『カトリーヌ・エルノーの話①』

――私、カトリーヌ・エルノーはずっと流されて生きてきた。何を決めるのにも、いつも他人に決められていた。



だってそうすることでしか自分の価値を見出せないから。両親に従っていれば、レオナルド殿下に従っていれば、私の存在意義はあるのだと思っていた。だけどそんなのただの思い込みだった。



だってレオナルド殿下とは婚約破棄したし、レオナルド殿下に復讐をするときでさえ、他人任せで自分じゃ何も決めてないんだもの。私は自分で道を切り拓いてなんかいない。いつだって他人の言うとおりに動いてきただけ。



そんなのはもう気づいていた。でもどうしたらいいのかわからない。私にはもう何もない。何がしたいのかもわからない。ただひたすら空っぽ。それがあのときの私だった。



でも、この自分をどうにか変えたいと思った。だから、私は、自分を変えたくて魔法省に就職した。周りからどれだけ反対されても、意地になって魔法省に入った。



幸い勉強だけは出来た。それが何もない私の唯一の長所と自負している。だから、どんな部署に配属されても頑張ろうと心に決めた。たとえ上司や先輩から疎まれようとも、仕事さえできれば文句はないはず。

そして配属された先は魔導具開発部だった。



新米の私をこんなところに連れてくるなんて嫌がらせか? と最初は思ったけれど、魔導具開発部は私が想像していたより遥かに居心地の良い場所だった。

みんな優しい人ばかりだし、なによりも魔導具を作るのが楽しかった。



特に、魔力がない人間でも使える魔道具の開発をしているときは、胸が躍った。

この世にまだ存在しないものを作り上げる。そのことにワクワクする気持ちを抑えきれなかった。



だが、その部署とは一年で変わり、次は魔法生物管理課に配属された。

ここはなんというか……うん、一言で言うならブラック企業だ。毎日朝早くから夜遅くまで働かされる。残業代はもちろん出ない。休日出勤は当たり前。有給休暇もまともに取れたことがない。



過酷すぎて辞めようかなと思ったことも一度や二度じゃない。でも、あれだけ周りに反対したされて入ったところなのに辞めますなんて言えるわけがなかった。


だから耐えるしかなかったある日のこと。



「もう我慢出来ないわ!こんなところにいられるもんですか!」



突然、エール様が大声を上げた。

エール様は私の上司であり先輩でもある女性だ。

エール様は元々王宮勤めの貴族令嬢だったが、ある事件をきっかけに魔法省で働くことになったらしい。詳しいことは知らないけど、とにかくすごい方なのだということはわかる。

そんなエール様に私は尊敬の念を抱いている。



そんなエール様がとうとう爆発してしまったようだ。今まで私より理不尽な場面に遭遇しているにも関わらず、いつも笑顔を絶やさなかったエール様。

そんなエール様が初めて怒りの声をあげたのだ。



余程のことがあったに違いない。

エール様はそのまま自分の席に戻り、パソコンを起動させた。何をするつもりなのか不安になりつつも見守っていると、いきなりエール様の魔力が急激に高まっていくのを感じた。



「え?エール様?何を……されるつもりなんですか?」



エール様は私からの問いかけには一切反応することなく、そのままパソコンにすごい速さで何かを入力していった。

凄いタイピング技術。私には真似できないような早打ちだった。



「エール様……一体何をなさるおつもりなんでしょうか?」



「辞める前にひと暴れしようと思って」



「え?」



辞める?やめるっておっしゃった!? それにひと暴れ……? 全く理解が追いつかず、ただ茫然とエール様のことを眺めていると、パソコンから見慣れない画面が出てきた。その画面にはいろいろと文字が書かれていた。



「カトリーヌちゃん、安心しなさい。あんた達に迷惑はかけないし、働きやすくするから」



そう言ってエール様はウィンクをした。

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