『ジール・カンタレラの話②』

「ジール様……愛していますわ……」



そう言って、彼女は俺の胸に顔を埋めてきた。顔を赤くし、瞳を潤ませている。その笑みを見て……



「(反吐がでる……)」



今すぐにでも、引き剥がしたい衝動に駆られる。だが、それをぐっと堪えた。ここで下手なことをすれば、全てが台無しになる。俺はゆっくりと彼女の肩に手を置いた。



「僕も愛しているよ……マリー嬢」



優しく囁くように言うと、彼女は嬉しそうな表情を浮かべて見上げてくる。嘘だらけの言葉を並べて、彼女を抱き寄せる。



「(場合によっては、身体を抱かなきゃいけないのか……?)」



――もし、そんなことになったら……。

ゾッとした。こんな気持ちの悪い女を抱くなんて、想像しただけで鳥肌が立ちそうだ。



「(……そうなったらサラリとかわし、隙を見て逃げよう……ったく。面倒なことに首を突っ込んじまったぜ……)」



何故こうなったかと言うと、それは数週間前に遡る――。



△▼△▼



数週間前。僕はマリー・アルメイダの浮気相手を頼まれた。二人とも、駄目元で頼んできたことは明白だった。普段の自分なら、絶対に引き受けなかっただろう。しかし、そのときの僕は……



「(この……現実から逃れたい……)」



それしか考えていなかった。だから、承諾してしまった。ローズ・デイルから勝てないという現実から逃げるために。そして現在……。



「(どうしてこんなことに……)」



後悔しても仕方がない。今は目の前の問題に集中するしかないのだ。そう言い聞かせながらため息を吐きながら、マリーの肩を抱いて歩くのと同時に遠いところからカメラの音が聞こえてくる。――パシャッ! また一枚撮られた。正直、不快だ。だが、我慢するしかなかった。



だってこれは……



「(復讐のための布石なんだから……!)」



だから今日も我慢する。笑顔を振りまきながら、彼女をエスコートして歩いた。その間、ずっとシャッター音だけが鳴り響いていた。



△▼△▼



撮影会が終わった後、僕はとある場所に来ていた。そこは空き教室。ここなら誰にも邪魔されずに話ができる。それに盗聴される恐れもないし。



「……ジール様。お疲れ様ですわ」



そう言って微笑むのはカトリーヌ・エルノー。今回の作戦のための協力者である。そしてレオナルド・オルコット殿下の〝元婚約者〟でもある令嬢だ。



「……ああ。本当に疲れたよ……」



思わず愚痴ってしまうくらいには精神的に参っていた。だってマリーの奴……やたらベタベタしてくるし、隙あらばベットに誘ってくれるし。マジで勘弁してほしい。こっちはお前のことなんかこれっぽちも好きじゃないってのに。



「……ご愁傷様です。ジール様」



同情するような眼差しで労ってくるカトリーヌ嬢。



「……もういいよ。それで。撮れたのか?今日も」



「はい。バッチリです。ほら、ご覧になってください」 



そう言って彼女が見せてくれたのは一枚の写真。そこにはマリー・アルメイダと僕が写っている。しかも、キスしているように見える構図だ。実際にはしてないけど。



「よく撮れているな…」



「ええ。私、この仕事向いているかもしれませんわ」

 


そう微笑み合う僕たち。この写真を撮った時、彼女は得意げな顔をしてた。よっぽど嬉しかったらしい。



「これで、浮気相手の証拠は十分ですね」



「そうだな」



そういった瞬間、ガチャリという扉が開く音がした。後ろを振り向くと、そこには――。



「おー。カトリーヌ・エルノーにジール・カンタレラもいるんだ」



ヘラヘラとした笑みを浮かべてこちらに歩いてくるのはクラウス・フォンタナー。この浮気相手役の依頼主である。

そして彼は僕たちの前までくると、ニッと笑ってこう告げるのだ。



「今日もお疲れ!ジール!今日もいい演技だったぜ!!」



そう言って肩を抱いてくるクラウス・フォンタナー。その笑顔を見て、僕は心の中で舌打ちをする。別にこいつのことは嫌いではない。だが、今は機嫌が悪いのでつい素っ気ない態度を取ってしまった。



だが、こいつは気にしていないようだ。むしろ上機嫌で喋り始める。



「復讐準備はまだ時間がかかりそうなんだ。ごめんな。もう少し辛抱してくれよ」

 


一応の謝罪。だが、その口調は軽いものだった。それに苛立ちを覚えてしまうが、言ってしまうのも癪なのでグッと堪えると、代わりにため息を吐いた。



「もういいよ。復讐のためだ。協力すると言った以上、最後まで付き合うさ」



これは本心。もう後戻りはできない。僕は覚悟を決めたのだから。



だから、できる限りの協力はするつもりだ。僕がそう答えると、彼は嬉しそうに笑いながら、



「頼りにしてるよ」



そういってクラウス・フォンタナーは笑った。

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