『ジール・カンタレラの話①』

僕の名前はジール・カンタレラ。幼い頃から英才教育を施された、エリート中のエリートだ。

僕はこの世界で一番の頭脳を持つと自負している。



自惚れではなく、事実として僕は天才である。魔法能力も高く、剣術だって得意だし、知識量だって人一倍ある。

故に、周りからも崇められ、尊敬され、羨望の眼差しを向けられて、〝神童〟とまで呼ばれた。



故に、僕は調子に乗っていた。自分が一番だと思い込んでいた。

しかし、それは思い上がりでしかなかった。

僕の傲慢さを諫めるかのように、突如として現れた奴は、圧倒的な力で僕をねじ伏せたのだ。



その名は、ローズ・デイル。彼女は天才だった。天才と持て囃された僕を、軽々と凌駕するほどの。

そして僕は知った。自分が井の中の蛙であったことを。自分の器があまりにもちっぽけであることを。



彼女と出会うまでは、自分は特別な人間だと本気で思っていた。でも違う。僕なんかよりずっとすごい人が、この世にはいるんだってことに気付かされた。



魔法能力なら負けないと思っていた。剣術なら勝てると思っていた。知識量では勝ってると自負していた。なのに……彼女はそれを全て覆した。



決して挑発をされたわけでも、喧嘩を売られたわけでもない。

ただ純粋に抜かされただけだ。ただ単純に負けただけだ。しかも、彼女は僕のことなんて認識すらしてなかった。ただ無関心に通り過ぎただけだった。

それが悔しかった。腹立たしかった。許せなかった。



でも、それを表に出すことは絶対に許されないこと。それを出したらみんなが離れていくことなんてわかっていたから。

だから僕は我慢するしかない。彼女が気に食わないとしても、彼女のことが嫌いだと思っていても、彼女に負けたことを認めたくないと思っていても、その感情を押し殺すしか道はない。



だから必死に取り繕った。今までと同じように、〝平気だよ?〟って顔をしながら、いつも通りに振舞った。そうすることが一番正しいと思ったから。

それでもやっぱり、心の中では嫌な気持ちが溢れていた。どうして僕じゃなくてあいつなんだって。なんでこんなにも差が生まれてしまったのかって。



だから決めたんだ。彼女を打ち負かすために努力しようって。彼女よりも強くなってやるって。

今はまだ無理かもしれないけど、いつか必ず超えてみせる。その時こそ、僕は本当の意味で〝天才〟になれるはずだから。



△▼△▼



そして――あの日から僕は彼女に静かに対抗心を燃やしていた。でも、僕の心の中だけに留めておくつもりだった。

だってそんなこと言ったところで、きっと鼻で笑われるだろうし……何より恥ずかしいし。



だけど三年近く経っても、一向に勝てるビジョンが見えてこなかった。

剣の腕は未だに及ばないし、魔法の威力も敵わない。勉強に関しても全然勝てていない。むしろ最近はどんどん差をつけられている気がする。

否、彼女以外なら勝てるんだ。でも彼女だけはどうやったって敵わない。



悔しかった。憎かった。殺したいほど恨んだりもした。

でも、それでもなお彼女を超えたいと思う自分がどこかにいて……結局、僕は心の中で葛藤し続けながら生きていたのだ。



僕は彼女を超えない限り、本当の意味で〝天才〟にはなれないと理解してしまったから。だからどんなにつらくても頑張るしかないんだと思った。

ローズに勝って、それで初めて自分は変われると思ったから。そして何より、彼女に負けたまま終わるのは絶対に嫌だったのだ。



だというのに……一回も勝てない上にローズ・デイルは俺のことなど眼中にすらないかのように振る舞っている。

その度に、炎みたいに燃え上がるような怒りと憎しみの感情がふつふつと湧き上がってくるのだ。



それと同時に、彼女を超えることなんて最初から無理なんじゃないかとも思い始めるようになったのだ。

こんなに努力しても届かないのに、これ以上どうしろって言うんだよ……って何度も思ったりもした。諦めてしまいたかった。もう駄目かもしれないと心が折れかけたことも一度や二度じゃない。



でも諦められなかった。どうしても諦めることが出来なかったんだ。負けたまま終わるなんて納得いかない。そんな時のことだ。



「ジール・カンタレラか……確かにあいつならスペック高いよなー。成績も申し分ないし」



耳に飛び込んできた会話に俺は思わず足を止めた。

ちらりと視線をやると、そこには――。



「(あそこにいるのは……カトリーヌ・エルノーと……クラウス・フォンタナー?珍しい組み合わせだな……)」



カトリーヌ・エルノーといえば最近、レオナルド殿下と婚約破棄されていたしクラウス・フォンタナーもマリー・アルメイダに婚約破棄されていたし。大方、復讐したいとかそんな感じ?だけど、今の俺にはそんなことどうでもよかった。あいつらが何を話していたのか、それが気になって仕方がなかったからだ。



故に……



「僕が……どうかしたのか?」



思わず、二人に話しかけていた。

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