『レオナルド・オルコットの話②』

――その日、俺は運命の人と出会った。



「レオナルド様?」



キラキラと輝く銀色の長い髪に、空のような青い瞳を持ち、透き通るような白い肌を持つ美しい女性に出会った。



「貴方は………」



緩やかに心臓の音が鳴り響くのを耳にしながら、俺は彼女を見つめた。

彼女は俺を見て優しく微笑むと、小さく口を開く。



「すみません。まさか、レオナルド様だとは思わなかったものですから……すぐ出て行きます」



そう言うと彼女はすぐに立ち去ろうとする。よく見たら瞳に涙が溜まってるし、足取りもおぼつかない。そんな彼女を見ていたら放っておけなくなり、思わず彼女の腕を掴んだ。

すると彼女は驚いたように目を大きく見開く。そして、恐る恐るという感じでゆっくりとこちらを振り向いた。



「君は何で泣いているんだ……?」



こんなことを聞いてどうするべきなのだろう。だけど、このまま彼女を放っておくこともできなかった。しかし、彼女は少し困ったような顔をして俺を見る。

その顔はとても可愛くて、何故か胸の奥が高鳴るのを感じた。

だが、彼女は首を横に振ると小さな声で呟く。



「そ、そのレオナルド様が……気にする必要はないです……」



その言葉に、何だかムッとした。確かに俺は次期国王だし、小さいことは、いちいち気にしてはいけないかもしれないけど……それでも、目の前で女性が泣いていて何もしないというのは男としてどうかと思うのだ。



「………れ、レオナルド様……」



潤んだ瞳でこちらを見上げる彼女にドキッとする。頬を赤く染めて上目遣いをする姿は、とても愛らしくて……つい抱きしめたくなってしまう。



「(あぁ、ダメだ!落ち着け……!いや、落ち着けるわけないだろ!?)」



煩悩退散、煩悩退散、煩悩退散!! とにかく落ち着こうと思い、深呼吸を繰り返す。そして、何とか落ち着きを取り戻すことができた



「――それで君はどうして泣いていたんだ?」



訳を聞くと、彼女曰く、彼女は婚約者に浮気され、婚約破棄を言い渡されたらしい。だから、泣いていたということだった。……なんだか、デジャブを感じる話だった。だって俺もそうだったからね……



しかし、俺の場合は、地味な婚約者だったし妥当な婚約破棄だったけども、彼女が婚約破棄されるのは理解できない。だってこの子は美人なのだ。こんな子を婚約破棄なんてありえないだろう。



一体、どういう経緯があって、婚約破棄に至ったのか……それが気になった。なので、事情を聞き出すためにも、俺は彼女とお茶をすることにした。



△▼△▼



「――なるほど。つまり、婚約者の浮気現場を目撃してしまい、それが原因で婚約破棄されたということなのか……」



「ええ。本当に酷い話ですわ……確かに私は、地味で目立たない女かもしれませんが…」



地味で目立たない………?いやいや、そんなこと絶対にありえない。彼女は美しいし、目立っている。目立たないはずがない。だって、俺の心臓がこんなにも高鳴っているのだから。



「地味で目立たない女なんかじゃないよ。君は」



「………え?」



「君はとても美しいし、輝いて見える。俺が今まで出会った中で、一番可愛らしい女性だ」



「ふぇ!?」



俺の言葉に彼女は驚いたような反応をする。そして、みるみると顔が赤くなっていった。

あぁ……可愛いな……それに綺麗だ。

こんな綺麗な人が俺の婚約者だったら良かったのに。マリー・アルメイダのときは、失敗だった。本当にわがままな女だったからな……



でも、今目の前にいる彼女は違う。マリーとは比べ物にならないくらいに輝いているのだ。

そんな彼女と婚約できたらどれほど幸せだろうか?俺は、気づけば彼女の手を握っていた。すると、彼女はビクッと肩を震わせるが――。



「俺……実はさ、今の婚約者に……浮気されたんだ。その時、すごく惨めな気持ちになって……凄く悔しかった。こんな男に負けたなんて思ったら悔しくて仕方なかった……」



スラスラと出てきた嘘に自分でも関心しながら俺は彼女に――。



「今の婚約者と婚約破棄したら……俺と婚約して欲しい」



そう言っていた。



△▼△▼



彼女の名前は、エリー・レキソンというらしい。俺よりも2つ年下で、今は17歳だという。

俺とエリーは、初めて会った場所でお茶をする約束をし、その日から何度も逢瀬を重ねた。



エリーもエリーで満更じゃなさそうに、俺に微笑みかけてくれる。それが嬉しくて、俺はますます彼女にのめり込んだ。

もはや、マリー・アルメイダのことなんて忘れていた。



もっと、もっと、話していたい。もっと、一緒に居たい。そんな想いが強くなっていくのを感じている。これが恋というものだというのなら、マリー・アルメイダのときに感じたこの胸のときめきは一体何だったのか……きっと気のせいなのだろう。



だって今、こんなにも満たされている。あの時のことを思い出すだけで吐き気がする程に。

そして、今日もまた彼女と会う日……になっていたこと。



「レオナルド・オルコット様、今、時間ありますか?」



ニッコリと微笑むのは、クラウス・フォンタナー。マリー・アルメイダの前の婚約者だ。



この男は顔立ちは地味に整ってる方だが俺には叶わないし、何と言うか……貴族らしさがない。

だからと言って平民というわけでもないのだが、それでもこいつには貴族の風格や威厳といったものがあまりないのだ。



「……少しだけならあるけど」



「では、お話がございます。こちらへどうぞ」



そう言ってクラウス・フォンタナーは、俺についてこい、と言わんばかりに歩き出す。

正直、こんな奴に指図される筋合いはないので無視してもいいのだが、一応、エリーとの待ち合わせの時間までは余裕があるのでついて行くことにしよう。それに……こいつは、俺にマリー・アルメイダを奪われた身。



せめてものの慈悲として、話くらいは聞いてやっても良いかもしれない。

そんなことを考えながら歩いているうちに、俺は応接室のような場所に通された。

そこには――。



――マリーとカトリーヌ・エルノーがいた。




△▼△▼




――何この、修羅場みたいな状況……。

どうして、ここに二人が居るんだろう?気まず……しかし、マリー・アルメイダは一応婚約者だし……



「カトリーヌ・エルノーにクラウス・フォンタナー………何の用だ?」



と、とりあえずここは冷静を装うことにした。いや、だって……この状況で焦ったりするとかマジありえないじゃん? それにしても、クラウス・フォンタナー……まさか俺らに復讐する気なのか?だとしたらかなり面倒臭いことになるが……



まあ良い。いざとなったら力ずくでも何とかなるだろう。最悪、マリー・アルメイダに全ての罪を押し付けよう。そう思ってマリー・アルメイダを見ると、彼女はとても悲しげな顔をしていた。まるで裏切られたかのような目をしている。



――本当にこの女は演技が上手い、ということを改めて思い知らされた。最近、気づいたのだがマリー・アルメイダは惚れているふりをしているだけであって、本心では全くに情など抱いていないのだ。



そのことに気付いたのは、エリーのお陰だ。エリーが本気で俺を惚れていてくれたお陰でマリー・アルメイダの本性に気づけたわけだし。



そう考えていると、



「さぁ、始めよう!」



と、クラウス・ファンタナーが声高に宣言した。



△▼△▼



――結果として。マリー・アルメイダと俺は婚約破棄をした。というか、された。

カトリーヌ・エルノーとクラウス・ファンタナーがマリー・アルメイダの悪事を暴露したのだ。



ジール・カンタレラと浮気をして、俺を捨てようと画策したことと言われて、別にショックは受けなかった。これは痩せ我慢ではなく、本当にどうでもよかった。



だから俺は被害者になれると気づいて、内心、大喜びした。だって、俺はノーリスクでマリー・アルメイダという女を婚約破棄できたのだ。これほど、嬉しいことはないだろう? しかし……



「レオナルド殿下言いましたよね!?この婚約者と別れて私と結婚してくれるって!それなのに、この浮気女とまだ付き合っているなんて!」



エリーが唐突に乱入してきた。

なぜ、エリーがここにいるのか……なんて聞くまでもなく、クラウス・ファンタナーの仕業だと思っていたのだが……しかし、クラウス・ファンタナーも驚いた様な顔をしていた。



要するにエリーが来るのは予想外だったらしく、完全なる偶然ということ。それはそれで凄いと思うが……



「もう!殿下は私と結婚するの!この女と婚約なんてありえない!」



エリーが叫ぶようにそう言った。そして、その言葉を聞いたクラウス・ファンタナーが笑いながら顔を上げられないところを見るときっと大爆笑していのだろう。



俺だって逆に笑いそうになっちまったよ。いや、もう笑うしかねぇだろ。

エリーが俺のこと好きなのはわかってたけど、まさかここまでとは思わなかった。



「ねぇ、レオナルド殿下。愛していますわ」



うっとりと、熱っぽい目でエリーが見つめてくる。それは魅力に溢れているはずなのだが、俺は寒気しか感じなかった。

その上、慰謝料でカトリーヌ・エルノーに大金を払う羽目になったし……最悪だ。



更に国王になることも出来なくなってしまった。だけど、そんなものどうでもよかった。今はただ、マリー・アルメイダと別れられただけで満足だし。それに……



「ああ…俺も愛しているよ」



隣にエリーがいる。それだけで俺は幸福なのだから――。

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