第14話 夕暮れのグラウンドで駆け回る子犬

「いやぁ、惜しかったですね」


 

 試合の終わり、赤い夕暮れに影が伸びるころ、数緒と泉谷は交流試合の後片付けをしていた。


 結果は、数緒と泉谷のいたチームの負け。初めは睦月達、野球部の硬派な連中は渋っていたのだが、試合が始まってしまえば熱中し、かなり盛り上がることとなった。普通の女子ならば熱い試合など興味ないかもしれないが、ここにいるのは政治家志望の負けず嫌いの女子生徒達。睦月と戦略について話し合い、勝つためにベースを全力疾走していた。 



「負けは負けだ。惜しいもくそもない」


「男女の数は同じにしましたけど、実力も考慮すべきでしたね」


「いや、世良くんが野球部連中の振り分けをしたから、そこはある程度バランスしていたと思うんだが、女子の方がなぁ」


「あぁ。湊さん、ですか」



 湊とは別のチームとなっていた。野球経験者として相手チームで重宝されているようだった。しかし、彼女がマウンドにあがったときには、数緒達は声を出して驚いたものだ。そして、彼女が振りかぶり、きれいなオーバースローで、キャッチャーミットをズドンと鳴らしたときには、みんなして絶句した。



「うまかったな、あいつ」


「うまかったですね」


「野球部が三振してたもんな。一応、ハンデとして野球部は普段立たない方の打席に立っていたらしいけど」


「130キロ出てるんじゃないかって言ってましたよ。さっき調べたんですけど、女子野球だと普通110キロくらいだそうです」


「もう男子じゃん。あの睦月さんが、素朴に、すげぇな、って言ってたからな。俺、睦月さんのあんな顔見たの初めてだよ」


「試合が終わった後、女子野球部が駆け寄っていきましたもんね。しばらく勧誘がうるさいと思いますよ」


「あいつの天職、絶対に野球だよな。政治家やるにしても野球で成績を出してからの方がいいと思うわ」



 多賀根学園で政治活動をしていた生徒は、卒業したら普通に就職する者が多い。いきなり政界に入ると視野が狭いし、選挙時に一般的な会社員を経験していた方が受けがいいという理由だ。後者の理由でいえば、知名度を得られるプロスポーツ選手を経由するというのは、とても良い進路となる。



「スポーツ選手あがりの政治家ってけっこういますもんね」


「この学園の生徒ならばいざ知らず、スポーツしかしてこなかった人が、政治のことなんて何も知らないのに、当選してから何するんだろうって思うよな」


「できれば知名度ではなく、政治家として優秀かどうかで判断してほしいですけどね」


「無理を言うな。ポスターと数分の演説だけで、その人が政治家として優秀かどうかなんてわかりやしない」


「やっぱり政治家にいちばん必要なのは知名度ですか」


「実際の選挙は多賀根学園内のクラス代表選とは違うからな。クラス代表選は、たかが40人。全員に顔が知られていて、話もできる。だが、選挙では規模が違う。そもそも顔も知らず、話もしたことのない奴が立候補しているんだ。知名度が高いことはもはや前提だな」


「湊さんはそういう意味では一歩リードですね。僕も何か得意なことで有名にならないと。書道パフォーマンスで配信者にでもなろうかな」



 書道パフォーマンスというのがどういうものか想像つかないが、泉谷の快活さがあれば、人気が出そうだなと数緒は思った。



「浜部会長も、残りの片付けは僕に任せて打ち上げ会場に向かっていいですよ」


「あっちは世良がやっているよ。それに後輩に後片付けを押し付けて先に行ったらイメージわるいだろ」


「ここには学民党員しかいませんが?」


「どこで誰が見ているかわからない。ジャーナリストをなめるなよ。あいつらはハエみたいな存在だ。気づいたら近くにいる」


「日頃から気を付けるということですね。勉強になります」


「勉強ついでにもう一つ忠告しておくが、君はもう少し賢く立ち回った方がいい。利口な奴は世良の方に行っているぞ。次回の生徒会は青柳派が主導することになるからな」



 今期はイレギュラーで白樺派の数緒となったが、来年度はさすがに青柳派が選出されるだろう。そのとき、人気と実績から順当にいけば世良が選ばれる。世良が今年卒業しないとも限らないが、と数緒が続けると、泉谷はなるほどと笑った。



「いいんです。僕は浜部会長から教わりたいんで」


「実直なのは美徳だな。ただ出世したければもっと風を読め。政治家は風見鶏かざみどり揶揄やゆされるくらいがちょうどいい」


「政局ですか。難しいな」



 学園に入ったばかりの生徒は、まだ政治に夢を見ている。すぐに政策論争をしたがり、政局をないがしろにする。だが、数年いれば気づく。政局をのりきらなければ政策の実現は不可能だということに。



「政局ではなく政策ですが一つ聞いてもいいですか?」


「いいぞ。何でも聞いてくれ」


「増税は本当に必要ですか?」


「なかなか香ばしい議題だな」


「正直に言うと増税の必要があるのか疑問です。多賀根学園の財政状況はわるくありません。2年後に行われる50周年記念にお金がかかるのはわかりますが、それは一過性のものなので学債を発行するのが筋ですよね」


「もう少しちゃんと議事録を読むべきだな。恋愛税は学園祭などの定期イベントに使われる。つまり恒常的に必要となるんだ。税金でとるのが正しい」


「現状の予算内でできる範囲のことをやればいいんじゃないですか?」


「学園祭は年々規模が大きくなっている。技術とアイディアの蓄積の成果だな。できることとやることが多くなって、結果、必要な金がどんどん増える」


「それは、やっぱり僕にはわかりません。お金がかからない方法だってあるはずです。予算の範囲内でやりくりするのも僕らの仕事では?」



 泉谷は素直な目をしていた。本心で言っているのだろう。若いなと数緒は思う。もちろん若いのだ。彼はまだ2年生。知識も経験も不足している。だから、政治家というものをまだ理解できていなくても仕方ない。


 この初心な感覚は久しぶりだ。低学年の子とあまり関わる機会がなかった。唯一あったのは湊であるが、彼女は生徒会役員であり、実務上の会話が主だった。そういえば、彼女のちらほらそんな勘違いをしていたような気がする。


 

「そうだな。一つ授業をしてあげよう」



 数緒は荷物をおろして、泉谷についてこいと告げた。泉谷は疑問符を浮かべつつもおとなしくついてくる。向かったのはシャワー室。ちょうど試合が終わって片付けがおおよそ終わり、次の打ち上げに向かうために、皆、シャワーを浴びていた。


 数緒達が立ったのはその裏の壁。壁の先にはちょうど女子シャワー室がある。こんこんと壁を叩いて、数緒は泉谷に笑いかけた。



「さぁ、どうやって覗く?」






★★★




風見鶏・・・風向き次第でどっちを向くかをころころ変えるという意味で、政治家に向けて使われる場合は基本的に貶す意味で使われる。風を読むといえば聞こえはいいが、要するに信念がない。ただ選挙に受かることだけを考えている政治屋である。ただし、選挙のことしか考えていないので選挙に滅法強い。だから、結局、風見鶏しかいなくなる。

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