『マリー・アルメイダの話②』

――勉強も運動も苦手だった。人間、得手不得手があるものだから仕方ない、と父にも母にも言われてきた。だが、どうしても好きになれなかった。

私は努力すれば何でもできると思っていた。だから、勉強も運動も頑張った。なのに……



――何の成果も出せなかった。

どれだけ頑張っても、人並み以上になることはなかった。それがとても悔しかった。どうして、どうして、と毎日泣いていた。



そんなある日、私は急にどうでも良くなった。全てを諦めてしまったのだ。もういいや、と投げやりになってしまって。そんなときに婚約者が出来た。



婚約者は簡単に私の言葉に騙されてくれた。その頃から私は――人を騙し始めたんだ。〝かわいい〟というのは便利だけではなく、武器にもなるものだと気付いた。



優しい声色を使い、甘えた仕草をするだけで男はコロッと騙せることを知った。

男を手玉に取ることは簡単だった。私の思い通りになった。そして、そのことが更に快感になってしまった。だから――。



「マリー嬢」



目の前の男を自分のものにしたくて堪らなかった。どういうわけかこの男は私に夢中になるフリをしている。名前は、ジール・カンタレラ。王立魔法学園ではあのレオナルド様を超えるほどの美少年だと噂されているらしい。



……確かに、この私に夢中にならないどころか騙そうとしてくるぐらいだし、何か裏があるのは確実。……確実、なのに。



「マリー嬢?どうかしたのか?」



「……っ!」



だというのに、この男を見ると逆らえない。頭がボーッとして、何も考えられなくなる。身体中が熱くなって、胸が締め付けられるような感覚に陥る。まるで、自分が自分でなくなってしまったかのような……そんな感じ。



「(レオナルド様とはちょっと違う

気持ち……)」



どんな気持ち?と聞かれたら上手く答えることが出来ないけれど……。でも、決して嫌な気分ではないということだけは分かる。

寧ろ、ずっと浸っていたいと思うくらい心地良い。



「マリー嬢。愛してるよ」



嘘だらけの言葉。本心なんて一切含まれていない言葉。それなのに、私は何度もこの男の言葉を信じて、溺れていく。嘘だなんて分かっているのに。それでも信じてしまう。



側から見たらなんてバカバカしいのだろう。昔の自分が見たらきっと鼻で笑うに違いない。でも、初めてだったから。



レオナルド様もクラウスも私がちょっと何か言えば直ぐに騙されてくれた。

だけど、ジール様は違った。愛の言葉を囁いてもありがとう、と言うだけ。偽の笑顔を張り付かせてお礼を言うだけだ。



そんな表情を見て私はメラメラと対抗心を燃やしていた。……必ずあの男を私に惚れさせてみせる!と、私はそう思った。



△▼△▼



――騙されていると分かっていたのに。なのに、止められなかった。あの男が欲しくて堪らなかったのだ。でも、彼は、私の言葉なんて全て嘘だと思っている。私のことなんて何とも思っていない上に……



「……ハニートラップだったなんて……!」



知ったのは、この前の話し合いのこと。クラウスとカトリーヌ・エルノーの卑劣な罠だったらしく、私はまんまと騙されたらしい。あの男を本気にさせたかったのに。好きになってもらいたかったのに……。



……全部、無駄になってしまった。あの男は任務を遂行しただけ。それだけの話だと。私はその事実を知って呆然としていた。だって、こんなのってないじゃない。あの時、私は本気で彼に恋をしたのに。あんなにも好きだと思ったのに。なのに、あの男は私を簡単に切り捨てた。



そもそも、最初っから私に興味なんてなかったんだ。ただの道具としてしか見られていなかった。私はつまらない小道具の一つにしか過ぎなかった。

――悔しくて悲しくて仕方がない。涙が溢れてくる。私は枕を思いっきり殴った。



自業自得?そうだ。確かにそうかもしれない。今まで散々やらかしてきたから。だから罰を受けた。これは報いだし、当然の結果、だとクラウスに言われた。笑われて、ざまぁみろ、と言われた。



一時的に、私のことを惚れた男だというのに!……あの男には私にそんなことを言う資格なんてものはない、と言ったらあの男は笑ってこう言った。



『……確かに、そうかもしれねぇ。お前に出会った時、俺は本気で信じていたし、本気で愛してると思っていた。……でも、お前はそうじゃなかったし、俺一人だけだった。俺だけが一方的に好きになっていただけだ。……だからそこについては笑っていない。俺が笑っているのはなぁ!』



バンッと机を叩きながらクラウスは叫びながら立ち上がった。



『あんだけ惚れていた男に、裏切られて捨てられて弄ばれて傷つけられたお前を見ると昔の自分を思い出して笑っていたんだよ!!』



そう鼻で笑われた。それに言葉を返す気力なんて、残ってなかった。――ただ、その言葉に、私は、何も言い返せなかった。……ああ、そうさ。その通りだよ。私が馬鹿だったよ。

あーあ、バカらしくなってきた。もうどうでもいいわ。あいつなんか大嫌いだ。



最初に出会った時から、愛という感情が欠陥していた男。愛というものを貰えず、仕方なく、私があげてやったというのに。その恩も忘れ、あっさりと捨てた男。



否、私の方が先にあの男を捨てたんだったわ……それでも、私からあんな魅力もないあんな女に惚れるなんて馬鹿げてると思う。

嗚呼、本当にバカらしい。あの女が私の代わりだなんてバカにしているにも程がある。



まだエリー様や、ローズ様なら分かるけど。何であの女わけ?クラウスがどんな奴と付き合うかは勝手。だけど、私の代わりがあんな女?あんな自分の意見も持ってない無口でつまらない女が私の代わり……?



「(あり得ない……と思っていたけど……)」



もうどうでもよかった。あのつまらない二人同士お似合いね、と皮肉を言う気も起きないぐらいには。



「(……そんなくだらないことより私は新しい男を探さないと!)」



あんなくだらない男――クラウスとレオナルドなんかに構っている暇なんてなかったのだ。ジール様に似ている男を探すのよ。私に相応しい男を見つけて、惚れさせるのよ!と、私は意気込んだ――。

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