第18話 勧誘する女

「今何て言った?」



 文吾は聞き間違いかと思い尋ね返したが、小野田副党首は表情を変えずに繰り返した。



「期末試験です。弟さんがサッカーで活躍されていることは知っていますが、勉強の方はどうですか?」


「え? まぁ、中の上くらいかな」


「おぉ、それはすごいですね。部活をがんばっている生徒は、勉強をおろそかにしがちですから」


「いや、ちょっと待ってよ。今、恋愛税を廃案にする方法を話しているんだよね?」


「えぇ、それも大事です。けれども、僕達はあくまで学生ですからね、勉強も同じくらい大事です。ちょうどこれから試験期間に入りますし、まずは全部忘れて勉強に打ち込む。恋愛税への対策はそれからですね」



 確かに期末試験は重要だ。他の高校でも期末試験はまじめに取り組まれるだろうが、多賀根学園では比較にならないレベルに重要視される。なぜなら、期末試験での成績がそのままTコインに換算されるからだ。言ってしまえば給料。生活するために切実に良い成績を出すことが求められる。部活動などで活躍していない生徒は、この期末試験で良い成績を収めないと生活ができない。


 さらにいえば、ちゃんと卒業を目指すならば期末試験で良い成績をとることは必須となる。そこまでがんばらなくてもいいや、などと考える文吾のような生徒は稀だ。


 そういう意味では小野田副党首の方が言っていることは正しい。しかしながら、と文吾は思う。



「それからって、それで間に合うの?」


「必要なのはメリハリです。期末試験を気にしながらできるほど政治活動とはあまいものではありませんから。弟さんもこの期間は部活が禁止なのでは?」


「いや、サッカー部は実績があるから部活禁止は免除なんだけど」


「そうでしたか。インターハイも近いですからね。確か冬の大会ではベスト4でしたっけ。今大会こそ優勝を目指さないと。それなら、僕達に付き合っている時間はないのでは?」


「そりゃ、練習はするよ。でも、それ以外の時間を使ってできることをした方がよくない?」


「んー。それは友遊党の方針とは違うんですよね。友遊党は学業優先。学業で正しく活躍できる環境を作る、それが僕達の仕事です。まずは自分たちが実践しないと」


「そ、それはいいんだけど、それで廃案できるの?」


「全力は尽くします」



 小野田の発言が、文吾には理解できなかった。いや、彼のようなことを言う奴はよくいる。全力でやります。力の限りを尽くします。こういうことを言う奴は決まって既に


 そういう奴らを見ると思う。目的の達成を目指さないのならば、いったい何のために努力しているのだろうかと。


 文吾が言葉を失ったのを見て何を思ったのかはわからないが、小野田は背筋を正した。



「今のところ弟さんにしてもらうことはありませんが、ぜひ友遊党のサポーターになっていただけませんか?」


「サポーター?」


「そうです。とりあえず名前を貸していただければ大丈夫です。多賀根学園で、サッカー部のエース、浜部文吾の名前はそれだけでネームバリューがあります。もしも僕達に協力したいというのであれば、次の選挙で応援演説などをしていただけたらと思います」


「……考えてみるよ」



 そこで話は終わって、文吾は友遊党の事務所を出た。たい焼きには手をつけていない。そもそも彼は食事管理を徹底しており、自分で用意したものしか食べないのだけれども、それ以上に、小野田の話に失望していて食べる気にはなれなかった。



「無駄な時間だった」



 文吾は素朴に呟いた。


 現政権、学民党に対抗するならば、多賀根学園にあるもう一つの学生党、友遊党に頼むしかない。そう思って、友遊党を訪れたのだけれども、どうにも勝とうという意識を感じられなかった。だからといって、他に現政権に対抗する手段なんて思いつかない。


 どうすっかな、と文吾がカリカリと頭をかいたときだった。



「浜部文吾さんですよね?」



 友遊党の事務所を出たところで、唐突に話しかけられた。声の方を見ると一人の女子生徒。エスニックなストールを腰布のように巻いており、茶色に染めた髪は編み込まれ、どことなくアウトローな印象。しかし、口調はしっかりとしており、急にまじめな雰囲気を出す。そのギャップに頭が混乱しそうになるが、文吾の戸惑いを気にするふうもなく、彼女は続けた。



「恋愛税に反対するために生徒会長室に乗り込んだそうですね」


「え? 何でそれを?」


「そこで兄の浜部生徒会長に突っ返されたから、次に対抗できそうな友遊党に足を運んだ。すさまじい行動力ですね。尊敬しますよ」


「いや、それほどじゃないけど」


「ただ、無駄だったでしょ」


「は?」


「今の友遊党に頼んだってだめですよ。ここの連中は次の選挙で自分が勝つことしか考えていない。政策議論なんてろくにしていません」


「……、君は、誰なんだ?」


「申し遅れました」



 女子生徒がスマホを差し出すので、文吾も自分のスマホを差し出して、かつんと相手のスマホに当てた。こうやって学生データを交換するのが多賀根学園の習わしであった。



「6年11組クラス代表、無所属の遠滝汐とおたきうしおです」


「はぁ。その遠滝さんが何の用?」


「汐でいいです。皆そう呼びます。今日は文吾さんに会いに来ました」


「僕に?」


「浜部生徒会長の弟で、サッカー部のエース。そして、今この学園で恋愛税を潰そうと本気で思っている奇特な方、で合ってますよね?」


「え、まぁ、そうだけど」


「安心してください。私もその一人です」



 汐は、手の内でサイコロ大のキューブを転がしてからカチカチと鳴らし、顎を挙げて文吾と視線を合わせた。



「文吾さん。私達、減税派と手を組みましょう」








★★★






トイキューブ・・・遠滝汐が手に持つキューブ。キューブの表面にいろんなスイッチがついており、カチカチと鳴らすことができる。ぷちぷちを永遠と潰しているような感覚で、ストレスが解消される。汐は友遊党に失望して離党したときから、このトイキューブを持ち始めている。カチカチの頻度で彼女のストレス度がわかる。基本、うるさく鳴っているときは近寄らない方がいい。

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