本当にラーメンだ」



馬鹿みたいな感想しか出てこない。それくらいに俺はラーメンを食べるのが初めてだった。

とりあえず、麺を一口食べる。



「……美味い」



思わず、呟いてしまった。それくらいに美味かったのだ。スープもあっさりしていて飲みやすいし、何より麺が絶品である。ツルツルとした喉越しが良い感じなのだ。



「だろー?俺もこの店にはよく来るんだぜ!」



得意気に言うスティブーン。どうやらこの店の常連らしい。まぁ、スティブーンが紹介したわけだし当然と言えば当然か。

しかし、こんなにも美味しいラーメンなのにどうしてお客さんがいないのか不思議でしょうがない。



俺たち以外にお客さんはいないから店内はとても静かだ。そのせいもあってか、ラーメンを食べている音だけが響いているように感じる。



「とても美味しいわね……」



隣に座っているローズ・デイルは密かに感動しているようだった。目をキラキラさせて食べていたし。



「おーや?ローズも気に入ってくれたみたいじゃねぇか!」



「う……そ、そうね……確かに美味しいわ……」



ローズ・デイルの顔が少しだけ赤くなる。まぁ……麺。スープ。具。それら全てが合わさった料理であるラーメンはとても美味かった。特に具は最高だと思う。豚骨ベースのスープによく合うチャーシューとか半熟卵とか……平民の間では当たり前のように食べられてる物らしいけど、貴族の食卓に並ぶことはないものばかりだった。

それ故に感動してしまった。



別に平民を馬鹿にしているわけではない。ただ単に今まで食べる機会がなかっただけだ。そして僕の家族や使用人は、あまりそういうものを好まない傾向にあったから余計にだ。



「でも、こんだけ美味いのに、なんで人が来ないんだろうか?」



「それは……ここの店ってあんまり宣伝してないんだよ。だから知る人ぞ知る名店的な扱いになっててさー」



ぼやくような口調で言うスティブーン。なるほど……隠れた店という奴なのか……?そんなことを思っていると、不意に店の扉が開かれた。そこには一人の女性が立っていた。年齢は二十代後半といったところか。綺麗なお姉さんと言った印象を受ける女性だった。



「おー?また美人な姉ちゃんが来たな」



スティブーンが嬉しそうに言う。スティブーンの言葉の通り、とても美人なお姉さんだった。胸は大きく、スタイルも良い。

その女性は俺たちを見ると一瞬驚いたような顔をしてから笑顔になって近づいてきた。



「あらぁ?貴方って、ジール・カンタレラくんじゃないですかぁ?」



「え?ああ、はい……そうですけど……」



俺は突然のことで戸惑いながらも答える。女性は何故か嬉しそうに微笑んでいた。一体なんなんだ……?



「やっぱり!私貴方に会いたかったの!」



美しい笑顔を浮かべながら俺に近づいてくる女性。どうやら俺と知り合いらしい。しかし、全く心当たりがない。

一体誰なんだろう……? 疑問に思っていると、女性は俺の隣まで来て、座った。そして俺の手を取り、自身の胸に引き寄せた。むにゅんという柔らかい感触を掌に感じた。



「ねぇ、坊や。私と話さない?」



そう言って女性は俺にしなだれかかってくる。俺は突然のことで何が何だか分からなかったが――



「は、はい……」



思わず頷いてしまった。

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