第16話 腹を探る乙女達

「ねぇ、単刀直入に聞くんだけど、湊ちゃんは?」



 第二グラウンドに備え付けのシャワー室は古くて、あまりきれいではない。個室ではなく共同となっとおり、カーテンで仕切られている。だから、隣の声がよく聞こえた。


 湊は昔のことを知らないが、これでもよくなった方らしい。先輩方が少しずつ備品をそろえていったとのことである。その偉大なる先輩方の一人、伊勢能々花いせののかがわりとマジな声で頓狂とんきょうなことを尋ねてきた。



「え? 寝てませんけど」


「ほんとのほんとに?」


「本当に性的なことはしてません。むしろ何回か誘ってますけど、ぜんぜん手を出してきませんね」


「誘ってんの!?」


「こんな美少女に誘われて手を出さないなんて、あのクソメガネ、相当なチキンだと思いませんか?」


「いや、知らんけど」



 伊勢はカーテンからぐいと顔を出して突っ込んできたが、失礼とすぐにひっこめる。さっぱりとした短髪に太めの眉、どことなく安心感を覚えるその顔が表す通り、性格もサバサバしている。だから、彼女の口から低俗なスキャンダルが出てきたことに湊は正直驚いていた。


 

「ごめんね、急に」


「いえ、その手の話は生徒会書記に決まってから百万回言われているので慣れています」


「そうだよねぇ、ほんとごめん」



 はぁ、と伊勢はため息をついた。何かしらナーバスになっているようだ。それも仕方ないのかもしれない。彼女も、もう6年生である。今後の進路についていろいろと考えることもあるのだろう。

 

 伊勢はいわゆる優等生であった。成績優秀で、吹奏楽部の部長も務め、女性クラス代表の集まりである鈴蘭の会の会長も担っている。さらにいくつもの政策に携わっており、女性クラス代表を一人あげろと言われたら口をそろえて彼女の名前をあげることだろう。


 ただ、そんな伊勢だが、この6年間でまだ一度も生徒会役員の座につけていかなった。



「今年は私だと思っていたんだよぉ」



 多賀根学園で政治家を志し、政党に入るような者にとって、生徒会役員入りというのは一つの目標であった。しかし、生徒会にはもちろん定員があり、この目標を達成できるのはごくわずか。伊勢もまた生徒会に入りたくて卒業を伸ばしている一人であった。



「去年はさ、浜部くんと一緒に仕事もがんばったしさ、自分で言うのもなんだけど功績もあげたと思うんだよ。それで、今年は生徒会長が浜部くんになったから、絶対入れてくれると思ってたのに」


「私が言うのもなんですが、生徒会役員人事は浜部会長一人が決めるわけではなと思います。何か他の力が働いたのでは?」


「そうかな。私、上層部の誰かに嫌われているのかな」


「政界って、意外と好き嫌いで動きますもんね。私も最近知って驚いています」


「ね、ちょっと子供みたいなところあるよね。ねぇ、参考のために聞きたいんだけど、浜部くん、私のこと何か言ってた?」


「伊勢先輩のことは優秀だと言っていましたよ。女子にしかわからないこともあるだろうから、困ったら相談するようにと言われました。実際、何度か相談させてもらったじゃないですか」


「そうだね。半年前の生徒会役員人事が終わった直後に私のところ来たもんね。いやぁ、あのときは肝が座った奴が来たなと思ったよ。こっちは選ばれなくてかなりオチてたのに」


「そうだったんですか? すいません、あのときはまだ人事とかわかってなくて」


「いいの、いいの。もう割り切ったから。じゃ、逆にさ、どうして湊ちゃんが選ばれたんだと思う?」


「それが謎なんですよね」


「浜部くんは何も言ってないの?」


「人事については教えられないと言われました。ただ普通に考えれば伊勢先輩の方が経験も能力も上なので、あの人の性格を考えると伊勢先輩を選びそうなんですけど」


「そんなこともないよ。浜部くんはけっこう人間関係とか気にするからね。政治家のお父さんの影響かなぁ。バランスをとるのがうまいんだよ」


「人間関係でいえば、伊勢先輩の方が会長との関係は深いと思いますが。会長と長年仕事をしていますし、会長の彼女さんも確か吹奏楽部ですよね」


「千恵美ちゃんねぇ。よく知っているよ。一個下でさ、すごいうまいフルート奏者でね、一緒に演奏もしたしね」


「こういう手はあまり褒められませんが、会長の彼女さんに頼んで生徒会に入れてもらうという方法もあったのではないでしょうか?」


「いや、考えたんだよ、それも。私、浜部くんと一緒に仕事してんだよ。卑怯だの汚いだの言うつもりはないからさ。でもね、ちょっと苦手なんだよねぇ、あの子」


「苦手?」


「何て言うか、怖いんだよね。歯に衣着せぬ言い方をするなら、天性のトラブルメイカー。ものすごく優秀でいて、自分のエゴを押し通すことしか考えてない。もしも、あの子の障害になったら、きっと問答無用で踏み潰される。それが法に触れていようとなかろうとあの子はきっと気にしない」


「……なんというか、思った以上にやばい人ですね。でも、そんな横暴が通るんですか?」


「通せちゃうのよ、あの子は。そういう星のもとに生まれたんだと思う。安藤くんと会ったときも同じこと思ったんだよね。神様に選ばれた子。いや、千恵美ちゃんの場合は悪魔かな。私は、いろいろ考えたけどあの子を利用するのはやめたの。浜部くんもよくあの子と付き合えるよね。私、浜部くんことを政治家としては尊敬しているけれど、女の子を見る目はないんだなって思うよ」


「女の子を見る目がないという点に関しては本当に同意します。まぁ、会長の彼女さんに頼んだから生徒会に入れたとも限りませんしね。ただ、一つだけ言えることは、私が書記に選ばれたのは、浜部会長にとって私を選んだ方が何かしら都合がよかったからだと思います」


「はっきり言うねぇ」



 実際、湊にも謎である。若手が生徒会に選ばれることはたまにある。人気が高かったり、話題作りをするためだったり、理由はいくつかあるが、そこに不思議はない。


 ただなぜ湊だったのか。それはわからない。女子を採用したいというのであれば、それこそ伊勢を選ぶのが妥当だろう。当然、周囲の者も同じように不可解に思っており、下品な憶測おくそくを招くこととなった。


 もう一度、浜部会長に聞いてみるのもいいかもしれないと考えつつ、湊はシャワーの水を止めた。



「伊勢先輩は来年度も生徒会役員も考えているんですか?」


「うーん。一応ね。7年生は厳しいっていうけど、一回くらい役員やりたいんだよ」


「そのときは私も応援します。私だけでなく、鈴蘭の会総出そうでしますよ」


「ありがとうぅ」


「いえ、伊勢先輩にお世話になった党員がどれだけいると思っているんですか。その努力は報われるべきです」


「ありがとぉ。湊ちゃんってほんとは良い子だったんだね。私、誤解していたよ」



 どういう意味だ?


 まぁ、実際のところ、伊勢が生徒会長を目指すと言ったら全力で妨害していたところだが、その他の生徒会役員ならば別に構わない。ここで鈴蘭の会でのプレゼンスを強めて、鈴蘭の会会長の座も得られるかもしれないし。


 そんな打算のもとに、湊は笑顔で伊勢と握手をかわした。きっと伊勢も似たような打算をしていることだろう。政界とはそういう場所だ。



「ところで、ずっと気になっていたのですが、あちらのディスプレイに映っているのは何ですか?」


「あぁ、あれは覗き穴だよ」


「え?」


「正確にはかな。昔、バカな奴がこの女子シャワー室建設時にバレないようにカメラを仕込もうとしたわけ。でも、まぁ、バカな男のすることだから当然のようにバレたの。それで逆用して覗こうとした奴のマヌケ面をカメラで撮ってあのディスプレイに映すようにしたのよ」


「ほう、そんなことが」


「もちろん向こうからは見えないよ。だから、今では先輩が若手にイタズラするのに使っているかんじかな」


「ということは、今、あそこに映っているは、絶賛イタズラを受けているというわけですね」


「男の子だねぇ。まぁ、見て見ぬふりをしてあげるのが暗黙のルールだから、湊ちゃんもあんまりこれでいじめないようにね」



 大人な余裕を見せて更衣室の方へと歩いていく伊勢の背中の後ろで、湊はいじわるな笑みを浮かべた。



「うーん、どうしましょう。都合のいいようにルールを変えるのが政治家ですからね」






★★★





鈴蘭の会・・・女子生徒の権利改善のために作られた会派。学民党だけでなく、友遊党、無所属のクラス代表も所属している。女子トイレや更衣室の改善などその活躍は多岐に渡る。ただ、スカート丈の長さを規制する校則について、一貫してその長さを短くしようとしており、男子の方が頑なに改正反対を唱えている。この対立構造はちょっと意味が分からない。

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