『ローズ・デイルの話④』
王子から呼び出され、私は応接室まで行く。応接室では既に王子がソファに座り、待っていた。
「………ジョン・オルコット様。一体どんなご用でしょうか?」
「硬いなー。もっとリラックスしてみたら?」
そうは言うが、相手はこの国の一次王子であり、時期国王になる人に呼ばれたのに、硬くなるな、という方が無理な話だと私は思う。
それに――。
「ダメです。貴方は時期国王になる存在。私はたかが騎士団の団長。そんな身分の差があります」
私がそう言うと、王子は溜息を吐く。それを見ないふりをしつつ、私は王子……ジョン様にこう聞いた。
「……それでジョン・オルコット様。私に何か用でしょうか?」
「……ああ。そのことね……」
相手は王子でありそうそう暇じゃない相手だ。だから当然大きなことを、それも重要なことを伝えるために来たはずだ。でなければわざわざ呼び出す必要は無いだろうし。
しかし――。
「ローズは………ジール・カンタレラのことをどう思っている?」
「………は?」
思わぬ言葉が出て私は呆気に取られてしまった。
△▼△▼
ジール・カンタレラのことをどう思っているのか………? それはどういう意味なのか。どういう意図で言ったのか。分からなかった。でも、ジョン様は真剣な表情で、私を見ている。冗談とかそういうものでないことはすぐに分かった。
まさか、騎士団に来てこんなことを聞かれるなんて……そんなこと思ってもみなかったが……しかし、ジョン・オルコット様は至って真剣な表情で聞いて来ている。これは真面目に答えなければならないと思った。
「……ジール・カンタレラ様のこと、ですか……彼は優秀な人ですよね。私は卒業パーティー以来会ってませんがその前に、ジール様と勝負しました。……結局、勝負がつかずに引き分けでしたけど……」
あのときのことは今でも覚えてる。
ジール様は強い。剣の扱いもさながら、事務処理能力も高い。そして何より、頭脳戦や心理戦が得意だし。私は心理戦は得意じゃないし、きっとジール・カンタレラに心理戦を挑まれたら負けるかもしれない程に。
「なるほどね……」
「………あ、あの……これは一体……?どうしてそんなことをお聞きになったんですか?」
素朴な疑問だ。なぜそんなことを今聞く必要があるのか。こんなところで聞く内容ではないはずなのに……しかし、王子は……
「いや、ちょっと気になってね……これはおまけ。ここからが本題だよ」
本題……?するとジョン様は立ち上がり、私の目の前に立ちながら、こう言ってきた。
まるで逃さないように、しっかりと目を見て……私に向かってこうはっきりと言った。
「――最近、ローズの騎士団やる気なさすぎじゃないか?」
先までの空気が一変し、重苦しい雰囲気が流れる。……その空気に私は思わず、唾を飲み込んだ。……しかし、そのことについては、私が一番よく思っていること。確かに今のメンバーはやる気がない。団長の私が言う言葉じゃないかもしれないけど、それは事実だ。
これについては、私も団長としてなんとかしたいと思ってる。だが、中々上手くいかないし、団長としての威厳も保てていない。それが私にとって……苦痛だった。
私は団長として、みんなを引っ張って行かなければならない。だというのに、この現状を打破できていないことに落胆していたけども……、
「だから今のやつらに喝を入れてやろう。そう思ってね……ジール・カンタレラと決闘してこい」
命令口調で王子はそう言った。……驚きだ。まさかここでジール様との決闘の話が出るなんて思わなかった。しかし、これならくる理由は納得。でも――。
「私は良くてもジール様が……断られる自信があります……」
ジール・カンタレラにはわざわざ私と勝負する必要性はないし……寧ろ、怒るだろうし……
「あ……じゃあ……」
珍しく、王子がニヤリと笑った。まるでいいことを思いついたと言わんばかりの表情で、私に耳打ちをした。
「ええ?!う、上手くいきますか……?そんな事……」
「上手くいくかじゃない。上手くやるんだよ」
そして、王子は笑いながらそう言った。……ああ、思い出した。ジョン様はこういう人だった。悪戯も大好きだし、人を困らせるのも大好き……というそんな性格の人だったことを忘れていた……私はため息を吐いた。
△▼△▼
待機した部屋で私は、不安を隠せず、うろうろと歩き回っていた。……不安だ。ジョン様から言われたことは…上手くいくか、不安で仕方がない。しかし、今悩んでも仕方ないのも事実……。
はぁ……っと深く息を吐きながら私は座り込むのと同時に、
『ローズー、ジールあっちに行ったぞー!』
と言う声が脳内に響く。この魔法は……テレパスを使った魔法だ。所謂、電話と同じで遠くにいる人に声を届ける魔法だ。私も使えるのだが……正直この魔法に頼るより普通に電話をする方が楽なのだが……
『王子……疲れるので普通に電話で……』
『えーいいじゃん。こっちの方がスパイみたいで楽しいだろ』
スパイみたいって……はぁ……とため息を吐きながら、私は立ち上がり、準備を始めた。……正直上手く行くとは思っていない。むしろ失敗する確率の方が高いとすら思っている。
しかし、これしかあいつらをやる気に出させる方法がないよ?と言われてしまったら……やるしかない。
「どうか……上手くいきますように……!」
と、珍しく祈りながら。
△▼△▼
バチバチ、と火花が燃え広がる。……相手であるジール様。私とジール様は訓練場の中央に立ち、睨み合っていた。……まさか本当に上手く行くとは思っていなかった。
……そう、王子が建てた計画は……
『いいか?まず、ジールにお前が話があると俺が伝える。そしたらジールは戸惑いながらもここに来ると思うから、そこでお前が来てこれは全部スティブーンのせいにした後、ローズが申し訳なさそうな表情をしていたらジールの方から決闘の話を持ち出して来るはずだ。いいか?あくまで表情は申し訳なさそうの表情だ』
……と、いうなんとも雑な計画だったし、正直上手く行く筈もない……と、最初は思っていた。そうはいっても計画通り実行はしたが……
「申し訳ございません。ジール様……」
しかし、申し訳ないのは演技ではなく、本当に申し訳ないと思っている。私に演技を求められても、正直無理だ。
そう思っていたが……ジール様は顎に手を当てて、何かを考えるそぶりをしてから……こう言ってきた。
「なら……久しぶりに勝負しませんか?」
………まさかの王子の計画通りに事が運んだのである。
「(マジか………)」
私は驚きのあまり、声が出なかった。まさか本当にジール様から勝負をするという話を持ってくるなんて……王子の計画通りに上手くいくとは……思っていなかった。私が黙っていると、ジール・カンタレラは慌てて、
「…ごめん。これは冗談で言った……」
「………いいですよ」
こんなチャンスは滅多にないだろう。……これは私としても願ったり叶ったりなのだから。だから私は慌てて返事をした。
△▼△▼
バチバチと対抗していく。そんな火花が舞い散りながら、団員は静かにこの戦いを見ている。勝負の内容はシンプルに剣の打ち合い。魔法を使ってはいけない。それだけだ。
「では、初め!」
団員の声と共に私は剣を振り上げ、ジール様に向かって走り出した。そして――
木と木のぶつかり合う音が響く。私は剣を振り、ジール様はそれを受け止めた。
……ジール様……強くなってる……?正直、予想以上だった。少なくとも私が学生の時より……明らかに強くなっている。剣が弾かれそうになる。だけど……負けられない! それに、私は修行している身。ここで負けたら意味がないのだ。私は力を込めて押し返す。すると、少しだけだが、ジール様は後ろに下がった。
でも、まだまだ余裕だ。それくらいの差はあるだろうと思っていたのだが……ジール様もニヤリと笑っている。私と同じ気持ちなのかもしれない。
それから激しい攻防が続く。何度も剣をぶつけ合い、その度に木霊する音が鳴る。
「(ぐ……このままじゃジリ貧だ…!)」
このままじゃ負ける。そう思った時、私の脳裏にある光景が浮かんだ。それは、私が師匠に勝った時の事だ。その時、私は何を考えていたのか……思い出した瞬間、私は一気に駆け出す。そして、ジール・カンタレラに斬りかかった。
実際、斬りかかるわけではないのだが、その勢いで私はジール様に攻撃しようとする。しかし、ジール様はそれを読んでいたのか、すぐに避けてしまった。
ジール・カンタレラは攻撃力はそんなに高くないが、その分回避能力に特化しているし………!
だからって、諦めるわけにはいかない。
その後も何度か攻撃を仕掛けるが、全て避けられてしまう。だが、ジール・カンタレラの方にも限界があるはずだ。だって、あれだけ激しく動いているんだから……故に隙を突くしかない。
そして、ついにその時が来た。ジール様の動きが鈍くなったのだ。
私はその隙を見逃さず、一気に距離を詰めて攻撃を繰り出して、そして――。
「そこまで!勝者!ローズ・デイル!」
私の勝利が決まった。
△▼△▼
私の勝利が決まった。それは嬉しいこと。……そう、とても嬉しいことなんだ。なのに……どうしてこんなに胸が痛いんだろうか……勝って嬉しいはずなのに、嬉しくないのは……何故?
別にズルをしたわけじゃない。ただ単に全力を出しただけ。その結果がこれなのだ。つまり、実力で勝ったということ。なら、なんの問題もないのに。でも、心の奥底では納得していない自分がいる。
どうしてだろう……?彼が手加減していたのか?いや、そんなことはない。もし、そうじゃなかったら彼に失礼だし。それはそうとして――。
「……団長!俺ら間違っていました!今までサボっていた罰として、今すぐ特訓してきます!」
そう言って団員の一人はどこかへ走り去っていった。それを皮切りに他の団員も慌てて特訓を始めていた。……あの戦い以来、みんな変わっていた。それも、いい方向に。
ジール・カンタレラが皆を変えたんだ。私一人ではとてもここまで変われなかった。団長として、みんなを引っ張っていかなければいけないのに……私は何も出来なかった。
私が勝ったはずなのに。……負けた気分だ。やはり、私はまだまだ未熟者なのだろう。嬉しさより、悔しさの方が勝ってしまった。ダメじゃないか。私は団長として、皆を引っ張っていかなきゃいけないのに。
……だというのに。ジール・カンタレラという存在は、私の心を揺さぶっていく。悔しいはずなのに、何故か嬉しい。そんな矛盾した気持ちが揺れ動く。そして、私の胸を締め付ける。
彼のことを考えると、何故か苦しくなる。自分の弱さを実感してしまうから……
故に、私は自分を誤魔化し続ける。そうでもしなければ、私は私じゃなくなってしまうから。
「ローズー」
声が聞こえてきた。思わず振り向くと、そこにはスティブーンが立っていた。彼は私に近づくと、ニコッと笑いながら、
「今日の俺はちょっと違うぜ?」
突然来て何を言っているんだ……こいつ……ふざけた感じは健在みたいだ。まぁ、どうでもいいけど。
私は彼の戯言を無視しながら、
「………で?何か用?」
「なんだよー。冷たいなぁ」
「用がないならさっさと帰ってよ」
本当に用がないのなら帰って欲しい。こっちは疲れているというのに。だが、私の思いとは裏腹に、スティブーンは話を続けながら、
「用ならあるよ」
「あるの?用があるのなら、早く言ってよ」
「そんなに急かすなよ。ローズはせっかちなんだから」
「うるさいわね……こっちは疲れてるんだから、さっさと終わらせたいの」
そう言うと、スティブーンはニヤリと笑いながらスティブーンはこう言った。
「王子からの伝言を預かってきたんだぜ!」
「王子からの伝言?それなら早く言って。王子に何を言われたの?」
私がそう言うと、スティブーンはドヤ顔でこう言った。
「そうそう!王子がパーティ開くから来いってさ!お前も来るだろ?」
………なんというか……王子といい、スティブーンといい……私の周りには自分勝手な人間が多すぎる気がしてきた。そして同時にこんなことを考えていた自分もバカバカしくなる。
「………いいわ。行くわよ」
「おっ。普段はパーティなんて……って言ってるローズが珍しいなぁ!」
「うるさいわね。行くって言ってんだから、少しは黙ってなさいよ」
「へいへーい」
だから私は思うんだ。今ぐらい……好きなように生きようと。
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