第21話 サッカー場での密談

 プロパガンダ戦。


 喫茶店マドレードでの最初の会話のときに、汐からかるく話は聞いていた。しかしながら、文吾はまだあまり理解できていなかった。スクイズボトルからスポーツドリンクを飲んでから、文吾は汐に尋ねる。



「前も言ったけどさ、あんまりいい印象ないんだよね。プロパガンダって。何か名前が悪そうじゃん」


「何も悪いことではありません。政治の世界では普通に行われる戦法の一つです。自分達の主義主張を通すために宣伝や広報活動を行い、生徒達の考えを誘導する。いわゆるイメージ操作です」


「それをやるのが生徒総会なんじゃないの?」


「まぁ、生徒総会もその一面はありますが、一応あれは投票権を持つクラス代表向けの討論会です。プロパガンダとはクラス代表に対してではなく、一般生徒向けのイメージ戦略になります」


「うーん。何か遠回りなんだよな。反対票を集められないからって、クラス代表ではなく、一般生徒の方に働きかけるなんて。意味あんの?」


「政治家にとって一番大事なものが何かわかりますか?」


「校則案を通すことだろ?」


「違います。です」


「いや、まぁ、そうだろうけど」



 汐があまりにも身も蓋もないことを言い出したので、文吾は言葉に詰まった。どんな校則案を考えるかの前に、生徒会役員もしくはクラス代表にならなければお話にならない。とすれば選挙で勝つことが大事なのはわかる。


 けれども、それが目的化してしまうというのはおかしな話だ。



「何なら校則案なんて一本も通らなくてもかまいません。次の選挙で勝つこと。彼らの頭の中にはそれしかないと言っても過言ではありません」


「いや、やっぱりおかしいだろ。選挙に勝つことも大事だけど、やっぱり良い校則案を出して、学園を良くすることを考えるべきなんじゃないの?」


「そう考えたいのはわかりますが、クラス代表の心理としては順序が逆です。一番はクラス代表になること。なぜなら、クラス代表になるかならないかで、もらえるTコインが段違いなんです」


かねかぁ」


「金です」


「にわかに信じられないけれど、政治家が言うと信憑性があるな」


「だから、プロパガンダ戦は効果的なんです。恋愛税のイメージを徹底的に下げ、恋愛税の校則案に賛成すると次の選挙に負けるかもしれない、そう思わせることができれば彼らにとって大ダメージとなるのです」


「次の選挙って、10月だぞ」


「実際に選挙を待たなくても、次の選挙に勝てないと思うだけで政治家はひるむものです。私達の目的は一つ、一般生徒を扇動せんどうして恋愛税反対運動を起こします。そうすることで、学民党の連中に、恋愛税を通したら次の選挙で勝てないと思わせ、校則案を撤回させる」



 それはよいのだろうか、と文吾は疑問に思う。


 多賀根学園の民主主義は、生徒が生徒会長とクラス代表を選出し、生徒会が校則案を提出し、そしてクラス代表が議論し、多数決を行うことで賛否を問う。この国の選挙を模倣した形の民主主義。生徒主導の意思決定プロセス。


 汐のやろうとしていることは、この民主主義を破壊しかねないのではないだろうか。


 いや、ルールには違反していない。この民主主義ゲームの中で、勝つために編み出された戦法の一つ。サッカーでも戦法は時代と共に変わる。ルール違反でなければ何でもする。勝つためならば。そのことに文吾は異論はない。


 だけど、政治とは、勝つことが目的なのだろうか。


 

「あなたの言いたいことはわかります。下法だと言いたいのでしょう。えぇ、その通りです。正式なプロセスで勝てないから、盤外戦を挑んでいる卑怯者です。しかし、実現しない善意に意味などありません。私は……、私は、私はもう、負けるわけにはいかないんです」



 汐の顔に表情が乗るのを初めて見た。それは、悔しさか憎しみか、正義感か罪悪感か。いずれにしろ、深い覚悟がにじみ出ていた。


 何年も負け続けたのだろう。過去に一度も減税がなされたことはない。増税一辺倒。それは、汐の敗北の歴史を端的に物語っていた。


 本気なのは文吾も同じだ。遊びで兄に盾突いたりはしない。浜部家において敵対することの意味を文吾は身をもって知っていた。だから、恋愛税を廃案に追い込むためならばできることを何でもする。


 しかし、彼女ほどの覚悟はなかった。そして、どれだけ強大な敵に立ち向かっているのかもわかっていなかった。


 一度気持ちを入れ替えて、文吾はかるくジャンプした。



「それで、僕はサッカーで勝てばいいんだな」


「えぇ。勝ってヒーローになってください。サッカー界のヒーローが増税に反対している。そういうニュースがほしいんです」


「インターハイ決勝は生徒総会の後だぞ」


「スケジュールを確認しました。インターハイ予選は終わりますよね。優勝候補の多賀根学園がインターハイ出場という見出しで十分です」


「オッケー。僕は自分のやることをやればいいってことだな」


「できれば他の選手にも協力をあおいでもらえますか。欲をいえばスター選手がいいです。有名人が恋愛税に反対していれば、それだけでイメージは悪くなるものです」


「誰も内容を見て判断はしないんだな」


「あなたは次の生徒総会に提出される校則案を恋愛税以外で一つでも言えますか?」


「ごめん、一つも言えないわ」


「そういうことです。残念ながら生徒は政治に無関心です。自分達の学園生活に関するルールだというのに、いくら言っても関心を持ってもらえませんでした。だから、もう諦め……、いえ、より効果的な宣伝方法を選ぶべきだと判断しました」


「わかったよ。効果的な戦略をとろう。勝つために」


「えぇ。あ、あと一つ。今度会ってほしい方が」



 ちょうどそこで、別の人影に二人して気づく。女子生徒だった。こちらの様子をうかがっている彼女に、文吾は手を振った。



「友梨恵! 来てくれたんだ!」


「うん。その人は?」


「あー、政治家の人。恋愛税の廃案について話し合ってたんだ」


「そう。もうお話終わった?」


「うん。終わったよ」



 葉山友梨恵、最近できた文吾の恋人は、値踏みするように汐のことを見てから、こちらに近寄ってきた。もしかしたら浮気を疑われたかもしれない。嘘をつくとこじれそうだから、彼女には後で包み隠さず話しておこう。


 汐の方は察したように手元のキューブをカチッと鳴らして、話の終わり告げた。



「お邪魔ですね。文吾さん、それでは試合がんばってくださいね」


「お、おう」



 汐が去った後、文吾はどこから話そうかと考えた。だが、それは後回しとなる。今、まず考えなくてはならないことは、友梨恵がうれしそうに抱えている手作り弁当を何と言って断ればいいのか、であった。


 食事管理しているって言ったんだけどなぁ。






★★★






食事管理・・・身体をつくるにはまず食事から、というのは基本である。文吾は徹底した食事管理をしており、筋肉を育てている。いささか病的なまでに行われており、遠征の際にかなり苦労している。彼女である友梨恵の弁当も食べられず、今後、絶対に喧嘩の種となる。食でもめるのは辛い。

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