第36話 予想外の結末

 まず、学民党の若手議員が議長の元へ向かった。それから、議長に何やら耳打ちする。すると、議長は眉間に皺を寄せて、生徒総会の中断を宣言した。すぐに映像配信の音声を止めるように指示がなされる。


 何かあったのかと数緒が、湊に尋ねる。しかし、湊も首を傾げる。ちょっと聞いてきますと湊が席を立った。


 他のクラス代表もざわめいている。だが、一部のクラス代表は動じていない。彼らはこの事態を理解しているようだ。その内の一人が、数緒の近くに座っている。



「どういうことだ? 世良副会長」



 世良は応えない。代わりに、立ち上がって数緒の前にさっと出た。彼の表情は落ち着いたものだ。澄ました顔で数緒を見下ろした。



「浜部会長、ここが引き時です」


「何がだ?」


「恋愛税。税金の導入に反対はしませんが、慎重であるべきだというのは学民党全員の共通認識です。ここまで反対されている中で行うべきではありません」


「反対なんてされていない。しているのはあそこにいる愚弟だけだ」


「えぇ、いい問答でした。弟さんはしっかりされた方ですね。彼との問答を受けて、SNSでは税金導入に反対の声が多くあがっています」



 世良は、スマホを数緒に掲げてみせた。仕方なく、数緒も自分のスマホで学内のSNSにアクセスする。そこには恋愛税に関する批判のコメントが多く書き込まれていた。時間も若い。おそらく生徒総会の中継を見てから書き込まれたものだろう。いつもの生徒総会であれば、同時接続など数百程度なのに、今は五千人が同時に視聴している。


 恋愛というキャッチ―な話題に食いついたのか。もっと他に重要な案件があるはずなのにそちらは見ずに、こんな話ばかり注目するのだから困ったものだ。しかし、SNSに書き込まれた有象無象のコメントなど考慮に値しない。



「反対する者は常にいる。だが、そんなものに影響されてはならない。大事なのは生徒総会、この場所だ。選挙によって選ばれたクラス代表、彼らによって採決される。これが民主主義だろ。強引でも何でもない。俺は正しい手続きを踏んでいる。非難される覚えはない。むしろ民主主義を否定しているのは君だ、世良副会長。これは暴力。君らしくない不当な行動だ」


「ですから、生徒総会は中断させてもらいました。浜部会長の言う通り、このままいけば正当な手続きを経て、恋愛税は可決されるでしょう。けれどね、それでは困るんですよ」


「困る?」


「生徒会の支持率が低過ぎます。このままでは次の選挙に響くと判断しました」



 世良は声を潜めて、数緒の耳元で告げた。本来は外で話すことのない内容。中継の音声を切ったのはこの話をするためか。数緒は、世良と声のトーンを合わせて応じる。



「それは君とも話し合ったはずだ。恋愛税可決後には、学園祭を盛り上げて、生徒の信頼を取り戻すように努めると」


「それでも低過ぎますよ。学民党OB会で、浜部会長は次の選挙に必ず勝つと言いましたよね。話が違いますよ」


「そんなことないだろ! 今はまだ生徒の理解が及んでいないだけだ。これから対話を重ねていけばきっとわかってもらえる! 君だってわかっているはずだ」


「今日まで待ちました。生徒への説明責任を果たし、信頼を回復することができれば、何も反対するところはありません。しかし、支持率は低迷したまま、そして、挙句の果てに、先ほどの問答。もう支えることはできません」


「待て! 俺は負けてなかった!」


「えぇ、浜部会長の方が論理的でしたね。ただ、熱の入りようは弟さんの方がよかった。感情論も交えると、フラットに見て互角でした。わかっていますよね、互角ではダメなんですよ。弟さんを完全に論破し、生徒を説得できていれば話は変わったかもしれませんが、あれでは生徒の信頼を得られません」


「……どうするつもりだ? 君一人で何ができる?」


「はは、政治家ならばもうわかっているでしょ。僕が浜部会長の前に立っているということは、既に準備は終わっています」



 そこで、待ち構えたように学民党のクラス代表が立ち上がった。全員ではない。立っているのは青柳派の連中。既に準備は終わっている。つまり、青柳派の取りまとめは終わっているということか。



「睦月さんとは話がついているはずだ」


「睦月さんも了承済みです。それに、この絵を描いたのはもっと上、OBの方々ですよ」


「四方木OB会長か!?」



 数緒は膝を叩いてみせた。睦月ではなく、四方木OB会長が裏にいる。学園の運営で実行力を持つのは生徒会であり、生徒会役員。OBはあくまで助言役である。建前では。しかし、生徒には卒業後の進路もある。その先には必ずOBが存在する。とすれば、結局のところ彼らに逆らえない。


 だから、OBが積極的に口を出してくることはない。逆にいえば、指示がなされたということはそれは勅命。睦月であろうと世良であろうと、生徒会長であろうと逆らうことはできない。



「判断は僕に任されていました。そして、今、決めましたよ。僕達は恋愛税に反対します」


「考え直せ。恋愛税がこの学園に必要なことは君も理解しているだろ。今可決させないと、今後、いっそう難しくなるんだぞ」


「上の方々は、2年後の50周年記念で政権を握っていることの方が重要だと考えています。浜部会長、もう気づいてください。恋愛増税は失敗したんですよ」


「そんな、はずが」


「まぁ、僕も迷いましたけどね。最後は、弟さんとの問答を聞いて決めました。こんなことを政治家が言うのはよくありませんが、んです。やっぱり恋愛税はおかしいとね」



 世良は、文吾の方を見やって笑った。



「恋愛は自由であるべきだ」



 数緒は、何か言おうとして口を開いたが、これ以上何を言っても現状はよくならないというふうに口を閉じた。代わりに世良が続ける。



「浜部会長。このままいけば恋愛増税は否決されます。そうなれば取り返しがつきません。どうして僕が生徒総会を止めたかわかりますよね?」


「……」



 数緒は天を仰ぐ。じっと動かず、そして、やっと世良の方に視線を戻す。静まった講堂で数緒はぽつりと呟いた。



「恋愛税校則案を撤回する」


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