第22話 言葉を弄する獣達

「インターハイ予選順調に勝ち進んでいるようですねぇ。おめでとうございます」


「ありがとう。で、君は誰?」



 喫茶店マドレード。ゴミゴミした店内の奥の席に座り、文吾は目の前に座る男に尋ねた。もしかすると同席している汐に聞くべきだったかもしれないが、まぁ、向こうから話しかけてきたのだから構わないだろう。



「第2新聞部の獅子丸仁ししまるじんです。今日は文吾さんに会えてうれしいですよ。何と言っても多賀根学園のスター選手ですからね」


 

 獅子丸仁は、ジャーナリスト特有の無駄にニコニコとした表情を浮かべていた。テーブルの上に置いた録音機、そして手元には資料を確認するためのタブレット。取材する気満々といった様子で座っている。



「サッカーの取材ってわけじゃないんでしょ?」


「そっちの取材もしたいんですけどねぇ、僕は政治部なものでして。今日は別の話を聞きにきました」



 そりゃそうだろ。隣に汐が座っているのだから、何を話すのかはわかりきっている。



「恋愛税に反対するって記事を書くんだね」



 情報を拡散することが容易な時代ではある。しかし、SNSでの拡散には限界があり、情報の信頼性もやや落ちる。的確には増税反対記事を拡散するためには、マスコミの力が必要だ。


 そこで、汐が連れてきたのがジャーナリスト、獅子丸仁。彼に記事を書かせて世論誘導を図ろうというのだ。


 しかし、獅子丸は、ぴんと来ない顔をする。



「いやぁ、それも書かせていただきますよ。汐さんの頼みですからねぇ。ただ、それだけでは、やっぱり弱いというか、なんというか」


「そりゃ、サッカー選手が政治について語っても説得力はないかもしれないけれど」


「いえいえ、そういう話ではないんですよ。もう、誰がしゃべってもねぇ、同じです。読者はねぇ、難しい話わかんないんですよ。政治とか経済とか。ただでさえ勉強でいっぱいいっぱいなのに、もう、頭パンクしちゃうんです」


「まぁ、その気持ちはわかるけど」


「ですけどねぇ、不思議と入ってくる話もあるんです。サッカー部がインターハイ出場とか、アイドルの熱愛発覚とか、先生の不倫疑惑とか。いわゆるエンタメとゴシップです。別腹っていうんですかねぇ、こういうのを」


「はぁ」


「記事というのはねぇ、読まれないと意味がないんですよ。どれだけ中身が優れていようと、



 バズることがすべてなんですよ。



 獅子丸はニコニコしながら告げた。彼の発言を聞いても、文吾はさほど驚かなかった。文吾はサッカー部として早くから注目されていた。そのせいでジャーナリストとは以前から付き合いがある。


 彼らの思考は、だいたい同じ。バズること。この言葉が生まれる前から、きっと性質は変わっていないだろう。自分たちの記事が多くの人に読まれ影響を与えることこそが彼らの生きがいなのだ。


 文吾は、そのことに関して否定的な意見を持っていない。彼らは彼らの勝利条件を達成するために活動している。わからないのは、獅子丸が文吾にいったい何を求めているかである。


 文吾の疑問を感じ取ってか、獅子丸は両手をテーブルの上に組む。



「ところで、お兄さんとの仲はどうですか?」


「? 普通にわるいけど」


「お話とかしたりします? チャットで連絡とったりは?」


「ほとんどしないよ。したら喧嘩ばっかりだし」


「へぇ。でもご家族と話したりはするでしょ。他にもお兄さんの友達とか、彼女さんとか」


「何が言いたいの?」


「スキャンダルですよ」



 獅子丸が、ぐっと前に乗り出す。



「できるだけ読者の興味を惹くような下世話な話がいいですねぇ。脱税、横領、浮気、薬物、パワハラ、セクハラ。スキャンダルさえあれば、浜部政権の支持率をガクッと下げられます」


「いや、ちょっと待ってよ、それはさすがに」


「何か知っているでしょ、弟さんなら。お兄さんがいくら優秀だ、といったって人間です。人であるからには、スキャンダルの一つや二つはあるもんですよ」


「恋愛税とは関係ないじゃん」


「関係なくていいんですよ。生徒はねぇ、そんな難しいこと考えていません。好きか嫌いか。それだけです。嫌いな人のやることは全部嫌。だから、浜部政権の信用を徹底的に落とせば、結果的に恋愛税にも反対しますよ」


「いや、それは生徒をバカにし過ぎじゃ」


「文吾さんの恋愛税反対記事も似たようなものでしょ。誰も中身なんて読んじゃいないんです。、それだけ。有名なサッカー選手が反対しているから、反対した方がいいのかなって。ね? そんなもんなんですよ」


「うーん」


「証拠はね、最悪いりません。疑惑で十分です。あとはこっちで勝手にストーリーを書きますから。ただ、とっかかりはいるんですよ。それっぽく見える書類とか写真とか証言とか。それっぽく見えればいいですから。都合悪い部分は陰で隠すとか、いろいろやり方はあります。さすがに、何もないと誰も信じてくれませんからね」


「そんなこと言われても」


「文吾さん、そこを何とかお願いしますよ。?」



 ゾゾッと背筋に寒気が走る。


 恐る恐る文吾は汐に視線を向けた。いつも目を見て話す彼女が、そのときばかり目をそらした。その仕草が雄弁に物語っていた。



「初めから兄貴のスキャンダルを調べるために、僕に話を持ち掛けたのか?」


「否定はしません」


「嘘はつかないんじゃなかったのかよ。こんなの絡め手でも何でもない。あんたが嫌いな政治家のやり口なんじゃないのか? いや、ただの詐欺師だよ!」


「嘘は! ……つきません。事実をもとに疑惑を追及するだけです」


「そんなの言い訳じゃないか」


「じゃ、他に方法があるんですか!」



 汐がテーブルを叩くので、コップの水が盛大にこぼれた。店員が来る様子はない。サボタージュなのか、それとも日常茶飯事なのか。



「政治家を志して6年間、この多賀根学園の政治を正すためにできることを全部やってきました。でも、何も変わらなかった。この学園の政治は腐りきっている。それでも、私はたった一つでもいいから、正しさをこの学園に刻みたいんです!」



 そのためならば、と汐は唇を噛む。



「そのためならば、私は何でもします。私の正しさを証明するためなら、悪魔に魂を売ってでも!」



 文吾はその目を知っている。汐のその何者を退しりぞけてでも目的を達成しようという信念のともった瞳は、よく知っている。文吾が最も優秀だと思っており、最も軽蔑けいべつしているあの男。


 汐は兄とまったく同じ目をしていた。



「悪魔とはひどい言いぐさですねぇ」


「すいません、そういうつもりでは」


「いえいえ、世間から嫌われるのもジャーナリストの仕事のうちですから。何と言われようと、僕はバズる記事を書くだけです」



 獅子丸は話を引き取って、パッと手を広げた。



「WINーWINでいきましょう。僕はバズる記事を書く。汐さん達は僕を利用して恋愛税を廃案に追い込む。これはビジネスですよ」



 テーブルにつく三人。おそらく見ている方向は同じはず。歯車がかみ合い、目的地へ向かうための大きな馬力を出すことだろう。しかし、決定的に過程を間違えている。政治のことがわからない文吾にも、それだけはわかる。


 それでも、止まることはできない。


 文吾は、もうこの船に乗ってしまった。あのとき、兄に反逆したときから、政治という呪われた海に漕ぎ出してしまっている。正しいも汚いもここでは区別がつかない。そういう世界だと知っていたはずなのに。



「わかったよ、協力する」


「そうですか! いやぁ、よかったですよ。で、何かいいネタありますか?」


「うーん、それが何も思い当たらなくて。兄貴はそういう管理徹底しているから。だから、そういうのを責めるんなら千恵美さんの方かな」


「千恵美さん?」


「兄貴の彼女だよ。あの人は叩けば何か出る。そういう人だよ、あの人は」






★★★






第二新聞部・・・いくつかある新聞部の内の一つ。主にゴシップなど低俗なネタを取り扱う。その代わり、第一新聞部に比べて速報性が高く、愛読者は多い。新聞部というが新聞はもう発行しておらずネットニュースだけである。新聞部というネーミングを変えようという話は定期的にあがるが、卒業生が猛反対するので実現していない。

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