『エリー・エキソンの話②』
浮気なんて絶対許せないことだ。至極最低な行為である。本来なら引っ叩き、罵詈雑言の限りを尽くしてやるべきなのだ。しかし、私はそれが出来なかった。
それほどまでにレオナルド様のことが好きになっていたのだ。
どうして?と聞かれれば分からない。一番嫌いなタイプで、絶対に好きになるはずがないと断言できるほど最低なタイプなのに。どうして……?
「………お嬢様、大丈夫でございますか?」
セバスの声にハッとする。私は一体どれだけの時間黙っていたのだろう。セバスの声で我に返った。
セバスは心配そうな表情で私のことを見つめていたが、
「……お嬢様がどんな判断をしようと、私はそれに従うだけですし、協力も惜しみません。ですが、後悔だけはしないようにしてください」
忠告とも取れるような彼の言葉に私の中で迷いが生じていく。天秤の針が揺れ、私の心はかき乱されていく。浮気を責めるべきなのか、それともレオナルド様のことを許すべきなのか。
浮気をしたレオナルド様を罵ってやりたい気持ちもあれば、私を騙していたとはいえ好きになってしまったという複雑な感情もある。
「……あら?エリー?どうしたの、こんなところで」
レオナルド様のこと、浮気のこと、色々なことが頭から離れずにいると聞き覚えがある声が耳に入った。声がした方に顔を向けるとそこには――。
「………アリシア。貴女こそどうしたの?」
アリシア・ベルナール。侯爵家の令嬢であり、私の数少ない友人。そして彼女もまた婚約破棄された令嬢でもある。最近、婚約破棄されている仲間でもある。
最近、婚約破棄されている令嬢が何故か多い気がするけど、きっと気のせいだろう。……多分。
そんなことを考えていると、彼女は不思議そうに首を傾げながら、
「……ええ。実はさっきまでシエル様とお話をしていたの……」
ふぅ、とため息を吐きながら頬に手を当てた。その様子から察するにどうやら上手くいかなかったらしい。シエル・クラーク。アリシアが婚約破棄した当日に新しい婚約者となった男だ。
早くね?と思ったけども、本人たちが納得しているのならば別にいいのか、とそう思った。それにしても婚約破棄されてすぐに別の男性と婚約を結ぶとは……。
まぁ、本人がそれで良いと言っているのだから私が口出しすることではないけれど。
「そ、そうなの……」
「ええ。でも、クラーク様のことよくわからないわ……」
「……婚約して一週間でしょう?しかもまともに話したことがないんだもの。そりゃあ分からなくて当然じゃないの?」
私がそう言うと、アリシアはそれでも、と言いながら困ったようにこう言った。
「それはそうなんだけど……!なんというか、掴みどころがない人というか……。何を考えているか全く読めないっていうか……とにかく変な感じなのよ!」
シエル様とは話したこともないのでよく分からないから勝手なイメージだけど、冷めた目だとか、淡々としている感じとか、そういうイメージがある。いつも面白いものを欲しているような人だと勝手ながら思っている。
「そうなんだ……大変ね」
他人事とは分かりつつもそう口にせずにはいられなかった。
だが、アリシアはそんな私の心情など知らず、そうなのよ!と相槌を打ってくる。
しかし、その目は何故かキラキラと輝いている。
……これってもしかして自虐風自慢ですか?……なんてことを言えるはずもなく、私はただアリシアの話に相槌を打つしか出来なかった。
△▼△▼
アリシアと話した後から数日経ったある日のことだ。
「レオナルド様……!」
レオナルド様を見かけたのだ。レオナルド様は、私に気づかずにある部屋に入っていた。……しかも、マリー・アルメイダと一緒だ。そのことに私は嫉妬していくのを感じていく。
そして、二人が入って行った部屋の扉を見つめていた。開く自信はない。だって怖いし……。でも、私は見たい気持ちもある。そんな矛盾した気持ちを抱えながら私は
「バニッシュ……」
透明魔法を使って様子を伺うことにした。怖いから扉の近くまで行かず、少し離れた場所で魔法を使うと、
「行こうぜ!復讐するためにな」
メラメラと燃えるような瞳をした男がいた。確かこの男の名前は……
「(クラウス・ファンタナー……)」
クラウス・フォンタナー。私はこの名前を聞いたことがあった。それは、私がマリー・アルメイダについて調べているときに知った名前だった。彼は、マリー・アルメイダの元婚約者だ。
それぐらいしか彼のことを知らないが、どうやら彼はマリー・アルメイダに対して強い恨みを持っているらしい。
何故なら、恨みのオーラが凄いからだ。まるで、呪いみたいに黒いオーラが出ている気がする。
だが、今はそんなことはどうでもいい。問題はクラウス・フォンタナーが何をするのか、ということだ。
それが気になったので、聞き耳を立てることにする。すると、中から声が聞こえてきた。
レオナルド様の声も聞こえる。
何を話しているか分からないけど、何だか不穏な空気を感じた。
「(思い切って、入ってみるか……?いやでも……)」
透明魔法を使ったから周りからは見えていないだろうけど、盗み聞きをしているのだから、罪悪感があるし……でも――
「……」
ピタッと扉を耳に当てる。やはり気になるものは気になるし、聞くしかないと思った。
そして、しばらく聞いているといろんな人達の声が聞こえてくる。その会話は、あまり身勝手なものばかりだった。
それを聞いていると腹が立った。だって、レオナルド様もマリー・アルメイダもジール・カンタレラもみんな身勝手だとそう思ったから。故に――。
「レオナルド殿下!酷いですわ!私という婚約者がいながら!」
そう言って私は、勢いよく飛び出してしまった。もちろん、バニッシュは解除してからだ。
「レオナルド殿下言いましたよね!?この婚約者と別れて私と結婚してくれるって!それなのに、この浮気女とまだ付き合っているなんて!」
驚くみんなを無視し、私はレオナルド様に詰め寄った。
△▼△▼
あれから…私……いや、私たちは、話し合いをすることになった。と、言っても話内容はあまり覚えていない。ただ、一つだけはっきりしていることはある。それは、レオナルド様があの女と別れたということだけだ。
そして、私が今のレオナルド様の婚約者だ。レオナルド様はこの一件で国王になる可能性はほぼなくなったといっても過言ではないらしい。しかし、そんなものはどうでもよかった。私は今この幸せを噛み締めていたいから。
「好きです、レオナルド様」
私が満面の笑みで言うと、レオナルド様は頬を赤らめながら、
「俺もだ」
そう言ってくれる。それだけで充分幸せなんだから――
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