『ジール・カンタレラの話⑤』

あれから数年が経った。あの勝負からローズ・デイルと話すことはなく、卒業を迎えた。



結局、あの後ローズ・デイルと勝負することはなかった。だから何で、彼女から勝負を挑んできたのかは未だにわからないままだ。モヤモヤはするが、今となってはもうどうでもいいことだ。



そして僕は今……学園を卒業して、王宮で働いている。

最初は雑用係だったが、少しずつ仕事を任せてもらえるようになった。今は書類整理や報告書の作成などを主にやっている。大変だけどやりがいのある仕事だし、何より自分が必要とされていることが嬉しいから頑張れる。



ちなみにローズ・デイルはあの後すぐに騎士団に入り、今は副団長にまで上り詰めたらしい。女騎士として凄い活躍をしているそうだ。



ローズ・デイルの活躍が凄まじく、今では女性ながらに男顔負けの実力を持っていることから〝戦乙女〟なんて呼ばれているとか…そんな話も聞いたことがあるな。  



まぁ、僕には関係ないけど……最近ローズ・デイルの活躍話を聞いても何とも思わなくなった。……これも大人になったってことなのか……?



「ジール様!少しよろしいですか?」



僕に声をかけてきたのは後輩の部下だったような……名前は確か……えーっと…やばい……思い出せない……

でも多分僕のことを慕ってくれてる子だと思うし、無下にするわけにもいかないよな……



「ジール様。これを受け取ってください!」



そう言って部下の子が差し出してきたものは小さな箱に入ったお菓子のようなものだった。



「……これはクッキーかな」



「は、はい!もし、良かったら食べてください!」



…顔を赤くし、緊張した様子で渡してくる姿を見ると思わず、ため息が出てしまうのをグッと堪えて、微笑みを浮かべながら、



「ああ、ありがとう。あとで頂くとするよ」



と言って受け取ることにした。



「そ、それでは失礼します!」



そう言うと彼女はパタパタと足音を立てて走り去っていく。それを見届けながら、貰ったクッキーを見る。



「(……捨てるのは勿体ないけど……面倒くさいな)」



正直、甘いものがそこまで好きではない僕は、こういうものを貰っても困るのだ。というか、よく分からない人からもらったものを食べる気にはならない。

しかし、せっかくくれたものだし……と思っていると、



「ジールー。お疲れさまー」



声をかけてきたのは同僚であるスティブーン・マーティンだ。彼はこの国の王子の護衛であり、僕の上司でもある人物なのだが……いつも女をナンパし、仕事をサボりまくるというダメ人間っぷりを発揮していたりする。



「……お疲れ。スティブーン。今日は何をしていたの?」



「ん?王子の護衛だよ。護衛なのに俺の方がモテモテだったわ。流石俺だな!」



……やっぱりこの人ダメだな。仕事はできるんだけどなぁ……悪びれもなく堂々と言う姿に呆れていると、



「そういえば、お前また女の子からお菓子貰ってたな。モテる男は辛いねぇ」



「見てたの?……なら、丁度いい。貰って」



「え?俺はいいけどいいの?女の子はお前に渡しに来たんだろ?」



「僕は甘いものが苦手だし、スティブーンは甘いもの好きでしょう?だからあげるよ」



「ええー……そんなおこぼれみたいな……でも、いいの?その子、お前に気があるんじゃないの?」



「されても困るので……それに、僕はそういうのに興味ないので」



「そう?勿体ないな~……まぁ、そういうことならありがたく貰うわ。サンキュー」



そう言うと彼はお菓子をポケットにしまい込みながら、



「そういや、ローズ・デイルが騎士団長に就任したらしいな」



と言ってきた。突然出てきたローズ・デイルの名前に少し動揺してしまうが、すぐに平静を取り戻して返事をする。



「……そうみたいだな」



「あいつ凄いよなぁ。女で騎士団長なんて前代未聞だぜ?しかも、あの美貌だしな。男よりも強いし、人気あるよな。俺こっちの護衛に来て良かったわー。あそこローズ・デイルのお陰で競争率高いからなぁ」



そう言って笑うスティブーン。彼もまた騎士団を目指していたらしいが、王宮にスカウトされたらしく、今はこうして王宮で働いている。



「……あ。それと!ジール!お前さー!王子に呼ばれてたぜ?」



スティブーンの言葉に僕は首を傾げた。

王子に呼ばれるなんて……何かやらかしてしまったのだろうか?と、僕が不安になっていると、



「ま、安心しろ、悪い知らせじゃないと思うから。……多分」



そんなことを言われてますます不安になったのだった。

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