『エリー・エキソンの話①』

私、エリー・エキソンは愛していた人がいた。その人は優しく、聡明で、容姿端麗で、まさに非の打ちどころのない人だった。



この世にこれほど完璧な人間がいるだろうか?そう思えるほど彼は完璧だった。

盲目的だ、とそう言われたらそれまでだが私はそれでも構わなかった。彼のためならどんなことでも出来ると思ったからだ。



だから私は彼に尽くした。彼を支え続けた。おしゃれな服を贈り、美味しい料理を作り、彼のための家を用意した。そしたら彼は私に言ってくれた。

――エリー、君を愛している、と。

 


その言葉が嬉しくて。私はその言葉だけで生きていけると……あの時は本気そう思っていた。……今思うとバカみたい。



だって、彼は私なんて見てなかった。私がどれだけ彼を想っても、彼が見ているのはいつも別の人。いつもすぐ女に言い寄って鼻の下を伸ばしていた。でも、私の婚約者だから。今は他の女に目が行っていてもいい。最終的に私のところに戻ってくる。



そう、信じて疑っていなかった。

けれど……それは間違いだった。彼は結局他の女のところに行ってそのままフラフラして。そして変な女に騙されてあっさりと私と婚約破棄をした。……許せなかった。裏切られた気分になった。



どうして、こんなことになったんだろう……?そんな疑問だけが頭の中でぐるぐると回る。彼は、騙されてた。私以外の女に。あんなバカみたいな女に騙されるなんて、なんておめでたい男なんだろう。……許せない。絶対に許さない。



私にあんなに貢がせたくせに、あんなに色々とプレゼントさせたくせに。全部無駄になった。……これでは自分がバカみたいではないか。

悔しかった。悲しかった。そして憎かった。



……殺してやりたいくらいに。……でも、それだけじゃ足りなかった。殺すなんて生半可なものじゃダメ。もっと苦しませてやらないと気が済まない。殺すよりもっと残酷な方法で!



それは所謂、生き地獄。永遠に続く苦しみを与えるのだ。あんなバカな男には相応しい罰だと思う。重要なことは、ただ一つだけ。それを実行すればいい。

それが出来たら、きっと満足できるはず。つまり、復讐は果たせたことになるということ。



……うん、そうだ。それしかない。

さぁ、始めようか……!



「(復讐してやる……!)」



ギュッと拳を強く握りしめながら私は俯いた。



△▼△▼



燃え広がる炎。それは物理的ではなく精神的なものだ。恐怖という感情を燃料にして勢いを増していく。



「――この人は、私に嘘をつきました」



静かに、けれど怒りを孕ませた声音で言う。目の前にいる男は震えながら地面に膝をついていて、その姿はまるで蛇に睨まれた蛙のように滑稽だった。……もう、コイツは終わりだ。これから先は私の人生において一切関わることはないだろう。



「……私は貴方と一切関わりません。もう、二度と会わないと約束してください」



「は、はい……!」



男は完全に怯えきっていた。ガクガクと膝が震え、額から汗が噴き出ている。

その姿はとても哀れだったけれど自業自得だと思った。それにこの男はそれだけの罪を犯したのだから。……でもこの程度で私の気持ちが晴れるわけではないし許すつもりもないのだけれど……



しかし、この男は仮にも元婚約者。蔑ろにするのもどうかと思い、一応情けをかけておくことにした。

私は冷たい目をしたまま男に顔を近づける。すると男はビクリと体を震わせて私から距離を取ろうとした。それに内心呆れつつもそれを表には出さずにニコリと笑顔を作って、



「…後、もう一つありますわ。それは……」



「お兄様!どういうこと!?」



私が言い終わる前に甲高い声が響いてきた。その声の持ち主は怒りで顔を真っ赤に染めていて、目は吊り上がっている。



「エリー様と婚約破棄して別の人と婚約したって本当なの!?冗談じゃないわ!」



ダンダン、と地団太を踏むのはこの男の妹だ。優しく、穏やかな兄を心底慕って尊敬している妹だったのに、今じゃ見る影もない。

……まぁ、そうなるのも無理はないわよね。だってこの妹は兄と私が結ばれることを心の底から望んでいたのだから。なのにその肝心の兄は別の女と婚約して結婚するという。妹の怒りは尤もだと思う



「……では、私はこれで。あとは二人で話をつけてくださいね?」



そう言いながら私は素早くその場から去った。



△▼△▼



――あれから数日が経った。婚約者と別れてから一週間経つ。その間にも様々な噂が流れていく。どうやら私と彼が別れたことはもう貴族界全体に広がっているようだ。



そのせいか、私は同情の目で見られるようになった。それは嫌だ。心配なんて

しなくていい。寧ろ、中途半端に関わりを持つのは止めて欲しい。



同情などいらない。そんなものはいらないのだ。私はただ、私の道を進みたいだけなのだ。誰にも邪魔をされたくない。

そう思う一方で、誰かに助けて欲しかった。



「(……はぁ)」



空き教室で一人溜息をつく。

誰もいない静かな場所でお気に入りの場所だ。泣くのにはうってつけの場所でもある。



最近は泣いてばかりいる気がする。何がそんなに悲しいのだろう?分からない。

でも涙は止まらなかった。



「本当に馬鹿みたい」



自分で自分を蔑む言葉を口にしてみる。いわゆる自虐だ。……ああ、駄目だ。今日もまた一人で泣き続けるのか。

その時だった。ふと扉の方を見ると、そこには一人の男子生徒がいた。



「……え?」



……どうしてここに人がいるの?だってここは空き教室。誰が入る余地もない。だってここは……。

しかし彼は気にすることなくこちらへと歩いてきた。よく見たら――。



「……れ、レオナルド様!?」



レオナルド・オルコット様!この国の第一王子にして、次期国王候補の一人だ。

そんな彼がどうしてこんなところに?いや、そんなことはどうでもいい……!



「まさか、レオナルド様だとは思わなかったものですから……すぐ出て行きます」



そう言って立ち去ろうとした時、突然腕を掴まれた。驚いて振り返ると、レオナルド様の顔がすぐ近くにあった。思わず顔が熱くなる。



「君はどうして泣いているの?」



たった一言。その一言だけで私は動けなくなった。

何故なら、今まで誰も訊いてはくれなかったからだ。みんな、腫物を扱うように私と接してきた。だからこうして真っすぐに質問されたのは初めてかもしれない。だからなのだろうか。感情がグチャグチャになって溢れ出した。



「ひっく……っぐぅ……っうあぁああん!!」



泣いてしまった。一度泣いたら止められなかった。今まで溜め込んでいたものを吐き出すかのように大声で泣き続けた。その間ずっと、レオナルド様は何も言わずに傍にいてくれた。困らせているとは分かっていたが、それでも私の口は止まることを知らなかった。



△▼△▼



――レオナルド様は優しい人だ。私が泣き止むまで何も言わず傍にいてくれる。それがどれだけ嬉しくて心強かったことか。



その上、レオナルド様は私のことを愛してくれた。それはとても嬉しいことだ。だけど……



「あの女……」



現時点でレオナルド様の婚約者である女。女の名前は、マリー・アルメイダ。性格は可憐で優しくて、まるで天使のような女の子だと聞いたことがある。しかし、裏の顔は恐ろしいほど腹黒いとの噂もある。そんな子がレオナルド様に言い寄っているのかと思うと許せない。



そして、何よりレオナルド様の心の中に居座るあの女のことが憎くて仕方がない。そのポジションを代わって欲しいぐらいに……と、妬ましく思う気持ちもある。だが、マリー・アルメイダが心の底からレオナルド様のことを好きなら諦められるけども……しかし、この女は……



「(ジール・カンタレラと浮気をしているし……)」



それが許せなかった。レオナルド様が言っていたのはこのことなのだろう。これは私がなんとかしなくてはならない。レオナルド様のためにも、そして私自身のためにも……! だから私は決意したのだ。絶対にあの女を排除しようと……!



「レオナルド様待っていてください」



必ずや貴方を救ってみせます……と、私は決意をした。



△▼△▼



――しかし、事実は酷いものだった。



「………え?私、騙されていたの?」



レオナルド様と言っていたことと、今目の前にいる男が言った言葉が一致しなかったのだ。



「はい、お嬢様。レオナルド・オルコット様が嘘をついており、カトリーヌ・エルノー様が言った言葉が全て本当です。催眠術で聞いたので間違いないかと。もちろん、レオナルド・オルコット様にも催眠術をかけたのですが、あの話は全て嘘だったようでしてね。……疑うのなら、お嬢様の目の前でやりますが?」



そう言ったのは私の執事であるセバスであった。彼は催眠術師でもあるため、嘘を見破ることができる。最初は私も信じていなかったのだが、実際にやってみると本当に見破ったのだ。

つまり、セバスが私に嘘を付くなんてことは絶対にない。それに、セバスは私に対して嘘をつくような人間ではない。それを知っているからこそ、私は信じられずにいた。

だって……

――あんなにも優しくて誠実そうな人が嘘を付いていただなんて思わないじゃない!!



「――それでどうしますか?お嬢様。レオナルド・オルコット様は嘘をつきました。それもお嬢様がこの世で一番嫌いなタイプの嘘ですし」



セバスはそういった。確かにそうだ。こんなことをされたら誰だって怒るに決まっている。……でも、どうしてだろうか。

怒りよりも先に悲しみが溢れてくる。どうしてなんだろう。



「(私………レオナルド様に本気で……)」



――好きになってしまったんだ。

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