第15話 女子シャワー室を覗く者達

「え? どういうことですか?」



 泉谷が本気でわからないという顔をするので、落ち着けと数緒は彼の肩に手を置いた。慌てている人を見ると自分の方は落ち着いてしまう。そのせいで無駄に周囲の情報が入ってきた。


 少し離れたところに男子用のシャワー室があり、バカみたいな笑い声がここまで響いてくる。一方で、女子用のシャワー室は静かなものであった。防音の対策もしてあるのかもしれない。


 数緒は、女子用のシャワー室の壁に手を当て、泉谷への話を続ける。



「この中で女子がシャワーを浴びている。男子ならば覗きたいだろ」


「いえ、僕は、そのぉ」


「覗きたくないのか?」


「覗きたく、ないことは、ないですが、犯罪ですよ?」


「その通りだ。それに女子は覗かれたくはない。だから壁でおおわれている。防犯対策もされているだろう。で、どうやって覗く?」


「え? えぇ?」



 やはりわからないといったふうに手をバタバタと振るう泉谷の前で、数緒は腰に手を当てた。



「君は政治家だ。そして俺は君の後援会だとしよう。その俺が女子シャワー室を覗きたいと言っている。さぁ、どうする?」


「どうするって、それは犯罪だからできないと伝えるしか」


「じゃ、次から君には投票しない。要求を実現できない政治家に用はないからな」


「そんなこと言われても」


「まぁ、気楽に考えろ。これは思考実験だ」



 泉谷は頭を抱えた。こういうふざけた悪ノリは苦手なのかもしれない。根がまじめなのだろう。湊も言っていた通り良い子である。法律に違反することなど選択肢の内に入らない。人の迷惑になることなど考えない。不特定多数の人々の幸せのために行動することができる。そんな良い子だ。


 ただ、それでは政治家は務まらない。なぜなら、人は良い人ばかりではないからだ。誰かを思いやれる良い人がいる一方で、自分の欲望のために他人を蹴落とす悪い人もいる。そして、そんな悪い人も有権者なのである。良い政治家とは、良いも悪いも理解する者のことを言うのだ。


 泉谷は何でいたが、それでも絞り出すように告げた。


 

「たとえば、あの小窓によじ登って覗くとか」


「そんなものすぐバレてしまうぞ」


「じゃ、カメラを窓から入れます。内視鏡のような小型なものならばバレないように挿入できるはずです」


「なるほど。良い案だ。しかし、シャワー室の裏でこそこそしていると怪しまれそうだ。確か、窓の傍には監視カメラがあったはずだしな」


「怪しいといえば、まさに今の僕達のことですけど。それならばドローンを使います。映像を無線で転送して、別の場所で見ます」


「意外と案が出るじゃないか。実際にやってないだろうな?」


「やってませんよ」


「まぁ、どちらにしろ机上の空論だな。ドローンがいくら静かに飛べるといっても音はするし、飛んでいたらすぐにみつかる」


「そりゃそうですよ。誰にもみつからずに覗けるのならばみんなやります。それに仮にそんな方法があるならば、規制されるはずです」


「そうだな。では、どうする?」


「不可能です」


「そこが君の勘違いだ。今の君の考え方は、プレイヤーの考え方だ。ルールの範囲内でどうやったら目的を達成できるか、ゲームに勝てるかを考えている。だが、覗きは反則、ルール上ではできないようになっている。つまり、君がプレイヤーでいる限り覗きをすることはできない」


「その考え方はおかしくないと思いますけど。この世界をゲームだと捉えるのであれば、ルールは法律で、皆がプレイヤーなのでは?」


「そうでない者がいる。それは政治家だ」


「それはちょっと傲慢ごうまんではないですか?」


「傲慢か。だとしたら君はまだ政治家というものを理解できていない。政治家とはルールメイカーだ。プレイヤーがルールの中で考える一方で、俺達は。傲慢ではない。実態として強大な力を持っているんだ」



 泉谷は息を呑む。これは脅しではない。本質として政治家とは、他の者よりも多くの欲望を叶えることができる。良くも悪くも。その力を理解することは重要だ。力の使い方をわかっていない政治家は、ダイナマイトを振り回す子供のようなもの。危険でしょうがない。一方で、怖がって力を使わないのならば、そんな政治家はただの無能。正しく力を認識して、力を使いこなす。それが政治家の仕事。


 数緒の話を咀嚼そしゃくした上で、泉谷は口を開く。



「政治家としてルールを変えるという視点で考えるならば、これは大げさな話ですが、刑法の窃視せっしの罪を削除するという方法があります。そうすれば、堂々と覗いても罪に問われません」


「やはり君は頭がいいな。それでいい。話の趣旨を理解できている。ただもう一歩だな。君が言ったように、法律の改正は君の権限ではできない」


「僕の権限でできること、ですか。うーん、すいません、これ以上は思いつきません」


「こっちに来な」



 数緒は、シャワー室の後ろの茂みの中を歩いていく。学校の敷地内にしては無駄に茂っている。まるで何かを隠そうとするように。


 そう、隠している。


 足を止めて、それを泉谷に見せる。すると彼はそれが何かまったくわからないと言った表情を数緒に向けた。そこにあったのはハンドルだ。確かにこれだけでは意味がわからない。話の流れで何か推測できるのは、安藤くらいのものだろう。


 数緒は、ハンドルを回してがちゃりと蓋を開けた。現れたのはディスプレイ。何の変哲もない画面がそこにあった。



「これは?」


「覗き装置だ」


「覗き装置!?」


「仕組みは簡単だ。先ほど君が言ったようなもので、シャワー室内に設置されたカメラから、映像をここに送っている」


「そ、そんな、大胆な」


「ここで話を戻そう。俺達は政治家といっても国会議員でも県会議員でもない。法律は変えられない。変えられるのは校則だけだ。校則で対応するにしても、治外法権ではないのだから、あくまで法律に準拠している。では、俺達の権限とは何だ?」


「そうか、インフラ建設」


「そう。今回のルールは二つ。1つ目は覗きが法律違反でありバレてはならないこと。2つ目はシャワー室の壁には防犯対策がなされておりバレないように覗けないこと。1つ目を変える権限はない。では、2つ目を変える。予めシャワー室の壁の防犯対策に抜け道を作り、バレないように覗けるようにすればいい」


「インフラ建設の計画は生徒会が主導することを利用したということですね」


「そうだ。使える権限をすべて使って目的を達成する。ルールの範囲内などで考えるな。予算の話もそうだぞ。予算の範囲内でやりくりするのはプレイヤーの発想だ。俺達、政治家はやりたいことができるように予算を増やす。足りなければ増税する。この発想の切り替えをできるようにしておけ」


「はい!」



 泉谷は、キラキラとした瞳を数緒に向けていた。新しい考え方に刺激を受けたのだろう。まだ政治が楽しい時期、いずれ胃に穴が空きそうな思いをして目が死んでいくと思うと悲しくなるが、まぁ、それまでは青春時代を謳歌おうかしてほしい。



「それではお楽しみといこうじゃないか」


「え? 本当に覗くんですか?」


「覗けたら覗きたい。男子とはそういうものだ。そこにボタンがあるだろう。押せば中の映像が映る」


「え、でも」


「どちらでもかまわない。君が決めるといい」



 数緒が告げると、泉谷は、うーんと今日一番悩んだあと、鼻息を荒くして、震える指でボタンを押した。





★★★




ドローン・・・学園内では宅配サービスとしてドローンがよく飛んでいる。安藤生徒会長が、規制を緩和したことにより、このサービスが解禁された。昨年は誤配達や墜落事故が多く報告されていたが、最近は聞かなくなった。便利になった一方で、配達員の失業がこの先顕著になると思われ、近い将来、配達員のデモ活動が起こるだろうと言われている。

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