第25話 間違いだらけのラブラブ?デート

「セクハラだと思います」



 校舎からメインストリートを抜けた先に大広間がある。中央の噴水は学園創設以来の代物しろもので古めかしい。学生の待ち合わせの場としてよく用いられており、数緒もベンチに座って湊の到着を待っていた。


 ちょうど時間通りに湊は到着した。来た時、彼女はわりと明るい表情をしていた。しかし、次第に曇っていき、今に至っては不機嫌を煮詰につめたような顔をしている。



「生徒会長という立場を利用して、後輩をデートにむりやり誘うなんて、どう考えてもセクハラです。訴えます」


「デートというのは言葉のあやだ。今日は新しくできたゲームセンターを視察するためだよ。店主が知り合いなんだ。挨拶しておきたい」


「じゃ、そう言えばいいじゃないですか。わざわざ性的な言い回しをする必然性がありません。やっぱりセクハラです」


「セクハラは相手との信頼関係があれば成り立たない」


「今さっき、会長への信頼は失墜しっついしました。もう話しかけないでください」


「何を怒っているんだ? そもそも何で私服なんだ? 公務のときはなるべく制服を着ろと言っているだろ」


「……もう知りません」



 湊は、ふんとわざとらしくそっぽを向いた。それでも数緒の後をちゃんとついてくるのだから、そこまで怒ってはいないと思うのだが。


 ハイウエストのスカートにブラウスを着た湊は、歩くのに苦労しそうな厚底のサンダルを履いている。いつも移動するときはカタツムリでないかと思えるほど大きなリュックを背負っているのだが、今日はショルダーからかける小さなバッグのみ。あれではタブレットも入らないだろう。


 まさかデートと言ったのを真に受けたのだろうか。そういう冗談を察するのは得意だと思っていたのだが。それとも、真に受けたというジョークだろうか。だとしたら手が込んでいる。


 湊は文句を言いつつも、生徒会の腕章をつけた。数緒と湊は男と女。外で二人でいると記者にあることないこと書かれかねない。しかし、生徒会の腕章をつけていれば、公務として言い訳ができる。腕章を用意しているということは、やはりジョークの方かもしれない。



「平日とはいえ、さすがに中央通りは人が多いな」


「期末試験が終わって開放感が大きいのでしょう。各部活のインターハイ予選の結果も上々。盛り上がるのは自然なことです」


「たかが期末試験だろ」


「そう言える人は少ないですよ」


「夏季の研究期間に向けて準備する方が明らかに大事。むしろ今からがたいへんだというのに、皆、優先順位を間違えている」


「夏季休暇、という意識が抜けないんですよ。学期間のことを研究期間と称するのは多賀根学園だけですからね。私もまだ慣れません」


「そもそも夏季休暇というものが意味不明なんだ。仕事もしていない子供になぜ休暇がいる? 学習期間は基礎を習う。学期間の研究期間は自らの興味のあることについて研究してアウトプットを行う。この二つは両輪だ。どちらを疎かにしても成長できない」


「小学校のときは自由研究がありましたけどね。高校でまたやるとは思いませんでした」


「文字通りの自由研究だがな。期末試験よりも多くのTコインを得られるのだから、こちらに時間を使うべきだ」


「確かに多くのTコインを得られますが、能力に依るところが大きいです。それよりも、覚えれば確実に点数の取れる期末試験の方をがんばるのは合理的と言えます」


「日本人的思考だな。多額の金を稼げる事業を起こすよりも、少なくても一定の金を稼げる会社員を選ぶ。そういうのを変えるための小国家プロジェクトだというのに、これじゃ、ただの日本の縮図だな」


「生徒会が内閣に腐敗しているんだから、それも仕方ないんじゃないですかね」


「きついことを言うな。まだ怒っているのか?」


「怒ってません」


「怒った言い方じゃないか」


「怒っている女子になぜ怒っているのかと聞くのタブーです。一つ勉強になりましたね!」


「千恵美も同じことを言っていたよ。本当に女というのは難しい」


「デート中に他の女子の話をするのもタブーです。よくそれであんな気難しい人と付き合っていられますね」


「勘弁してくれ。タブーだらけじゃないか」


「女心というのは聖域なんです。気軽に踏み入って来れると思わないでください」


「はぁ。俺がわるかったから、そろそろ許してくれ」



 数緒が素直に謝ると、湊は、ほんの少しだけ気分が晴れたようで、つり上がっていた眉を下ろした。



「それで、どうして急に開店祝いに行くんですか?」


「VRゲームがあるんだ」


「はい?」


「君はゲームはどのくらいする? 俺は小さい頃に文吾とやったくらいだな。あまりうまくなくて文吾に負けていた」


「私はスマホゲームで落ちゲーをやるくらいですね。はっきり言って親にかわいがられていたので、ゲームセンターのような治安の悪そうなところには行ったことがありません」


「偏見だな。まぁ、俺も行ったことはないんだけどな。今のゲームセンターはすごいらしいぞ。特に没入型のVRは最先端技術が組み込まれている。政治家たるもの一度は体験しておかないとな」


「ゲームの分野では今後さらに発展しそうではありますが、そこまで市場が大きいのでしょうか?」


「ゲームに限らないさ。スマートグラスを知っているか? 現実とバーチャルを融合して見せるメガネだ。今後、スマホと同じようにこのスマートグラスが普及するかもしれない。もしもそうなれば、この技術が世界のメインテーマになるかもしれない」


「なるほど」


「まぁ、10年以上前からそう言われているらしいがな」


「夢の技術ということですね」


「それを体験してみようというわけだ。政治家は何でもやってみないとな」



 数緒が良い話をしていると、湊が胡散臭そうな視線をこちらに向けてきた。



「で、まだ建前たてまえ講釈こうしゃくが続くようなら、さすがに帰りたいんですけど?」


「君、今日はいつになく刺々とげとげしいな」


「理由は自分の胸に聞いてみてください」


「心当たりがないな。まぁいい。別に嘘はついていないさ。ついでに君に見せたかったのは、あれだ」



 そう告げて、数緒はそれに視線を向けて、湊が続く。大広間から少し歩いたところにあるスペース。そこに人が集まっていた。横断幕とプラカード。おかしな形の漢字が連なっており、いったい誰に向けたメッセージなのかよくわからないと数緒は常々思っていた。一方で、おそらく違うところに疑問を感じているであろう湊がつぶやいた。



「デモ活動?」






★★★





研究期間・・・題材に縛りはない。カブトムシの研究でも、経済でも、AIでも、マンガでも、アイドルでも何でもよい。今後の進路を決めるために、やってみたいことを形にするのが研究期間の目的である。ただ何をしてもよいと言われると困ったもので、何をしてよいのかわからないという生徒も多い。また、評価もなされることから、評価を得やすい題材が選ばれやすく、あまり独創性はない。最近だと、湊の「空手部道場破り」が最もユーモアに富んでいた。研究期間中に素人の状態から空手部員を全員なぎ倒すまでのレポートで一部界隈を騒がせた。ただ、いったい何がやりたかったのかは不明である。

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