第29話 選ばれた理由

「吹奏楽コンクール金賞おめでとうございます」



 湊は冷めた口調で言う。遠滝と同じようにポーカーフェイス。ただ、湊の場合は表情を出さないようにしているというより、そもそもないのではないかと思える。まじめというより淡白。似ているようで違う。


 生徒会長室、デスクの前にいつものように立っている湊に対して、数緒はかるく手を挙げてみせた。



「ありがとう。まだ地方大会だけどな」


「会長は彼女と付き合って一ヵ月記念日とか祝わないタイプですか?」


「まさか。記念日は何でも祝うのが政治家だぞ。一ヵ月記念日どころか、毎月祝っていた」


「それはそれでちょっとうざいですね」


「千恵美にも同じことを言われた。だから、その翌月からやめたら、私への愛は冷めたのかとガン責めにあった。あれは何だ?」


「女とはそういう生き物です。その場合は、うざいと言われても好きでやっているからと翌月くらいは盛大にやって、その次くらいから徐々に規模を縮小していくのがいいですね」


「忠告ありがとう。できればもっと早く知りたかったよ」



 生徒会室の椅子に深く座り込み、数緒は心底思った。学校では、勉強なんかよりもこういことを教えてほしい。今度、教育プログラムの改革案として提案してみようか。恋愛学の授業か。受講希望者が列をなしてきそうだ。その場合、講師に誰を呼ぶべきなのかわからないが。


 千恵美の無理難題に振り回された過去を思い起こしていると、湊が、ふんすと自信満々にスマホを見せた。同じ映像が、デスクの上のディスプレイに映しだされる。



「これは?」


「先日、会長が私に課した仕事、遠滝汐対策です。彼女と取引できるような材料を揃えました」


「ほう」


「遠滝汐クラス代表のこれまでの活動内容を調べました。生徒総会の問答などを読み返すと確かに優秀な方ですね。他の方とは勉強量が違いますね。特に経済に関しては普通に論文を書いてSクラスの学会で発表するレベルです。正直、感服しました。一方で婦人会にはまったく参加していません。だから、会長のおっしゃる通り、制服などのカードにはなびかないでしょう。そこで私は考えました。この方法に関して前例はありませんが、もしもできたら強力なカードになるでしょう。その方法は」


「あぁ、その話は昨日終わった」


「え?」


「吹奏楽コンクールに遠滝クラス代表が来ていたんだ。そこで少し話した。同じ吹奏楽ファンということもあってね、話してみたら意外と意気投合したんだよ。だから、これ以上、彼女が邪魔をしてくることはないだろう」


「……何をしたんですか?」


「今言っただろ。話しただけだよ。平和にね」


「お金ですか? お金ですね? 賄賂を渡したんですね? いくらですか!?」


「してない。だいたい金銭授受がすべてデータベースに登録されるこの学園の金融システムの中で、どうやって賄賂のやり取りをするんだ?」


「じゃ、暴力? 暴力ですね! 殴りましたか? 殴ったんですよね? もしかしてヤったんですか!? このスケベ!」


「君は暴力以外に解決法を思いつかないのか?」



 妄想が豊かなのか、それとも貧困なのかどっちなんだと数緒は呆れた顔を見せた。一方で湊はあからさまに項垂れていた。



「思いついたからドヤ顔で解決法を持ってきたのに、既に解決済みと言われたら暴力を疑います」


「確かに珍しいドヤ顔だった。写真を撮っておけばよかったよ」


「はぁ、私のやったことが無駄になったじゃないですか」


「仕事が遅い。俺が指示を出したときには、既に仕事を終えていろ。君にはそのくらいの速度感を求めている」


「ブラック労働ですね。訴えます」


「政治家はブラックに働き、ホワイトに魅せる。つまり常にグレーだ」


「別に毎度うまいこと言わなくてもいいんですよ」



 はぁ、と湊は珍しくため息をついた。悪いことをしたな、と数緒は少しだけ後悔をした。部下の仕事を奪うのは良い上司とは言えない。仕事がうまくいったとしても、部下にとっては失敗体験になってしまう。彼女の成長のためには、もう少し待った方がよかったかもしれない。


 意気消沈した湊は、ぽつりと零す。



「どうして私を生徒会に入れたんですか?」


「急に話が変わったな」


「私が入ったのは生徒会に女子を入れたかったからでしょう。そうだとしたら、はっきり言って、伊勢先輩を選ぶべきでした。先輩ならば会長の考えをもっと素早く理解できたはずです」


「そうだな。君の言う通り、初めは伊勢先輩を生徒会に入れる予定だった」


「では、なぜ伊勢先輩を外したんですか?」


「千恵美が反対したからだ」


「は?」


「俺が伊勢先輩を選んだのが気に入らなかったんだろうな。あいつは意外と嫉妬深いんだ」


「意外ではありませんが、え? え!? 彼女が嫉妬するから伊勢先輩を生徒会から外したんですか?」


「大変だったんだ。女子は一人入れたいのに、俺が選ぶと千恵美が嫉妬する。だから、もう千恵美に選ばせた。候補の女子クラス代表の中から一人、生徒会に入れる奴を選んでくれとね」


「もしかして、それで選ばれたのが」


「君だ。よかったな、運が良くて」


「はっきり言って、いえ、いいです」


「いいよ。言いたいことを言いな」


「はっきり言って、がっかりです」


「別に実力で選ばれたとは思っていなかっただろ。君は確かに優秀ではあるが、まだまだ2年生、政治の経験も知識もまったく足りない。まぁ、そう落ち込むこともない。政治家にとっては運も大事だ」


「いえ、そういうことではなく、会長の彼女さんに、こいつなら嫉妬しないと思われたことが女として非常に屈辱くつじょくです」


「そっちか」



 女というのは本当にわからん、と首を鳴らしてから、数緒は湊の用意した資料に目を通す。さすがに優秀。時間こそかかったが、遠滝と交渉するには十分な内容だ。それに政治経験が浅いがゆえの斬新さがある。数緒には出ない発想で、少し驚いたほどであった。斬新過ぎて、上層部を説得するのは難しそうだが。



「よく考えられた政治カードだ。これも使おう」


「? もう遠滝クラス代表の件は片が付いたのでは?」


「反対運動の方は、な。遠滝くんは、このままだと生徒総会を欠席するだろう。だが、このカードを使えば賛成票を得られる」


「いいんですか? 私なんかの案を採用して?」


「何だ? 急に卑屈ひくつだな」


「女の魅力のない私なんかの意見ではうまくいかないかと」


「それは関係ないだろ。君がどう選ばれたかは別として、君が優秀なのに変わりないんだ。今、もう一度選び直せと言われたら、俺は躊躇いなく君を選ぶ」



 それに、と数緒は、スマホをゆっくりと机の上に置いてから告げた。



「俺が求めているのは伊勢先輩にもできないハイレベルな仕事だ。君になら、それができると思っているから言っているんだ。さっさと伊勢先輩を抜き去って、俺の判断が正しいことを証明してもらわないと困る」


「……はい。わかってますから、急にデレないでください。惚れちゃいます」






★★★





生徒会役員人事・・・生徒会長を全校生徒の直接選挙で選び、その他の生徒会役員は生徒会長が任命する。学民党の場合は、生徒会長と学民党上層部で決める。その内容はブラックボックスで、基本的には多くの人の思惑がからんで、最終的にはわりとテキトーに決まる。

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