『ジール・カンタレラの話⑥』

――呼ばれた原因を探しながらも、僕はため息を吐く。王子に呼ばれるなんて、一体何の用なのだろうか?



「失礼します。お呼びでしょうか?王子」



「ああ、ジール!よく来たね。そこに座ってくれたまえ」



そう言って王子は僕を自分の向かい側の席に座るよう促すと、僕は言われるがままに席に着くことにした。すると、早速本題を切り出した。



「実は君に頼みがあって呼んだんだ」



……王子――ジョン・オルコットはこの国の第一王子である。レオナルド・オルコットが腑抜けている今、ジョンがこの国を治めていると言っても過言ではない。



彼はとても優秀な人で、次期国王として相応しい人物だと僕は思っている。

そんな彼が僕に頼み事なんて……一体何だろうか? 僕が首を傾げていると王子は少し言いづらそうにしながら口を開いた。



「実は騎士団長であるローズ・デイルがお前と話がしたいそうなんだ」



……は?騎士団長であるローズ・デイルが僕と話がしたい?何故だ。意味がわからない。僕が混乱していると、王子はさらに話を続ける。



「それは……その……用件とかは聞いてますか?王子に頼んだのです。当然仕事の話だと思うんですけど……」



「いや、私は何も聞かされていないよ。ただ『ジール・カンタレラを連れてきて欲しい』と言われただけだからね」



それを聞いてますます訳がわからなくなった。どうしてローズ・デイルが僕のことを呼んでいるのか全く検討もつかないし……



「まぁ。とりあえず行ってみた方がいいと思うぞ?何か重要なことかもしれないしな」



「……わかりました」



と、僕は渋々承諾した。



△▼△▼



「ここがローズ・デイルが指定してきた場所か……」



王子から言われた場所は騎士団の訓練所だった。



「(……ここで本当に合ってるんだよな?)」



不安になりながら中に入ると、そこには騎士団員達が訓練をしていた。

その中で一際目立つ女性がこちらに向かって歩いてきた。




「来たか。待っていたぞ」



数年ぶりに聞く声がする。数年前なら憎くて仕方がなかったはずの声なのに、今では懐かしさすら感じる。

彼女は美しい金髪を腰まで伸ばしており、凛々しい顔立ちをしている。身長は高くスラッとしている体型で、胸は大きくはないがスタイルが良いと言えるだろう。



……学園にいる時より更に綺麗になっている気がするがそれは気のせいではないだろう。だが、そんなことは些細なことである。そう、彼女が何の用で僕を呼び出したのか。それが一番の問題なのだ。



「……お久しぶりです。ローズさん。……そして僕にどんな用があると言うのですか?」



僕は警戒心を抱きながら彼女に問いかけた。すると彼女は頭を下げてこう言ったのだ。



「すまない。ジール・カンタレラ。貴公には謝りたいことがあるのだ」



「……えっ?」



まさか謝罪されるとは思ってなかった僕は思わず呆けた顔をしてしまう。……謝っている――?彼女が?僕に……?



「実はこれ私が呼んだわけではなく、あいつ……ステ……いや、私のいとこが勝手にやったことなんだ」



「いとこがそんなことを……?」



「すまない。私も今知ったんだ。だから今手紙を送ろうにも入れ違いになってしまうと思ってな……」



なるほど……そういうことか。それなら納得がいくな。……しかし……



「……なら。久しぶりに勝負しませんか?」



……思わずそう言ってしまった。何故こんなことを言ったのか。自分のことなのに理解出来ない。当然彼女も困惑している。



「……ごめん。これは冗談で言った……」



「いいですよ」



……と、彼女はそう言った。



△▼△▼


――何故こんなことになったのだろう……と、僕はため息を吐きながら、目の前に立つローズ・デイルを見る。

ローズ・デイルは相変わらず無表情でこちらを見つめており、そして僕はその手に握られている木剣を眺めた。



「この二人の勝負、あの時以来ですね……」



「あの時は引き分けでしたけど、今度はどうなるんでしょうか……」



周りにいるギャラリーの声を聞き流しながら、僕はもう一度ため息を吐く。随分と注目度が高いみたいだ。



まぁ、無理もないか……僕はともかく、ローズ・デイルは騎士団の団長なわけだし……。

そんなことを考えているうちに、審判役の先生が二人の間に立ち、木剣を構えるように指示を出す。



「では、始め!」



「はああああっ!!」



先生の開始の合図と同時に、ローズ・デイルが気合と共に踏み込んでくる。

それに対して僕もまた地面を強く蹴り、彼女と距離を詰めていく。



「……ぐ……っ!」



やはり彼女は強い。彼女の一撃を受けるたびに、腕に痺れを感じる。相手は日々鍛錬している騎士だから当然と言えば当然。対して僕は学園を卒業して以来事務仕事ばかりしていたし、身体を動かすことも殆どなかったから当然の結果と言えるだろう。

だがそれでも……負けるつもりはない! そう心の中で叫びつつ、



「ま、まだまだ……!」



歯を食い縛りながら、どうにか攻撃を防ぎ続ける。

しかし、このまま防戦一方というのはダメだ。こんなの僕が負けているようなものじゃないか。

なんとか反撃に転じようと、必死になって考える。……が、考えれば考えるほどに焦りが生じて頭が真っ白になってしまう。



そしてやがて――。



「っ……!」



とうとう僕の防御が崩れ、ローズ・デイルの木剣によって弾き飛ばされてしまった。声も出ないほどの衝撃に、僕はそのまま地面に倒れ込む。



「……」



地面に仰向けに倒れたまま、荒い呼吸を繰り返しながら空を見上げる。

するとそこには雲一つない青空が広がり、太陽の光が降り注いでいた。……ああ、やっぱり綺麗だな……。



「勝者、ローズ・デイル!」 



そんなことを思っていると、審判役を務めていた先生の声が耳に届く。それと同時に周囲で見ていた生徒達や先生達の歓声が聞こえてきた。……うん、やっぱり凄いな。やっぱりローズ・デイルには敵わないよ……



そう思うと僕は途端に惨めになり、思わず泣きそうになった。でも、泣くことなんて許されない。だってこれは……僕が決めたことだから。




△▼△▼



そして翌日。僕はため息を吐きながら溜まってあった資料を整理していく。昨日は休んでしまったし、今日中に終わらせないとまた皆に迷惑をかけてしまうことになるかもしれない。それだけは避けたいところだ。 



……とは言っても、やはり昨日のことを思い出して手が止まってしまう。ため息を吐いたところで何も変わらないというのに……



「よぉ!ジール」



と、後ろからポン、と肩を叩かれた。ニコニコと笑みを浮かべながらこちらを見ているのは……



「……スティブーン。いきなり声を掛けるなよ、びっくりした」



「ははっ。わりぃわりぃ……」



悪びれもせず謝罪の言葉を述べるスティブーンに少しムッとしつつも、僕は資料の整理を再開しようとすると――。



「ごめんって!にしても、聞いたぞ。ローズ・デイルに負けたんだってな」



「……そうだけど。何?それを言うためだけにわざわざ来たの?」



僕がぶっきらぼうにそう返事をすると、スティブーンは苦笑しながら言った。



「おいおい……それだけのために来るわけないだろ?お前は俺にとって一番大切な友達なんだからよ」



「は?き、急にどうしたんだよ……気持ち悪い」



「酷いわー。辛辣だわー」



「それに王子の護衛は?お前仮にも王子の護衛だろう?」



「ああ、それだったら心配いらねぇぜ。今は休憩時間だからサボってる訳じゃないからな!それに、久しぶりのローズに会えた感想でも聞こうと思ってな」



そう言いながら、彼は近くの椅子に座りこんだ、ただでさえ、昨日は仕事が手につかなくて皆に迷惑を掛けてしまったから、あまり休むわけにはいかないのにこいつは…!



「僕は暇じゃないんだけど……」



「大丈夫だって、ちょっと話すだけだし。俺のおかげでローズと再会出来たわけだし、良いだろ?」



………俺のおかげ?その言葉が理解しがたく、怪訝な表情でスティブーンを見ると、彼は僕の表情を読み取ったのか言葉を続けた。



「ローズとまた勝負できたのは俺のおかげ……と言いたいところなんだけど、実はジールのお陰なんだよ」



「……どういうことだ?」



僕がスティブーンに問い返すと、彼は苦笑を浮かべながら答えてくれた。



「だから俺がローズとジールを引き合わせたの!」



「……は?」



思いもよらない言葉に僕は言葉を失った。



「俺がジールとローズを引き合わせたんだから!感謝しろよ?」



「そんなこと言われて感謝すると思う?あと勝手に引き合わせるな」



僕はスティブーンの言葉に少しイラッとしつつも、冷静に対応する。ていうかそもそも頼んでねーし。



「余計なことしないでくれない?迷惑なんだけど。ローズさんにも迷惑かけて申し訳なかったし」



「それローズにも言われたー。何でお前らは好き同士なのに素直になれないわけ?」



「はぁ?何言ってんだお前。僕とローズさんが……好き同士?……どこからそんな考えが出てくるんだよ、馬鹿じゃないの?」



恋愛脳なスティブーンの発言に呆れつつも、僕は思わずため息を吐いてしまう。

僕とローズさんが好き同士とか……あり得ない。だって彼女はこの国の騎士団の団長だし、僕はただの王宮の事務員なわけだし。 



そもそも、僕と彼女は身分が違うんだ。そんな僕らが結ばれることなんて絶対にあり得ないし。それに僕は……



「恋愛的な意味では好きじゃねーよ。ていうか、恋愛なんて僕には無縁なものだし」



「そうかー?俺はジールとローズはお似合いだと思うけどな」



「……はいはい、ありがとね。とりあえず僕は仕事に戻るから」



そう言って資料整理を再開しようとしたのだが……



「本当に?本当にいいの?」



「ああ、そうさ。何でもかんでも恋愛に絡めんな。ほら、邪魔だからどけって」



僕はそう言うと、まだ何か言いたそうなスティブーンを押し退けて仕事を再開させているとスティブーンはぶつぶつと文句を言っていたが無視して仕事に没頭しているといつの間にか静かになっていた。



△▼△▼



ローズ・デイルと恋愛関係になることなんてあり得ない。あの頃からあるのは嫉妬と劣等感だけ。今はまだマシになったが、昔は毎日のように劣等感を抱いていたものだ。



「……それに僕は恋愛に興味なんてないし……」



本音を口にしつつ、僕はため息を吐く。僕は誰かを愛することも愛されることも望んじゃいない。別に結婚願望もない。故に、今日も僕は……



「ここで仕事をしよう」



誰からも干渉されず、一人で淡々と作業をこなす方が性に合っているし。だから今日も恋愛の話は聞かずに現実逃避をしつつ、仕事をしていた――。

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