第19話 真実と見紛われる嘘

「多賀根学園の開校以来、学民党と友遊党はそれぞれ政権をとっています。しかし、どちらに政権が移ったとしても増税一辺倒です。減税がなされたことは一度もありません。私達、減税派の目的は過去一度もなされたことのない減税を果たすことです」



 汐はカフェオレをぐるぐるとスプーンでかき混ぜつつ、はきはきと語った。


 校舎から外れたところにある小さな喫茶店、マドレード。アンティークな代物が乱雑に置かれており、物置の中にいるような気分になる。ただ密談をするにはいい場所かもしれないと、文吾は水を一口飲んだ。



「今回の恋愛税は世紀の愚策です。絶対に廃案しなければなりません」


「待って。そのぉ、あんまりわかってないんだけど、友遊党の人ではないの?」


「違います。私は学民党にも友遊党にも属していません」


「どっちにも属していないってことは」


「無所属です。わりと多くいますよ」


「それって何か意味あるの? 校則を決めるのは生徒総会での多数決でしょ。普通に考えて、政党に属していないと何もできないと思うんだけど」


「お恥ずかしながらその通りです。が、あくくみするよりはマシです」


「悪?」


「今の政党政治は腐敗しきっています。自分達の利益のことばかり考えて、学園の未来のことなんて誰も考えていません。だから、こうやって経済への悪影響を考えない増税を行うんです」


「いや、でも、増税は必要だって友遊党の人が言っていたよ。財政規律がどうとかで」


「あぁ。それは嘘です」


「嘘?」


「どうせ学園の借金が7兆Tコインとか、生徒一人当たりで1000万Tコインとか言われたんでしょ」


「そ、そうだけど」


「政治家が素人を騙すときの典型的な方便ですね。学園の借金はとても大きい、返さないと財政破綻する、だから増税は必要だ、と」


「おかしくはないと思うけど」


「えぇ、数字は間違っていません。学園の借金は7兆Tコインあります」


「じゃ、嘘じゃないじゃん」


「一方で資産が6兆Tコインあります」


「資産?」


「まず普通の会社で考えてみてください。大規模な会社で、借金をしていない会社なんてありません。グローバルに活躍する会社ならば1兆円くらいの借金はざらにしています」


「そんなに!?」


「ですが、それらの会社は倒産していません。なぜなら相当分の資産を持っているからです。いわゆるバランスシートですね」


「バランスシート」


「わからなければ後で検索してみてください。簡単にいえば借金と資産と収入の額を合わせてみたときにバランスしているかをみるものです。その観点からいえば学園の運営はいたって健全と言えます」


「じゃ、財政破綻することは?」


「ありません。そもそも財政状況を語るときに借金の話しかしないなんて普通ありえません。そんなことを言うのは詐欺師か政治家くらいのものです」



 まぁ、私も政治家ですが、と自嘲気味に呟きつつ、カフェオレを啜った。



「何でそんな嘘をつくんだろう。友遊党の人は学民党の増税に反対するって言っていたのに」


「増税するためです」


「え?」


「学民党も友遊党も同じです。増税したいんです。恥を知らない政治家は、良い増税だとか悪い増税だとかいう詭弁きべんを使いますが、増税に良いも悪いもありません。ただ生徒を苦しめるための愚策です」


「何でそんなに増税したいの?」


「点数稼ぎのためです。増税すれば政府の使える予算が増えます。だから、増税した政治家は政界で高い評価を受けます。噂では、生徒会は増税をすると文科省から特別ボーナスが得られるという話です」


「そんな理由で」


「えぇ、そんなくだらない理由で政治家は増税をするんです。だから誰かが止めなくてはなりません」


「それが減税派」



 文吾は腕を組んで考えた。経済と政治の話を呑み込むのはなかなかに難しい。ただ、汐が恋愛税を廃案にしようということを真剣に考えていることはよく伝わってきた。しかし、と文吾は思う。



「難しいことはわからないけれど、それでも友遊党と手を組むべきだ」


「なぜ?」


「数の問題だ。僕だってバカじゃない。恋愛税を廃案にするために必要なのは数。生徒総会で過半数をとることだろ。そのために友遊党の協力は不可欠だ」



 ふむ、と汐が手元のキューブをカチカチ鳴らす。癖なのだろうか。一方で表情は変えない。友遊党の小野田副党首と話しているときも思ったが、政治家というのはポーカーフェイスがうま過ぎる。



「普通に考えればその通りです。クラス代表の内訳は、学民党が48人、友遊党が36人、無所属が31人です。廃案にしようとするならば友遊党と無所属のクラス代表が協力して反対するしかありません」


「だよね。ちなみに減税派って何人いるの?」


「5人です」


「5人? たった?」


「奇特な人達と言ったでしょ」


「じゃ、友遊党と合わせて過半数をとるためには、あと何人だ? えっと、17人無所属のクラス代表を仲間にしないとだめなのか」


「数字の上ではその通りです。しかし、その方法ではうまくいきません」


「わかってる。学民党も同じことを考えるって言うんだろ。あっちはあと10人。こっちは17人だから、圧倒的に不利。でも、やるしかないだろ」


「いえ、そうではなく」


「ん?」


「仮にうまくことが運んで17人の反対票を得られたとしましょう。これで数の上で廃案にできる。そうなったら、


「!? 何で!?」


「言ったでしょ。今の政党政治は腐敗していると。友遊党は廃案にしたいのではなく、次の選挙のために、政府に立ち向かっているアピールがしたいんです。本気で対立する気はありません。もしも恋愛税のような重要校則案を廃案にしてしまったら、なぁなぁで通してもらっている友遊党に利益のある校則案を通してもらえなくなってしまう」


「それじゃ出来レースじゃないか」


「出来レースなんです。学民党と友遊党が過半数を占めているかぎり、無所属の票ををかき集めても票数で勝つことはできません」


「じゃ、どうするんだよ。絶対に勝てないじゃん」


「えぇ、ですから別の戦い方をします。そのために重要なのが、文吾さんです」


「僕?」



 この流れで、どうして自分の名が出てくるのかわからず、文吾は混乱した。しかし、汐には道筋が見えているようで、とりあえずこの人の話を聞こうと文吾はテーブルの上に手をのせた。


 その様子を見て、汐は少しだけ微笑んだ。



「まずはサッカーの試合がんばってください」






★★★





マドレード・・・隠れたところにある喫茶店。わりと昔に建てられたもので、在校生が代わる代わる店主を担っている。儲かっているわけではないが、なぜか愛されており、長年潰れずに残っている。コーヒー豆は5年前に代わっており、残念ながら、昔の味で残っているものはもうない。2年後に行われる50周年記念に卒業生を招くことから、今、当時使用していたコーヒー豆を探している。

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