脅し、裏金、暴力 何でもありの残虐ファイト!?

第24話 じゃじゃ馬娘達

「もういいわよ! かずちゃんのばぁか! ばぁか! クソメガネ! 落選しろ!」



 ひたすらまくし立てて、千恵美は生徒会長室を出て行った。扉を蹴り飛ばし、守衛を驚かせたがそんなことを気にするような女ではない。激情的な嵐のような性格をしており、怒ったときはもう手に負えないと数緒は諦めていた。



「喧嘩するほど仲がいいというやつですか?」



 留め金が外れて閉まらなくなった扉をコンコンとわざとらしく叩いて、湊は澄ました顔をこちらに向けていた。ただ、どことなく声が弾んでいるのは気のせいだろうか。



「そのフレーズは納得いかないんだよな。仲が良かったら喧嘩しないだろ」


「本音をぶつけ合えるほど打ち解けているということでは?」


「本音をぶつけ合って喧嘩になるということは、根本的に合っていないんだ」


「お言葉ですが、すべてがぴったり合致する者などいないでしょう。喧嘩とはお互いが主張し合って折衷案を探す過程。それを経て良い関係が生まれると私は思います」


「語るね。じゃ、今の千恵美との関係も良いものとして受け入れるしかないか」


「まぁ、それでも根本的に合わない関係もありますけどね」


「どっちだ」


「会長の場合は後者の可能性が高いですね。さっさと別れて、次の出会いを求めることをお勧めします」


「今はだめだ。恋愛税を通そうってときに、生徒会長が彼女と別れたらイメージが悪すぎるだろ」


「確かに。確実に女子の支持は失いますね」


「だろ? まったく、女子はゴシップ好きで困るよ。少なくとも次の選挙まではあのじゃじゃ馬を乗りこなす必要がある」


「……いやらしい」


「一般的な比喩表現だ。下ネタに解釈するな」



 これだから女というのは厄介なのだ。感情的でいて狡猾。だから女は政治家になるべきではない、と父が言っていた言葉を思い出す。その意味がようやく数緒にもわかるようになってきた。女という生物は、あまりにも


 これ以上、政界を地獄にするわけにはいかない。


 

「まぁ、別れなくても支持率は落ちていますが」


「それなんだよな。文吾も余計なことをしてくれた」



 多賀根学園にはいくつか新聞部が存在する。もともと一つだったのだが、報道の姿勢や主義主張の違いによって分裂を繰り返している。どの部活にも属していない野良ジャーナリストを含めると数えようもないが、その中で、学園が公認している新聞部では定期的に世論調査を行っている。


 主に生徒会の支持率だ。たいてい生徒会発足時が最も高く、徐々に下がっていく。例年、生徒会主催のイベントが少なく、生徒総会前というこの時期が最も支持率が低くなる傾向にはあるのだが、それにしても今の支持率はあまりに低かった。



「学園のヒーローである弟さんの恋愛税反対記事と、会長の彼女さんの未成年飲酒スキャンダル。それぞれ大きな記事ではありませんが、立て続けに出されると響きますね」


「文吾のスキャンダル記事である程度相殺できたが、ちょっと弱かったな」


「実際、文吾さんは三股されていたんですか?」


「そんなわけないだろ。あいつはこの前、初めて彼女ができたばかりだぞ。それなのに別の女と密会していたから、利用してやっただけだ」


「弟さんにも容赦がないんですね」


「弟だから容赦しないんだ。あいつはこのくらいでへこたれるような奴じゃない」


「はぁ、兄弟喧嘩はもう少し穏やかにしてください」


「良い関係を築く過程じゃなかったのか?」


「限度があります。壊れたら元に戻らないものもありますよ」


「君には関係ない。それよりも君は支持率低下の対策を考えろ」



 湊は何か言おうとして口を閉じる。まだ兄弟関係について話したいことがあったのかもしれないが、わきまえたわけだ。その辺りの距離感の取り方が、数緒は気に入っていた。



「はっきり言ってこれはプロパガンダ戦です。その主導者は文吾さん、ではないでしょうね。裏で糸を引いているのは、遠滝汐とおたきうしおクラス代表です」


「あいつかこういう手は使わないをしていると思っていたんだが」


「ご存じでしたか」


「知っているさ。確か最初は友遊党にいたはずだ。よく勉強していて、生徒総会でもおもしろみのないクソまじめな議論をふっかけてくるので有名だった。誰も聞いていないのに延々と経済学の講義をしてくるから、先輩達が鬱陶しがっていた」


「聞いているかぎりでは良い政治家ですが」


「経済学なんて誰もわからないんだ。政治家を目指す奴は数字が苦手だからな。確率分布なんてちんぷんかんぷん。相手の理解度をわからずに、一方的に押し付けてくる講師なんて無能もいいところだがな」


「理解することを諦めるなんて終わってますね。多賀根学園はわりと偏差値が高かったはずですが」


「学校のお勉強なんて、学問の薄く広いところを集めたクイズみたいなものだからな。うちはそういう問題を解くのが得意な要領のいい奴が多いんだ。だが、本当に必要な知識はその先の専門的な領域。そこを理解しようとする政治家は少ない。というより、いないな。票につながらないから」


「聞けば聞くほど政治家に失望していきますね。会長もそうなんですか?」


「意外と言われるが、俺は政策論も好きだぞ。遠滝クラス代表とも経済について問答したことがある。そのときは相手の言っていることをすべて理解した上で、もっともらしく聞こえるけれど完全に誤った経済理論で煙に巻いてやった」


「うわぁ、いちばんうざいやつじゃないですか。そんなことばかりしていると、いつか刺されますよ?」


「今絶賛、刺されている。しかし意外だよ。こんなことできるような気骨のある女とは思わなかったが」


「もう6年生ですからね。なりふり構わなくなったのでしょう。自暴自棄になった女ほど怖いものはありません」


「君が言うと余計怖いな」


「遠滝クラス代表をどうにかしない限り、生徒会へのネガティブキャンペーンは終わらないでしょう」


「面倒だがなんとしないと」


「どうします? 買収しますか?」


「違法だ。退学になりたいのか?」


「では、テキトーに痛めつけますか?」


「どこの小悪党だ。それにあぁいう奴は金でも利権でも暴力でも動かない。信念があるからな。行動基準が、だけ。もはや理屈じゃない」


「では、殺しますか?」


「……冗談、だよな」


「いや、そういうこともしているのかと思いまして、かまをかけてみました」


「映画の見過ぎだ。と言いたいところではあるが、昔はけっこうひどかったらしい。暴力沙汰などざらにあり、最終的に決闘で校則案の成立が決まったという逸話まである」


「おぉ、昭和というやつですか。まさにアウトレイジですね」


「今はルールも変わったし、監視カメラも警備員も多い。政治が暴力で動くことはないよ」


「なるほど。しかし、そうすると遠滝クラス代表への対処が難しいですね」


「君は金と暴力しか思いつかないのか?」



 はぁ、と数緒は思わずため息をつく。湊は頭がいいが、やはりいささか固いようだ。まだ、政治のやり方を知らないだけともいえる。


 そこで、数緒はメガネをくいと上げ、席から立ちあがった。



「湊くん、明日の放課後は暇かい?」


「いえ、文化部の活動報告会に出席する予定ですが」


「他の奴に任せて欠席していい」


「では、暇です」


「ふむ。それでは、明日の放課後、デートしよう」


「……はいぃ!?」






★★★






警備員・・・生徒会長室を警備している。主に、プロのスポーツ選手として活躍できなかった柔道部や空手部の生徒が、バイトとして担う。昔は血の気が多く、生徒会長室にカチコミにくることもあり、警備員は名誉な仕事とされていたが、時代も変わり、今はほとんどない。怒鳴り込んで入ってきた娘一人止められず、扉を壊されている。これは減給ものである。もう少ししっかりしてほしい。

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