第27話 世が世なら傾国の姫

遠滝汐とおたきうしおを殺しちゃえばいいんじゃない?」



 彼女の顔が映ったスマホを乱暴にテーブルに投げ、ワインのグラスを意味ありげにまわしながら、千恵美は上機嫌な笑みを見せた。


 海岸沿いにある来賓館らいひんかん。多賀根学園に来訪するVIPの泊まるホテルだ。その高層に位置するレストランは選りすぐりのシェフが揃えられており、国内だけでなく海外にも評判が轟いている。そのため予約をとることは非常に困難で、一般生徒は夢見ることしかできない。


 ただ、生徒会長は違う。生徒会長は多くの人と会い、VIP対応もその業務に含まれる。ゆえに、生徒会長は来賓館のレストランを自由に使える特権を持っていた。


 だからといって、彼女とのディナーに使用していいわけではない。そのことを数緒は重々承知であったが、千恵美を不機嫌なまま放置しておくと碌なことにならないと経験則として知っていた。



「ほら、時代劇みたいに刀でぶしゅーって。千恵美、あれやりたい!」



 今朝まで鬼のように怒っていたというのに、今は上機嫌。来賓館に訪れたときには既にニコニコしていた。おそらくドレスを着てテンションがあがったのだろう。レンタルドレスのサービスが好きで、昼過ぎからずっとファッションショーを行っていた。着替える度に数緒のスマホに写真を送ってくるのだから困ったものである。彼女のメッセージにはすぐにレスを返さないとだめだ。会議中だとかいう言い訳は通用しない。


 結局、千恵美は今、グリーンのおとなしい雰囲気のドレスを着ている。派手好きだというのに、自分が着る服はわりと清楚なものが多い。顔立ちがはっきりしていることもあり、恰好をきれいに整えると美人が際立って、ハリウッド女優が前に座っているのではないかと錯覚してしまいそうだ。


 とはいっても、振る舞いは服装に沿わず、横柄かつ横暴。既に、おいしくないと言って出てきた料理を3回突っ返している。ワインを飲み出してからは、もう手に負えない。しかし、機嫌は直ったようなので、よしとする。もう、よしとするしかないと、数緒は自分に言い聞かせていた。


 それにしても、と数緒はステーキをナイフで切り分けつつ思う。


 俺の周りの女は血の気が多いな、と。



「そんなことできるわけないだろ。戦国時代じゃないんだぞ」


「あはははははは! 戦国時代だったら私はお姫様ね。くるしゅうない。ひかえおろう」


「……。ちょっと飲み過ぎじゃないか?」


「ぜんぜん。まだグラス3杯だけよ?」


「それが多いのか少ないのかわからないよ」


「もう! だめじゃない! 政治家ならお酒くらい飲めないと! あれよ、あれ! ほら、おっさん言葉の、何だっけ? 飲んでわっしょい!?」


「飲みにケーションか?」


「そ! それ! お酒は世界の共通言語なんだから!」


「それはそれで間違っていないんだがな。俺は学園を卒業するまでは飲まないと決めているんだ。本当は千恵美にもそうしてほしいんだが」


「ムリ! お酒のない人生なんて考えられない!」


「その考えに至るの早くないか? この前から飲み始めたばかりだろ」


「運命の出会いだったわ。私はお酒を飲むために生まれてきたんだと思う」



 悪魔的な出会いだな。


 千恵美はお酒に飲まれるような女ではないが、いつも以上に話がテキトーで過激になる。できれば、数緒の目の届く範囲にしてほしいのだが、そうなったためしがない。



「ていうか、ロゼワインってぜんぜんおいしくない。変えて!」



 そう言って、千恵美はグラスを傾け、ワインを床に全部捨てた。彼女の動作に驚く者はおらず、給仕係が黙って床のワインを拭き始めた。数緒が予約したのは来賓館の個室で、そこにいる給仕係も、よく知った者であり、千恵美の蛮行には慣れている。



「シャンパン飲みたい! シャンパン!」



 こんな悪行を誰かに見られたらたまらないと、関係者にはしっかりと口止め料を払ってある。わりと痛い出費だが、この爆弾娘にへそを曲げられるよりはマシと割り切る。


 数緒が視線でソムリエを呼び、グラスを運ばせる。そして手に取ったグラスにシャンパンが注がれるのを、千恵美はご機嫌に眺めていた。


 

「ネットニュースになったばかりだろ。しばらくは人の目のあるところで酒を飲むのは控えてくれ」


「だから言ったじゃん。あれは、私、悪くないんだって!」


「わかっている。君は未成年に酒を飲ませていない」


「そう。吹奏楽部のOB交流会で未成年の後輩もいたけれど、お酒は飲ませてない。そういうところきっちりしてんだから」


「疑ってないよ。あそこのOBには学民党の党員だった人もいる。そういうところはしっかり弁えていると理解しているさ」


「まぁ、私は飲んでたけどね」


「成人しているから大丈夫。そう言い張るしかない」


「そうそう、私は大人なんだから。まぁ、オーダーミスで間違ってお酒飲んじゃってた子もいたけど、それは仕方ないわよねぇ。あははははは!」


「それは絶対に他所よそで言うな」


「何でよー。こんなのどこの学校でもある話じゃないの。それに、うちらは節度持っている方よ。下の子達はけっこうやんちゃでね、中には隠れてタバコ吸っている子もいるのよ」


「それは聞かなかったことにする。口にチャックだ。タバコは言い訳がきかないぞ」


「はーーーい」



 本当にこの女は口を開く度にひやっとさせられる。歩く爆弾のような奴だ。



「吹奏楽部で思い出したんだけど、今年のコンクール見に来てよ」


「あぁ、挨拶には行くつもりだよ」


「挨拶じゃなくて、ちゃんと聞いていってって話」



 高校の運動部にインターハイがあるように、吹奏楽部にもコンクールがある。高校生はこの大会で成果を出すべく練習をしている。多賀根学園の生徒も例に漏れない。


 ただ、それも高校生相当の3年生まで。千恵美は5年生で、コンクールに参加はできない。千恵美が現役で演奏しているときは、数緒も聞きに行っていたが、引退してからはいっていない。



「私のかわいい後輩達が演奏するのよ。もはやこれは私の演奏と同じ! 聞くべし聞くべし聞くべし!」


「確か今年のコンクールは本土でやるだろ? 移動に時間がかかるから嫌なんだよな」


「来てよぉ。ほらぁ、飲酒疑惑のニュースのせいで、コンクール出れないみたいな話になったじゃない? あれ、私のせいにされているのよ」


「ちゃんとコンクールの運営と話はつけただろ」


「それよ、それ。かずちゃんが運営に圧力かけたせいで、うちは運営ににらまれていて、演奏が正しく評価されないんじゃないかって噂になっているの」


杞憂きゆうだろ。吹奏楽コンクールの運営には多賀根学園のOBもいる。学園の内情はよく知っている。こんなことでいちいち目くじらを立てたりはしない」


「そんなのみんなはわかんないの。だから、コンクールにかずちゃんが直接来て、運営にプレッシャーをかけてほしいの」


「それはそれで逆に不公平じゃないか?」


「ぜんぜん不公平じゃない。だって、普通にやったらうちが一番なんだもん。だから、うちが一番になるようにかずちゃんは動いてくれれば、それが公平ってわけよ」



 恐ろしいと素朴に数緒は思う。千恵美は力の使い方をよく知っている。そして、私利私欲に使うことに躊躇ためらいがない。世が世なら姫などと冗談めかして言っていたが、本当に天性の姫属性。いや、王である。世が世ならば、天下人となっていたことだろう。



「まったく、無茶を言ってくれる。ただでさえ、遠滝を何とかしないといけないってのに」


「直接話してみればいいじゃない。やり方が回りくどいからだめなのよ。交渉でも脅しでもちゃんと話して、だめだったらその場で刺しちゃいなさい」


「それじゃただの殺人事件だ。だいたい遠滝と話すのがまず難しい」


「何で? コンクールに来れば会えるじゃない?」


「?」






★★★





来賓館・・・多賀根学園創立当初から存在するホテル。利用するのは文科省職員か他学校の関係者。生徒が利用することが少ないため、予算がつきにくい。だが、近年、やっと改装がなされたため、内部はかなりきれい。海の近くということもあり、魚介料理が絶品と言われている。しかし、数緒も千恵美も肉食のため、毎度肉料理ばかり食べている。

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