第13話 予定調和の手土産

「そもそも順序が違うだろ」



 睦月は静かに告げた。いささか怒りが含まれているようにも聞こえるが、ポーズのようにも感じる。運動部に限らず、上級生が下級生を叱る際にこういうポーズをとることがある。数緒は、そういう年功序列な権威があまり好きではないが、睦月はそうではない。


 大事なのは叱る構図にならないようにすること。そうなってしまっては、話し合いにならない。あくまで睦月と対等。先輩に対しての敬意を示しつつ、対等な話し合いを行う。それが数緒のミッション。


 睦月の発言は想定内。絶対にそう言われると思っていた。数緒は、頭の中にある想定問題集をめくる。睦月は変化球を使わない。野球での試合はどうだったのか知らないが、少なくとも対話ではそうだ。十分に対策できているはず。


 数緒は、動じないようにふるまって、睦月の次の言葉を待った。



「俺が増税のことを聞いたのはOB会が最初だ。本来であればその前に俺のところに話を通すべき案件。派閥政治などくだらんとは思うが、軽んじられては先輩達に示しがつかない」



 これは半分嘘だ。睦月は、世良から恋愛税に関する話を聞いている。これは世良に確認をとったから間違いない。


 では、そのむねを告げるか。というと、それは違う。睦月の意図するところは、ということだ。この件に関しては、完全に数緒の落ち度。生徒会の雑務に追われて、タイミングを逸してしまった。


 だからといって謝ることはできない。それは交渉の敗北を意味するから。数緒には野球はわからない。だが、勝負という点について理解できる。睦月が言うように勝負とは勝つためにするものだ。



「青柳派への説明は世良副会長に任せました。同じ派閥から聞いた方が闊達かったつな議論ができると思いまして」


「会長自らが説明に行くまでもないと?」


「分担したのです。ご存じの通り、生徒会の業務は多忙を極めます。俺自らがすべてをこなすことはできません。そこで、俺が最も信頼している世良副会長に任せたんです」


詭弁きべんだな。忙しいというのは理由にならない。それでは自らの無能をさらしているだけだ」


「えぇ、その点は反省しています。何せ、今期の生徒会長に決まったのはでしたのでいろいろ準備ができていなかったんです」


「……」



 睦月は口を閉じる。なぜなら都合がわるいから。数緒のした話、生徒会長に突然決まった、というのは青柳派の失態が原因であった。


 そもそも数緒は来年度の生徒会長を狙っていた。それこそ青柳派との調整だ。今期は青柳派から生徒会長を出すと決まっており、白樺派から生徒会長を出すのは来年度になる手はずだった。そのことを計算に入れて数緒は、生徒会長になる計画を立てていた。


 しかし、状況が変わった。2年前に安藤新兵衛が功績によって急に生徒会長となったように、いや、そのときとは真逆の話。昨年、青柳派が出した生徒会長候補者の喫煙現場がネット記事として出回ったのだ。多賀根学園では全領域で喫煙が禁じられている。しかも、彼は未成年だった。もみ消そうにも言い逃れのできない写真が撮られており、仕方なく立候補を取り下げた。そこでお鉢が回ってきたのが数緒である。


 最悪、敗戦の将を押し付けられるところだったが、辛うじて生徒会長の座を勝ち取った。しかし、数緒の計画では来年のこと。恋愛税というビッグプロジェクトを行うには、根回しにかける時間が足りなかった。


 という言い訳が成り立つ。


 嘘ではなく、突然の就任で時間がなかったことは本当。しかし、睦月に会いに行くのを忘れていたのはただの数緒の失態であった。だが、事実はどうでもよく、もっともらしい言い訳が成り立てばそれでよい。


 これでイーブン。交渉はここから。とは言っても、ここからは一本道だ。睦月が何を欲していて、数緒が何を渡せるかのすり合わせ。腹の探り合い。その点に関して、数緒は、睦月に後れを取るとは思っていなかった。



「そういえば野球部のOB戦は第2グラウンドでやるそうですね。普段の野球部の練習は第1グラウンドでやっているし、あちらの方が設備がいいのですから第1グラウンドでやればいいのに」


「第1グラウンドは現役生のものだ。OBが使うのはよくないという配慮だよ」


「そうですか。たしか、第1グラウンドは睦月さんが甲子園に行ったときに改修されたんですよね。視察で見に行ったことがありますが、とてもきれいですよね。一方で、第2グラウンドの方はけっこうガタが来ているように見えます。ベンチもぼろいし、土もわるいし、シャワー室も汚い。ここにOBを招くのはいささか気が引けますね」


「OBが文句を言うなと思うが」


「もしかしてOBから何か言われていますか? ここを改修する予算を取れとか」


「世良の言う通りだ。おまえは白々しさを隠そうとしないな。一周回って清々しい」


「寄付ができればいいんですけどね。多賀根学園では、経済圏の外部性を排除するために、外からの金の投入ができませんし」


「それは小国家プロジェクトの趣旨として理解している。だから、そこに不満はない」


「寄付金は募れませんが、学校設備の改修は大事な予算です。今日、実際に使ってみてその必要性を確認しました。次の予算に第2グラウンドの改修費用を含めてもよいかと考えています」


「確かにOBからせっつかれてはいる。ただ、野球部のためならば予算を取ることに躊躇ためらいはないんだが、OBのためとなると気が進まない」


「もともと検討項目にはありました。優先度を変えるだけです」


「大きな金だ。理由がいる」


「多賀根学園50周年記念があります。もともと卒業生を招く予定でしたが、卒業生参加の体育祭を企画しましょう。そのときに使うための第2グラウンドの改修費として計上します」


「2年後、俺もOBの一人か」


「きれいになったグラウンドでまた野球しましょう」


「はぁ。そのときには覚悟しろ。本当の野球を教えてやる」



 数緒が手を差し出すと、睦月はその手をとった。大きく固い手はまるで虎のようで、そのまま噛み千切られてしまうのではないかと怯えたほどだが、なんとか数緒は平静を装った。


 話が終わって、ちょうど野球の方の攻撃も終わる。よし、と睦月は立ち上がって帽子を被り直した。



「まずはこの試合に勝たなくてはな。ほれ、行くぞ、浜部会長」





★★★





多賀根学園の経済圏・・・多賀根学園の外から金を持ち込むことはできない。そのため、学園経済圏の外部性は乏しい。ただし、他校との貿易は可能である。小国家プロジェクトにより造られた学校は複数あり、それらの学校と貿易することにより、足りない資源を調達する。戦争を模擬したゲームも存在し、各学校で防衛費をいくら積むかなども考えさせる。しかし、この物語にはあまり関係ない。

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