第26話 書記ちゃんの課外授業

 デモ活動。一定のメッセージや主張を持つ人々が集まり、公共の場でその意見を表明する集団行動である。世論を誘導することが主な目的であり、そういう意味ではプロパガンダの一種ともいえる。


 

「あれは婦女子会、ヒナゲシの会のメンバーですね。制服のスカート廃止運動ですか」



 湊がどこからともなくメガネを取り出し、サッとかけた。もしかすると知り合いがいたのかもしれない。



「スカート廃止か。なんともだな」


「皮肉が過ぎますよ。彼女達もまじめにやっているんです」


「別に女子はスカートでいいじゃないか。何が気にくわないのか俺にはわからないな」


「履いてみてください。男子の視線は鬱陶うっとうしいし、冬は寒くてはっきり言ってかるく死ねます」


「スカートを短くし過ぎなんだ。それに冬はタイツを履けばいいだろう。俺も履いてみたことがあるが、制服のズボンよりも温かいぞ」


「ちょっと待ってください。タイツを履いたことあるんですか!?」


「何でも体験してみると言っただろ。スカートだって履いたことがある。あれは膝丈くらいの長さでおしとやかな所作をとれば問題ない」


「そのときの写真とか残ってないんですか? 参考にぜひ見たいんですけど」


「勝手に探せ。俺が言いたいのは、どうしてスカートをそう毛嫌いするのかわからんということだ」


「おもしろみのない回答になりますが、単純に強制されるのが嫌なんだと思いますよ。性的だなんだと理由はつけていますが、本質的には男子が長ズボンを廃止しして短パンにしろと言っているのと変わりません」


「素朴な疑問だが、なぜ長ズボンというのに、短ズボンと言わないんだろうな」


「知りません」


「そもそもズボンって何だろうな。和製英語にしても語源がわからん」


「どうでもいいです」


「しかし、それでなぜスカートを廃止しろという話になるんだろうな。結局長ズボンを強制されるだけなのに」


「いろいろこじれているんですよ。私もスカート廃止運動はこじれすぎて意味がわからないと思っています。初めはあの人達も鈴蘭の会にいて、制服の改正運動をしていたそうです。しかし、一部の女子クラス代表が制服の完全撤廃を提唱し始めて、次第に活動が過激になっていって分裂してできたのがヒナゲシの会と聞いています」


「制服撤廃を最終目標にまずはスカート撤廃か。ストレスで尻尾を噛む犬みたいだな。見ていて痛々しい」


「リベラルと言ってあげてください。彼女達は彼女達で真剣にやっているらしいので」


「そのわりに君はみつかりたくなさそうだな。仲が悪いのか?」


「今の話を聞いてわかりませんでしたか? 鈴蘭の会とヒナゲシの会は犬猿の仲です。その中でも生徒会に入っている私なんかは一番嫌われています」


「男に取り入っていると?」


「生徒会に入ったときの嫌がらせの80%は彼女達からでしたから」


「女の敵は女か。恐ろしい」


「とは言っても、長ズボンとの選択制はありだと思っています。むしろこのご時世にまだ制度改正がなされないことが不思議です」


「そう。そこがポイントだ」



 いくらか話が脱線してしまったが、数緒の意図したところに落ち着いた。



「……ズボンの語源は知りません。ちなみに私はボトムスとかパンツと呼びます。会長の手前、ズボンと合わせましたが」


「そこじゃない」


「まだ学生のくせにじじいのごとく政治家の頭が固くて、制度改正が進まない件でしょうか?」


「君は毒舌選手権があったら優勝できそうだな。ただ、制度改正が進まないのは単に頭が固いからじゃない。政治カードとして使うためだ」


「カード、ですか」


「そうだ。例えば女子のズボンを許可するというカードを使えば、婦人会に所属するクラス代表の票を得られる」


「取引の材料にするということですね」


「政治家の手札は無数にある。もちろん金も暴力も間違っていない。ただ、その前に予算と制度。これをうまく使え」


「待ってください。ということは、制服の自由を認めないのは、伝統とか規範とかそういうのは関係なく、使とってあるからというわけですか」


「その通りだ」


「……はっきり言って、いえ、やめておきます」


「いいぞ。思ったことを言え」


「はっきり言ってクズですね。学園の未来も生徒のことを何も考えていません」


「もちろんだ。政治家にそんなものを考えている奴は一人もいない」


「……はぁ。薄々感じていましたが、言葉にされると悲しいものがありますね」


「悲しむ必要などない。自然の摂理だ。国も学園も現在の選挙システムで勝とうとしたら自然とそうなる。君は水が高いところから低いところに流れるのを見て悲しむのかい?」


「そのシステムを作ったのが、神ではなく人であればなげかわしいとは思うでしょうね」


「ははは。人も神が作ったのだとすれば二次請けということになる。責任は神にあると言っていい」


「清々しい責任転嫁ですね」


「いいか、政治家とは選挙に勝たなくてはならない。そのためには一定数の票を集める必要がある。そのためには組織票がいる」


「会社か、労働組合か、民間団体か、学園で言い替えれば部活かOB会か、いずれかの組織の望みを叶えることを引き換えに大きな票を得るというわけですか」


「そうしなければ勝てない。だが、そうして勝った政治家は後援の組織に逆らえなくなる」


「結果として、政治家というのは何かしらの利権を守るため、拡大するためだけに活動するようになるんですね」


「一部の者達に最適化することは、必ずしも全体の最適化にはならない。不公平を生み、非効率的な制度を作る」


「最悪じゃないですか」


「最悪ではない。最短ではないが遠回りしながらも良くはなる。大事なのは、政治というのはそういう仕組みで動いていると理解することだ」



 数緒が言い終わると、湊は、うーんと悩んでいた。呑み込むのに時間がかかるようで、青汁でも流し込むようにごくりと喉を鳴らした。



「では、女子生徒への制服のズボン解禁をカードとして使い、遠滝クラス代表を黙らせるということですね」


「いや、それはやらない」


「え? この話の流れでやらないんですか?」


「というより、それは最後の手段だな」


「なぜ?」


「政治カードは後輩のためにできるだけ取っておくのが良いと言われている。制服の改正のようなわかりやすい政治カードを使うとOB達の印象がわるい」


「なるほど。それで需要はあるのに先送りされていくんですね」


「それに遠滝は制服なんて興味ないだろう。あいつは減税派だ。何かしらその手の利権を用意するべきだろう」


「わかりました。では、遠滝クラス代表を黙らせられる案をいくつか用意します」



 これで授業は終わった。はぁ、我ながら回りくどい方法をとったものだと数緒は思う。しかし、人と言うのは非効率なもので、こうやってエピソードを交えないと記憶できない。いや、言葉として記憶できても理解できない。湊は優秀だから、もしかしたらこんな茶番は不要だったかもしれないが。



「じゃ、ゲームセンターに向かうか」


「その話、ガチだったんですか?」


「当たり前だろ。ゾンビを殴り倒すゲームらしい。きっとストレス発散になる」


「それはいいですね。はっきり言って、今ちょうどストレスがピークなんですよ。ボコボコのボコにしてやりますから、覚悟してくださいね」


「……俺を、じゃなくて、ゾンビをだよな?」






★★★






組織票・・・クラス代表選は40人の中で争われるため、組織票よりも浮動票の方が影響が大きいという意見もある。しかし、ほとんどの生徒がいずれかの部活動に属している多賀根学園ではやはり組織票を得た方が勝率が高いというデータが出ている。ただ、節操なくいくつもの団体と口約束をすると、公約が対立し板挟みとなることがある。浮気者はどの界隈でも碌な末路を辿らない。

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