『ローズ・デイルの話③』
あれから数日が経ち――。
私はまだモヤモヤとイライラが止まらないでいた。もちろん、誰にも相談することなく、だ。そんなモヤモヤもイライラも日に日に強くなっていっていた。
こんな気持ちは初めてで。どうすれば良いのかわからなくて。誰かに相談もできなくて。
でも、日に日にイライラやモヤモヤは強くなっていって――……
「……何なの?この気持ち……」
思わず独り言が出てしまうほどに、私の心は不安定になっていた。もうこうなったら――。
「……こうなったら……もう……」
あの男に勝負を挑むしかない。あの男に勝てばこの気持ちの正体を教えてくれるかもしれない。そしてもし勝てたら……その時は、このモヤモヤとイライラの感情をどうにかできるはず!……どうにか出来るわよね?
「(分からないけど……とにかくやってみる価値はある………)」
勝負して何かが変わるわけでもない。ただ単に自分の中のモヤモヤとイライラを発散させるだけに過ぎないのだが……それだけでもスッキリするはずだ。多分……と思いながら私はため息を吐いた。
△▼△▼
ジール・カンタレラに勝負を仕掛けた。私に勝負を仕掛けたとき、彼は驚嘆していた。当然の反応だろう。だって私たちはまともに話したこともないし、そもそもお互いのことを何も知らないのだ。いきなり勝負を仕掛けられたら驚くだろう。
だけど、ジール・カンタレラは承諾した。……それに少しだけ意外だとは思った。だってジール・カンタレラは私のことなんて眼中に入れてなかったと思っていたから。だからこそ、こうして勝負を受けてもらえるとは思っていなかったのだ。……正直、断られても仕方ないと思っていただけに嬉しかった。
これで、モヤモヤが消えるとは思わないが……何もしないよりはマシだと思ったからだ。そして――。
「ジール様とローズ様が勝負をするらしいわー!」
周りにいた女子生徒の声を聞こえてくる。やばい……ちょっと緊張してきたかも……?大丈夫かな……まぁ、やるしかないんだけどね……
「それでは、これよりジール・カンタレラ対ローズ・デイルによる決闘を始めます」
審判役を務める男子生徒がそう言う。すると観客席からは歓声が上がる。……ギャラリーが多いなぁ……。
そしてそのギャラリーの中心にいるのはジール・カンタレラである。
そしてみんなが応援するのは私ではなく、ジール・カンタレラだ。みんなはジール・カンタレラを勝つことを望んでいる。それはそうだ。なんせ相手はこの王立魔法学院で一番の人気者。そんな彼に勝って欲しいと思う人が大半なのだ。
そして、私に勝つなんてことをほとんどの人は望んでいない。そんなことは場の雰囲気で分かったし、期待されていないことも感じていた。
だから、私は別に気にしなかった。そんなことよりも、今は目の前のことに集中するだけだ。
「――では!勝負開始!始めっ!!」
審判役がそう言うや否や、私は剣をジール・カンタレラに向けて剣を振るう。勝負の内容は、剣による模擬戦。相手が戦闘不能になるか、降参するかで勝敗が決まるシンプルな内容だ。
「ジール様頑張ってーーー!!負けちゃ駄目よーー!!」
女子生徒からの黄色い声援が聞こえてくる。それはそうだろう。みんなはジール・カンタレラの勝利を望んでいるのだから。
私の声援は聞こえない。だって、誰も私の応援をしてくれないから。
……私はジール・カンタレラの引き立て役になるだけの存在になっているのを実感していく。それに寂しさも、虚しさも、悔しさも感じた。
「(ずるい……)」
ジール・カンタレラはずるい。だって、私が欲しいと思っているものを全部持っているんだから。私が欲しくても手に入れられなかったものを全て持ってるから。
学年一位という誇りがなかったら、私には何も残されていないから。学年一位という誇りだけが、私が私を私たらしめる唯一のもの。それすらジール・カンタレラに取られたら、私はもう何も残らない。
「(ずるい……羨ましい……)」
私はジール・カンタレラに嫉妬している。私の持っていないものを、全て持っている。
私にないものを全て持っている彼を、私は妬むことしかできなかった。
だって、私がいくら頑張っても彼には敵わないから。私がどれだけ努力しても、彼には絶対に勝てないから。
ああ、もう認めてしまおう。私……ローズ・デイルはジール・カンタレラに嫉妬している。そう思いながら剣を振る。嫉妬の炎は私の心をジリジリと焦がしていく。
それから、私は何度も何度もジール・カンタレラに剣を振るった。だけど、彼は私の攻撃を難なく躱し、防ぎ……そして反撃してくる。その攻撃はとても正確で……でも速くて…それをギリギリでかわしていく。だけど、それも限界で……。
「あ、あの……もう止めましょうよ……!」
審判役の生徒が恐る恐ると言った感じに仲裁に入った。気づけば夕方になっていた。そして、私の身体中は傷だらけで……息も上がっていた。ジール・カンタレラも息を荒げ、疲労の色が見えていた。
そして、審判役の生徒が私たちの身体を気遣って決闘を止めたのだ。
「……そうね」
私は頷き、剣を鞘にしまう。するとジール・カンタレラも同じように剣を収めたのを見て、
「ジール様、ありがとうございました。また機会があったら勝負しましょう」
そう言って私は去っていった。
△▼△▼
あれから。私たちは卒業した。結局、私は一位を譲ることなく、卒業してしまった。しかし、相変わらず、ジール・カンタレラは余裕そうな表情をしている。それが悔しくて仕方がない。
だって、ジール・カンタレラは最後まで私のことを敵視しなかった。私がどんなに彼に劣等感を抱いていても、彼は私を敵として認識しなかったのだ。
それが悔しい。
………悔しかったのだけど。
「(歳をとると、何にも感じなくなるわ……)」
ジール・カンタレラは王宮で働いていているのは知っている。王宮に働けるのは優秀証だ、と誰かが言っていた。実際そうなので、何も言えないけど。
「よー!ローズーー!」
ふっと、懐かしい声が聞こえた。振り返ると、そこには見知った顔がいた。
「……スティブーン……何?」
彼の名前は、スティブーン・マーティン。私のいとこである。スティブーンはジール・カンタレラと同じく、王宮で働いていて、王子の護衛もしている。
護衛というよりかは、王子の話し相手といった方がしっくりくるかもしれない。前に王子に用事があり、王宮に来たとき、めちゃくちゃ話し相手になった印象の方が強かったけど。
「もうー!相変わらず………愛想がないよねー!」
そう言って、頬を膨らませるスティブーンは見ててキツイものがあった。こういうのは子どもだから許されるのであって……お前のようなおっさんがやっても可愛くない。……と、まぁ、そんなことはどうでもいい。
重要なのは彼が何故ここにいるのかということなのだ。
「何?何かあったの?王子……ジョン・オルコット様と一緒……じゃないみたいだし」
ジョン・オルコットというのは、この国の第一王子の名前である。本来ならレオナルド・オルコット様が第一王子だったりするのだが……今は……その話は置いておくとして……。
「ああ。俺は、ちょっとローズに会いたくなってさ~!久しぶりの休みなんだぜ~」
そう言って、腕を大きく振り回すスティブーンを見て、思わず苦笑いがこぼれる。
なんとも無邪気な行動だが、周りから見ると迷惑極まりないことだろう。現に周りの視線が痛いほど突き刺さっている。……そう、ここは騎士団。遊びの場所ではないのだ。
「そう……でも、私は仕事中なのよ?あんたと……スティブーンと話している暇なんて一秒もないの!」
思わず本音が漏れてしまう。だってしょうがないじゃない。本当に忙しいんだもの。
「もうー!分かってるよー!ここが遊び場じゃなくて仕事場所ってことぐらい!だから俺も用があって来たんだよー!王子の呼び出しだからお前のところに来たんだよ!」
………王子の呼び出し?何それ聞いていないんだけど!?………それなら早く言ってよっ!と思いながら、
「それなら早く言え。で?用件は何?」
「それは……行ってからのお楽しみだよーん!」
スティブーンはニヤニヤしながら、私に言う。……その気持ち悪い笑みがとても苛つく。でも、王子に呼ばれているのなら待たせるわけには……。
「………なら、行くわ。王子は何処にいるの?」
私がそう聞くと、スティブーンはこれまたニヤリと笑いながら、
「応接室だよーん」
スティブーンがニヤニヤと笑いながらそう言った。
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