第35話 嘯く兄、吠える弟

 講内がざわつく。


 数緒の回答がおかしかったからだろう。少し奇をてらった言い回しをしたのだ。反応があってうれしい。残念ながら生徒総会は基本つまらない。既に議論された内容を、こうして生徒会で話し議事録に書き残していく手続きでしかないからだ。ならば、たまにはこういうエンターテインメントも必要といえる。



「恋愛を推奨だって? 何をバカなことを」


「あなたは、学園内で恋愛をしている生徒がどのくらいいるか知っていますか?」


「は?」


「2年前の調査結果になりますが2割程度です。勉強、部活、社会貢献など皆忙しいですからね。恋愛をしている時間がない。それに恋愛にかまけて成績を落としてしまうかもしれない。恋愛に対して億劫おっくうになってしまうのもわかります」



 しかし、と数緒は声を張る。



「恋愛は素晴らしいものです」



 場が静まる。数緒の次の言葉を待っているようだ。



「恋愛ほど人の心を豊かにするものはありません。幸せ、喜び、興奮、高鳴り、いろんな感情を与えてくれます。ときには喧嘩したり、怒ったり泣いたりするこだってあります。けれどもそれらも含めて、人生を彩る花と言えるでしょう。節度をった恋愛関係は互いに高め合い、人をより良く成長させてくれる。私はね、学生はもっと恋愛をすべきだと考えています」


「だったら何で恋愛税なんて導入するんですか!」


「ですから、恋愛を推奨するためです。先ほども述べました通り、なのです。私はこの割合を増やしていきたい。なぜなら、恋愛は素晴らしいものだから。私だって恋愛しています。これは皆さんもご存じの通りでしょう。だからこそ、このすばらしさを皆に知ってもらいたい」



 そこで恋愛税なのです、と数緒は手を広げる。



「恋愛している生徒に協力してもらい、集めたお金で学園祭等のイベントを盛り上げ、恋愛を推進します。さらに、恋愛を認可制にして生徒会がサポートすることによって、恋愛に対する不安を解消します。もう、おわかりでしょう。恋愛税とは恋愛を規制する校則ではなく、健全な恋愛を推奨する校則なのです」



 どこからともなく拍手が起こる。ちょっとした高揚感の中で、言論とは不思議なものだと数緒は思う。恋愛税が正しいか正しくないか。同じものを見ているはずなのに、どちらの立場からでも無限に意見が出てくる。おそらく、答えなどはないのだろう。


 真実は常に灰色で、自らの都合のいいように白とも黒ともいえる。だから永遠に折り合えない。これは議論ではなく討論。話の終着点などない。


 進歩性も発展性もない言葉遊び。手慣れた者ほど、ただの児戯だとあざ笑う。しかし、数緒はそう思わない。何の意味もないかもしれないが、相手を煙に巻くのは、何というか、楽しい。


 

「それでも、僕は恋愛税に反対です」



 文吾は反論する。この話もそろそろ大詰めだ。弟の話を聞いてやろう。何を言うのか見物みものだ。



「会長の話は、詭弁きべんです。恋愛税と恋愛認可制に関する校則は、誰が何と言おうと恋愛の自由を縛る規制であり、恋愛を阻害するための税制度です」


「生徒会の考えとは異なります」


「恋愛をするのは人の自由です。生徒会によって縛られていいものではありません!」


「自由と責任は表裏一体です。自由を謳歌おうかしたければ、責任を負わなくてはならない。逆にいえば、責任を負えないならば自由はない。現状、生徒側が責任を負えているとは言えないことは先に述べました。だとすれば、ある程度の自由を制限されるのは当然です」


「それは自己責任の範囲内でしょう。恋愛にかまけて生徒の成績が下がるのはもちろんよくないことです。しかし、言い方はきついですが、それは自業自得です。それを許さないという考えもあるでしょう。けれども、僕は反対の意見をもっています」



 そこで文吾は息を吸う。



「人には堕落する自由も許されるべきだ」



 文吾は、数緒から視線を外さない。政治という異なるフィールドだというのに、物怖じすることなどなく、こちらを見据えていた。



「もちろん限度はある。けれど、恋愛によって下がる成績なんてたかが知れている。いや、そうでなかったとしても、失敗することも含めて経験の一つだろ。僕達は、失敗して、間違えて、怒って、泣いて、傷ついて、それでも諦めないで、努力して、改善して、少しずつだけどうまくなる。それはサッカーも恋愛も、人生も同じはずだ。僕達には恋愛で成功する自由も、失敗する自由も、恋愛しない自由だってある。だから、恋愛税なんていらないんだ」


「個人の視点から見ればそうでしょう。しかし、生徒会は学園全体についての利益を考えなくてはなりません。恋愛が学園にとって有益かどうかについて先輩達の代から長年議論がなされてきました。その結果として、一定の規制をかけるべきだと判断したまでです」


「あんたが言っているのはこういうことだ! おまえら一般生徒はバカだから恋愛もまともにできない。だから、生徒会が管理してやると! 上から目線でそう言っている! 僕達は家畜じゃない! 僕達は、あんたらには何も求めてない! 自分がどんな恋愛をするかは自分で決める! だから、僕達から何も奪うな!」



 文吾の熱のこもった演説に皆がのまれる。静まった講内に拍手がちらほらと沸き起こった。人の心を打つ良い演説であった。彼は政治の世界を嫌っているが、彼のような無自覚に人を惹きつけるタイプが最も政治家に向いている。しかし、それでも、勝てるとは限らない。


 議長が、こんと机を叩いた。その必要はないのだが、彼は裁判長のように雰囲気をつくる癖がった。



「時間となりました。浜部文吾代理人、登壇ありがとうございました」



 かるく息を切らした文吾は深呼吸してから、きれいな一礼をした。


 同じように数緒も一礼をして席に戻る。まだ恋愛税に関する議論は続く。しかし、まじめな話はこれで終わりだ。あとは、クラス代表がカメラに向けて次の選挙向けのアピールをするだけ。恋愛税可決までの長い手続きは終わりを迎えた。


 そう皆が思った。


 しかし、そうはならなかった。


 数緒は、構内で起きた事態を見て、唖然とした。



「何だ? これは?」

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